31.討伐前夜 1
明日、朝早いからと言って帰って行くテリュース殿下を見送り、アンジュは家族がいるはずの居間へと足を運んだ。
みんなにも心配をかけたのだから、顔を見せての謝罪は必要だと思う。当然その後に、クロードのお小言が待っているものと覚悟していた。
しかし、居間へと足を踏み入れたのはいいが、なんと言って謝ればよいのかアンジュは困ってしまった。
(復活しましたは変だし、起きましたもおかしいわよね。扉を開けるなり、ご心配をおかけしました、なのかな?それもなんだかへんな気がする)
扉の近くでアンジュがもじもじしていると、クロードの方から先に声をかけてきた。
「アンジュ。身体の方は、もう大丈夫なのか?」
クロードの第一声は、娘を心配する普通の父親の優しい気使いだった。短いがとても心配していたのだと解る声音に、アンジュは大変申し訳なく思う。
「はい、お父様。ご心配おかけしました」
「うむ、次からは絶対にこんな無茶はしないように、気を付けなさい」
「・・・・・・・はい」
アンジュは殊勝に頭を下げて、次に続くはずのお小言を待つ。しかしいくら待っても続くはずのお小言はなかった。
えっ、それだけ?って感じで、拍子抜けしてしまう。いつ怒られるのかとドキドキしていたのに、悩んで損をした気分だった。
クロードの横ではアンヌが、父と娘の会話を楽しそうに見つめていた。
あまりアンジュが神妙にしているのが可笑しかったのか、意味深にクスリと笑う。その色っぽいのなんのって、とても4人の子持ちとは思えない妖艶さだった。
(わが母ながら、ほんと美人さんだよね。ママ、大好き!)
ソファ座るアンヌの横に腰を下ろすと、冷たい手がアンジュの額にあてられた。
「アンジュ、もう身体の方はなんともないの?頭は痛くない?」
アンジュの体調を確認するように、頬や首筋などにアンヌの手が移動する。少し熱でもあるのか、アンヌの手の冷たさが、心地よかった。
「はい、大丈夫です。ご心配をおかけして、ごめんなさい」
「そうね、心配は親のお仕事だけど、さすがに今回は驚いたなんてものではなかったわね」
「はい、反省しています」
いつもやらかしているアンジュとしては、肩身がせまい。
いろいろ話せないことが多すぎて、これでも一応反省しているのだが、どうしても口先だけになってしまう。しかし、次に続いたアンヌの言葉に、アンジュは深く深く反省した。
ある意味で一番心配させてはいけない人に、心配させてしまったみたいだった。
「あなたが倒れたと聞いて、クロードったらトーイだけではなく、リシャール殿下まで怒鳴りつけたのよ。落ち着かせるのに、どんなに大変だったか解る?」
「リシャール殿下にまで?」
「そうなのよ。アンジュのこととなると、クロードは見境がなくなるのだから、本当に困ったものよね。だから次からは気を付けてね。絶対にクロードに心配かけちゃダメよ」
「・・・・・はい」心しておきます。
クロードを見ると気まずそうに、目を反らす。自分の醜態は解っているみたいだった。
目の前で可愛い愛娘が卒倒したら、驚くなんて生易しいものではないと思う。
その上まる二日間も眠ったままだったのだから、家族には多大なご心配をおかけしたに違いなかった。クロードにあたられたリシャール殿下やトーイにも、本当に申し訳なかった。
「殿下はもう帰られたのか?」
まるで自分の暴走を隠すかのように、クロードが話を変える。さりげなさを装ってはいるが、みえみえだった。
しょうがないので、その点には突っ込まないでおいてあげる。このまま今の話を続けても、アンジュには良いことはないような気がした。
(怒られ案件だしね。ポーションの話に、戻られても困る)
「はい、明日が早いそうなので、先ほど帰られました」
「それで?」
「えっ、それでって、何ですか?」
「いや、いい。何でもない」
言いよどむクロードの問いの意味が、アンジュには解らなかった。
それでって何?いったい何が聞きたいわけ?
しかしみんな居間に集まって何をしているの?って言うくらい家族全員が勢ぞろいしていた。
父のクロードに母のアンヌ、長兄のアルフレットと3男のアンリ、次男のアーサーは領地にいるのでここにはいなかった。
一度にこれだけの家族が勢ぞろいするのは、この家でもとても珍しいことだった。
だいたい倒れて意識のない娘をテリュース殿下とふたりきりにするなんて、何考えてるの?って感じだよね。
もしかして故意に二人きりにしてたわけ?だから様子を気にして、みんなここに集まっていたってこと?(うわぁ、恥ずかし過ぎる。)
みんな、何期待してるのって、感じだよね。
「アンジュ、ハイポーションを1日で、50本も作ったんだって?」
口籠ってしまったクロードを助けるように、長兄のアルフレットが口を開く。これは問いではなく、確認だった。
すでにアンジュの情報は、トーイからすべてを聞き出しているに違いなかった。
(正確には【ハイポーションもどき】だし、倒れた原因はたぶん【アルティメットスーパーハイパワーポーションもどき?】(うっ、舌噛みそう)だけどね。本当のことは言えないけど・・・・・)
「そりゃあ、ぶっ倒れてあたりまえだよな。おまえ何、やってるの。相変わらず規格外と言うか、世間知らずと言うか。もう少し常識を身に着けないと、苦労するぞ」
アンリが、揶揄うように言う。その言葉、アンリだけは言われたくなかった。
アンリとは歳も近い為、昔から何事にも遠慮がない。
心根は優しいのだが、騎士団で揉まれているせいか少々口が悪かった。
アンジュとしては、アンリにはあまりガラ悪くなって欲しくないのだが・・・。
本人はこれが格好いいと思っているらしく、今のところ言動を変えるつもりはなさそうだった。
黙っていれば、これでもいい男なんだけどね。
「アンリ兄様、酷い!そんな風に言わなくても・・・・・」
「酷いって、アンジュ?」
アンジュは瞳をうるうるさせ、兄を見つめる。不服そうにクチを紡ぐと、まるで涙をこらえているかの様に俯いた。
その様子を見て、兄たちは急にオロオロと慌て出す。早々に誤ってしまおうとばかりに、口々に謝罪の言葉を口にした。
妹の涙に弱い、兄たちだった。
「アンジュ、ごめん。」
「な、泣くな!俺が悪かった」
「アンジュは泣いてるより、笑ってる方が可愛いよ。ほら笑って。おまえが泣くと、また父さんが暴走する。それは困るだろう」
「うん、アル兄様、泣かないよ、私」
「そうだぞ、お前は泣くとブスになるんだから、泣くな」
「・・・・・・」
(泣かないけど、アンリ兄様には、腹がたつ!女の子にブスって?デリカシーがないと言うか、ほんと失礼だよね)
年の功か女心が解っている風のアルフレットと、まったく女心の解っていないアンリだった。
「ポーションなんて初めて作ったから、良く解らなくて・・・・・。でも討伐に行かれるアンリ兄様たちの為に、がんばったのに。アンリ兄様の意地悪!」
「そうだぞ、アンリ。アンジュはお前たちの為に頑張ってくれたのだから、感謝しないといけないぞ」
突然掌を返したように長男のアルフレットが、アンジュの擁護を始める。まるで泣かせたのはアンリだけのように、立ち位置が変わっていた。
「兄貴、それはないだろう」
責任を一人に押し付けられ、不服顔のアンリが兄のアルフレットに苦情を告げる。ふたりして妹を揄っていたつもりが、いつの間にか自分一人だけが悪者になっていたのだから、納得がいかないようだった。
「アンジュはアンリの為に、がんばったんだよな」
「うん」
(本当は異世界のお薬に対する、ただの好奇心だけどね)
「アンジュはえらいな。アンリの為に倒れるほど頑張ってポーションを作ったんだからな」
「うん、アル兄様、大好き!」
「うん、うん」
アンジュの大好きをゲットして、アルフレットは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
わざとアンリに見せつけるように、アンジュの頭をいい子いい子と撫でる。むっとするアンリに見せつけるように、さらにいい子いい子と頭を撫でた。
「兄貴、それはないわ」
結局、いつの間にかアンリひとりが、悪者だった。
読んで戴きありがとうございます。