23.リシャール殿下からの依頼
「お待たせしました」
「ああ、すまないね。どうぞ二人ともかけて」
執務室に入ると同時に、応接のソファに座るようにリシャール殿下に勧められた。
身分から言えばアンジュが座ってから、トーイが座る。もしくはアンジュの後ろに控えるのだが、トーイはそんなこと気にしない。座るようにすすめられた瞬間、座っていた。
(まぁ、トーイだからね)
トーイは助手と言う立場だがお目付け役だし、平民とは言え研究室の先輩だし、若くみえるけど一応年上だし・・・・・・・。
もともとアンジュはそんなことは、気にしない。
公爵なのは父のクロードだし、アンジュ自身は公爵令嬢だけど、何もかしずかれるような人間ではないと思っていた。
トーイ曰く、本人はできる子らしい。(本当かな?)
人を見て態度を変えているのだそうだ。
これでもリシャール殿下の許容範囲は、弁えていると言っているのだが・・・・・・。(本当かな?)
リシャール殿下もトーイの態度を呆れたように見つめながらも、アンジュが気にしないならといつものように黙認してくれていた。
アンジュが腰を下ろすと、リシャール殿下の従者のフレットによってテーブルの上に、お茶とお菓子がセットされる。
すべてを終えるとフレッドは、一礼して少し離れた壁際に控えた。
「まずはお茶でもどうぞ」
リシャール殿下が優雅なしぐさでお茶を勧める。さすが王族、指先の動きの1つ1つが洗練されていた。
(今日も白衣がお似合いです。白衣、最高!)
「はい、・・・・・・・」
いただきますまでアンジュが言わないうちに、
「いただきまーす」
トーイの声が被さったと思うと、お約束のようにお菓子に飛びついた。結構大きなケーキの塊を、口へと運ぶ。
「う、うまい!」
好みの味だったらしくニンマリと笑うと、嬉しそうに次を口へと運ぶ。こんなに喜ばれて、ケーキも本望だろうと思った。(ほんと子供だよね)
今日のお菓子はハーブとバナナのバウンドケーキ。ローズマリーと胡桃、レーズンを入れて、最後にラム酒で香り付けしている。
焼きあがった後、1日、2日置いた方が美味しいので、アンジュが昨日作って今朝リシャール殿下にお届けしたケーキだった。
トーイはケーキ、ケーキ、ケーキ、お茶のテンポで、さっさとお皿とカップを空にした。
本当に好みのケーキだったのか満足そうに口元を緩ませているわりには、アンジュのケーキから目を離そうとしない。
(これって、まだ欲しいってことだよね。もしかして私のケーキ、トーイに狙われちゃっている?)
アンジュはそっと自分の分の皿を、まだ食べたりなさそうなトーイの方へとずらした。
トーイは声には出さないが、「いいの?」と、アンジュを見つめる。
アンジュが頷くと、再び「いただきます」と、今度はさきほどよりもゆっくりと味わって食べ始めた。
しがない研究員のトーイにとってケーキなどの甘味は、超がつくほどの贅沢品。めったに口にできるものではない。
しかしアンジュの助手と言う立場になってからは、手作りのお菓子など結構頻繁に口にしていると思うのだが・・・・・・・。
昨日も焼きあがったばかりのケーキを、味見と称してほぼ1本まるまる食べていたように思う。
(トーイの食い意地の問題だよね。トーイだからしょうがないで済ませる私もどうかと思うけど。)
いつの間に来たのかフレッドが、新しいお茶のお変わりをトーイのカップに注ぐ。
ほんとプロの中プロ。まさに従者の鏡だった。
トーイにフレッドの爪の垢でも煎じて飲ませたい。まぁ飲んでも変わらないだろうから、飲ませないけどね。
トーイとフレッドを見ていると、年齢だけの差とは思えない。トーイが10年後フレッドのようになれるかと言えば、自信をもってアンジュは無理だと言える。
根本から何かが違うような。人間と珍獣くらいの違いがあると思うのは、アンジュだけではないと思う。
今はアンジュの助手だけど、もともとはリシャール殿下の部下でもある。今のトーイを作ったのは、リシャール殿下であると言っても過言ではない。
トーイのしつけ直しは、ぜひともリシャール殿下のお願いしたいと思った。
アンジュはいつまでも見ていられないと、トーイの行動にくぎ付けの視線を無理やり引きはがす。
ほんと危なっかしくって、目が離せない。
これでアンジュより11歳も年上だなんて、信じらなかった。
ほとんど馬鹿な弟を見守る、姉の心境だった。馬鹿な子を見る親の心境?かも。
「リシャール殿下、ご用件をお願いします」
いつもでもこのままではいられないからね。怒られるのならさっさと怒られたい。
アンジュが先を促すと、リシャール殿下も慌てて見ていたトーイから視線を引き剥がした。
(うん、わかるよ。珍獣すぎて目が離せないよね)
「ああ、すまない。話と言うのは、東の森で魔物が大量発生したらしい」
「魔物ですか?」
魔物が大量発生と言われても、アンジュにはそれが何か?って、感じだった。想像もできない。
魔物退治は騎士団の仕事だし、薬学室にいるアンジュには、関係ないことだと思う。
ここでこんな話が出るとは思わなくて、アンジュはぽかんと間の抜けた顔をしていた。
「準備が整いしだい第3騎士団が魔物の討伐に向かうことになった。
発生しているのはビックフロッグ。
カエルの魔物なのでそう強くはない。ただその数が異常発生していて、今回はテリィとマークも同行することになった」
「テリュース殿下とマーク殿下も、ですか?それって危険なのでは?」
「危険がないとは言えないが、ビックフロッグくらい討伐できなければ、騎士とは言えないからね」
「それは・・・・・・?」
テリュース殿下も、マーク殿下も、騎士ではない。
それでも王族として、戦かわなくてはいけないこともあるのだろう。その為の訓練や修養は、必要なことなのだと思う。
しかし、アンジュの胸を言い知れぬ不安が過ぎる。
怖い!怖い!怖い!
恐怖が足元から浸食してくるかのように、身体が冷たくなって行く。
テリュース殿下を、魔物の討伐になんて行かせたくなかった。
(虫の知らせなんてことは、ないわよね)
ふり払えない不安。拭いきれない恐怖。
魔物の討伐など、アンジュにとっては未知の領域だった。
「それで、アンジュ。ここからが本題になる」
今までの話は前ふりとばかりに、リシャール殿下の真剣な瞳がじっとアンジュを見つめる。
強いブルー瞳に見つめられ、アンジュは思わず背筋を正す。今から何を言われるのかと思うと、胸の鼓動が早くなった。
「はい」本題って、何?
「討伐に向かう騎士たちの為に、ポーションの準備を手伝ってくれないか?」
「ポーションですか?」
(今、ポーションって言った? あのポーションだよね、私が作っていいの?やっほーっ!)
「ああ、危険はないとはいえ騎士たちを、万全の準備で討伐に行かせてやりたいからね」
「備えあれば憂いなしですね」
「そうだね。頼めるかな、アンジュ」
討伐に向かうテリュース殿下のことを考えると不安は過るが、自分の手でポーションが作れると思うと、不謹慎だがワクワクしてしまう。
(ポーションだよ、ポーション。魔法のお薬だよ。異世界、最高!)
アンジュは姿勢を正すと、リシャール殿下を見つめ、はっきりと今の気持ちを口にした。
「もちろんです、殿下。私でお役に立つのなら、お手伝いいたします。ポーションの作り方を教えてください」
読んで戴きありがとうございました。