179.毒入り事件その後
今回もテリュース視点です。
力尽きたアンジュは、糸が切れた様に私の腕の中で、眠ってしまった。
この小さな身体で、私を助けるために頑張ってくれたのだと思うと、とても愛しかった。
とりあえずアンジュを、そばにあったソファーに横たえる。
自分の着ているジャケットをかけてやろうとして、手を止めた。
吐いた時の吐瀉物や毒がついてるのではないかと、心配になったからだった。
私のしたいことが解ったのか、アンリが奥からプレンケットを持って来てくれた。何も言わなくても、アンリは解ってくれる。子供の時からの付き合いだった。
プランケットをかけてやると、アンジュは器用にクルンと絡みつく。寒さを感じていたみたいだった。
その仕草が可愛くて、見ていたみんなの顔に笑みが浮かぶ。
しかしいつまでもアンジュを、見ている訳にはいかなかった。
「さて、これからどうするかだが」
最初に言葉を発したクロードに、みんなの視線が一斉に集まる。
そう言ったもののクロードにも、良い案は浮かんでいないようだった。
王宮の薬草園で、王族が飲み物に毒を盛られたのだ。
まだ毒を盛った犯人も、捕まっていない。このまま何もなかったと済ませることは、できなかった。
「残っている果実水を鑑定してみたのだが・・・・・・」
リシャール叔父上は口籠り、なかなか鑑定の結果を口にしょうとしない。その苦悶の表情からは、良くない鑑定結果が出たのだと察せられた。
「この果実水の中には、植物毒としては最強と言われる毒が混入していた。かなり強い毒性の為、この世界に解毒剤はなく、間違って飲んでしまった場合、ほぼ助からない」
「そんなに強い毒を、私は飲んでしまったのですか?」
―――――この世界に、解毒剤はない?
あのまま死んでいても可笑しくはなかったと思うと、冷や汗が背筋をつたう。じわじわと、恐怖を感じた。
果実水コップ1杯を一気に飲み干したのだから、今この場にいてこうして話をしているのは奇跡だった。
「しかも毒はここにある全員分の果実水に、混入していた」
「えっ?ではここにいる全員を、毒殺しようとしたと言うことですか?」
「そうなるね」
私だけでなく、コンラットやアンリ、トーイにアンジュ、今回はアンジーだが5人もの命を奪おうとしたのだとすれば、大掛かり過ぎると思う。
いったい何のために、そんなことをしたのか?
(やはり皇太子位争いが、原因なんだろうな。)
――――――そのために、人を殺す。
血塗られた皇太子の地位に、何の価値があると言うのか?
人の死の上に、平和は築けない。血まみれの皇太子に、国民は誰もついて来てはくれないだろう。何故そんなことが解らないのか。
「すみません、マヤアを取り逃しました」
コンラットが息を切らし、薬草園へと戻って来た。マヤアを取り逃したらしく、がっくりと肩を落としていた。
これだけ殺人計画を立てておいて、逃走経路を用意していないはずがなかった。きっとスザンナの離宮か、セヴィオロテ伯爵のところにでも、逃げ込んだに違いなかった。
「ところでそのマヤアは、テリュース殿下が毒を飲んだことは確認して逃走したのだな」
「はい、テリィが倒れるのを見て、逃げ出しました」
クロードの質問の意図が解らず、私は彼を見つめる。犯人が私が毒を飲むのを確認したかどうかなど、何の関係があるのか解らなかった。
「そうか、それならテリュース殿下には、しばらく隠れていただいた方が良いだろう」
「そうだね。あれだけの毒を飲んでおいて、何もないのでは不自然だからね」
本来なら私は今頃は死んでいても、不思議ではない状態だった。
そんな私がこうしてピンピンしていたのでは、犯人にもへんに思われるに違いなかった。
リシャール叔父上とクロードの考えに気づいて、納得する。
確かにしばらくは、毒を盛られて体調を崩している演技が必要かも知れなかった。
「それにアンジュのことも、早急に隠さなくてはいけませんね」
「ごもっともです。今現在アンジュは重病説が出回っているので、誰もこの場にいたとは思わないでしょうし、13歳の子供がこんな解毒剤を作れるとは考えもしないでしょう。アンジュを隠すには、今が最適だと思います」
アンジュが作った解毒剤の存在が漏れれば、アンジュの身にも危険が及ぶに決まっていた。
アンジュの存在が知られれば、誰もが彼女を欲して動き出す危険性があった。
絶対にアンジュを、そんな危険な目に会わせたくなかった。
「そうですね。それでこれからどうするかと言う問題ですが・・・・・」
「それでテリィには、しばらく病に臥せってもらう。毒を飲まされ、重病ってことだからね」
「ずっと、私に部屋に籠っていろと?」
「そうは言っていない。部屋にゲートを繋いで、アンジュと一緒にトゥルースに隠れていればいい」
「アンジュと一緒に?いいのですか?」
自分でも自分の声が、嬉し気に弾んでいるのが解った。
アンジュとは1年も、離れ離れになると思っていたのだ。それが一緒に行っていいとなると、喜びが湧いてくる。
不謹慎だが毒を盛られて、良かったなどと思ってしまった。
(その前に生きていて良かったと、言うのが一番だったが・・・・。)
「それでは残り4日を待たずに、アンジュを領地へ行かせることにしましょう」
突然の予定変更にアンジュは文句を言うかもしれないが、こうなってしまった以上しょうがなかった。
みんなの視線がソファに横たわるアンジュを、見つめる。
血の気が引いてとても悪かった顔色が、今はもういつもの顔色に戻っていた。
すやすやと眠る姿は、本当に可愛かった。(・・・・・私の天使。)
「しかしアンジュには、いつも驚かされるね」
「本当ですね。まぁ今回はテリュース殿下のお命を守れたのですから、褒めてやらねばいかんでしょうな」
「こんなに凄い解毒剤を作るとは、この子の頭の中はどうなっているのだろうね」
「それは親の私にも、解りませんな」
―――――アンジュ。
本当に、不思議な子だと思う。
私にとってとても可愛くて、とても愛しくて、とても大切だった。
手放すことなどできないほどに、愛していた。
(アンジュは、誰にもやらない。私だけのものだ。)
時々アンジュへの、執着が怖くなる。もしアンジュを失うことがあったら、自分がどうなってしまうのか解らなかった。
「リシャール殿下、そろそろ動いた方がよろしいのでは?」
「そうだね。まずはアンジュとテリィを、テリィの部屋へ」
「トーイ、アンジュを抱えてテリュース殿下の部屋へ。アンリ、コンラットは、担架でテリュース殿下を部屋まで運ぶように。その姿を王宮内に見せつけるのだ」
「見せつける?それは何故ですか?」
「テリィが何者かに毒を盛られて重病であることを、みんなに見せつける。王宮内に多くの目撃者を作ることで、犯人の油断を誘うってわけだね」
「解りました。では、そのように致します」
みんなが一斉に、動き出す。
アンジュはトーイによって、一足先に薬草園を出て行った。
本当なら私がアンジュを、抱いて行きたかったと思う。
愛するアンジュをたとえトーイと言えども、預けたくはなかった。
「テリィ、死にそうな顔をして、担架の上に寝てくれ」
アンリが奥から担架を運んでくると、私に無茶を要求する。
「・・・・・死にそうな顔って?」
「とりあえず担架の上に寝て、目を瞑ってみ」
「解った。これでどうかな?」
「それでは重病人って、感じがしないな」
「ならどうすれば・・・・・」
いきなりアンリが、私の頭に手を突っ込んで髪をかき乱す。顔の半分くらいが髪で隠れてしまうと、満足そうに手を放した。
「これで良し、あとは何があっても、目を開けるなよ」
「解った。よろしく頼む」
私は目を閉じる。あとはアンリとコンラットに任せるしかなかった。
少しすると担架の揺れが心地よく、疲れていたのかいつの間にか眠りに落ちてしまっていた。
部屋についてコンラットに起こされるまで、まったくの意識不明状態だった。
そのおかげか私が運ばれる姿を見かけた王宮の者たちは、かなりの重病だと思ったらしい。
クロードたちの企み通り、私の重病説は苦労せずに王宮中に撒かれることになった。
読んで戴きありがとうございました。




