177.ファーストキスは毒の味
今出来たばかりの【アルティメットアンチドートもどき】(これも長い名前だよね。あ~ぁ、舌噛みそう)の入った小さな容器を、テリュースの口元にあてる。
しかし意識のないテリュースは、【アルティメットアンチドートもどき】を、自力で飲むことはできなかった。
早く飲まさなければ、テリュースは手遅れになる。
アンジュは絶対にテリュースを、死なせたくはなかった。どんなことをしても、助けたいと思う。
(どうすればいい。どうすれば解毒剤を、飲ますことができる?)
「姫さん、俺もそろそろ限界です。助けてくださーい。もう、無理です」
トーイにはかなり負担をかけているのは、解っていた。
毒が身体に吸収されないように、魔法で止めておくのはかなり魔力を消費する。大変なことだった。
もう限界と言うトーイの情けない声を聞いて、アンジュも覚悟を決める。
(だって、ファーストキッスだよ。やっぱり緊張するよね。)
アンジュは【アルティメットアンチドートもどき】(アルポのように短縮もできそうにないし、もう解毒剤でいいよね。)を口に含むと、口移しでテリュースに飲ませる。
初めて直接触れたテリュースの口唇は、とても冷たかった。
いつもの優しいマリンブルーの瞳は今は閉ざされ、アンジュを見つめてはくれない。それがとても寂しいと、感じた。
「お願いテリィ、飲んで」
アンジュは何度も【アルティメットアンチドートもどき】を口に含むと、口移しで飲ませようとする。
しかし口元から零れるばかりで、テリュースが嚥下することはなかった。
「テリィ、飲んで。こんなことで、死なないでよ。私を13歳で、未亡人にしないで!愛しているの・・・・・。」お願い。
アンジュは再度テリュースの口唇に、口唇を重ねる。
今度は零れないように、ピッタリと隙間なく口唇を合わせると解毒剤を注ぎ込む。
とても長い時間のように感じた。実際には、数分だったのかも知れない。
口唇を重ねたまま、(お願い、テリィ、解毒剤を飲んで)と、心の中で何度も何度も叫ぶ。
「・・・・・・ゴクッ」
アンジュの口唇も痺れて来たところ、テリュースが解毒剤を嚥下したのが解かった。
口唇を放して、テリュースを見つめていると、
ピカ――――――――――――ッ!
瞬間、テリュースが、眩い光に包まれる。眩しい、神々しい光だった。
効果は、即効だった。
まさにキタ――――――――っ!と言う感じに、テリュースに生気が戻って来るのが解った。
真っ白だった顔色に、温もりの色が戻って来る。
これでテリュースは大丈夫だと、アンジュは確信していた。
アンジュが見た限りでは、毒は消え去っているように見えた。
(【アルティメットアンチドートもどき】、最高!ありがとう、テリィを助けてくれて。)
「テリィ、テリィ、お願い、目を覚まして!」
アンジュが祈りを込め叫ぶと、テリュースの瞼が微かに震える。
何度か瞼が震えた後、ゆっくりとマリンブルーの瞳が姿を現した。
瞬きを繰り返し、彷徨っていた瞳が、アンジュを捕える。
アンジュを見つけてとても嬉しそうに、テリュースが微笑んだ。
「・・・・・アンジュ」
毒のせいでテリュースの声は、痛々しいほどに酷く擦れていた。
アンジュの目から、つ――――ぅと涙が零れた。
アンジュのすべらかな頬を伝って、テリュースの上へと零れ落ちる。
「・・・・・テリィ。よかった」
テリュースが、戻って来た。
彼を失わずに済んで、アンジュはとても嬉しかった。嬉し涙が、止まらなかった。
「・・・・・姫さん。そろそろ、俺のことも思い出して欲しいのですが」
突然、トーイの情けない声が、せっかく良いムードの二人に割って入った。
(ほんと、お邪魔虫だよね。)
テリュースの身体に毒が回らないように、トーイが魔法で止めてくれていたことをすっかり忘れていた。
(・・・・・忘れた。私が悪いんだっけ?)
「わぁ、ごめんなさい。もう大丈夫です」
「よかったです。もう目の前で熱烈なキスを始められた時は、俺どうしょうかと思いましたよ」
「熱烈なキスって・・・・・」
これは人命救助だよね。そんな色気のあるものでは、なかったと思う。
「いえいえ、とても色気満載で、独り身の俺には刺激が強すぎでした」
「い、色気満載って?」
もうアンジュは羞恥で、全身が真っ赤に染まっていた。
恥ずかし過ぎて、穴があったら入りたかった。
「トーイ、私からも謝る。すまないがそれ以上、アンジュを虐めないでくれないか」
だいぶん回復して来たのかテリュースの声にも、力が戻って来ていた。
自力で身体を起こし、羞恥に染まるアンジュを隠すように抱きしめる。
強い力で抱きしめられ、アンジュは腕の中でほーっと安堵の息を吐く。
【アルティメットアンチドートもどき】は凄い効き目だった。
「殿下!アンジュ!」
突然薬草園の扉が開き、リシャール殿下とクロード、アンリが駆けこんで来た。
「毒を飲まされたと、聞いたのだが?」
リシャール殿下が、テリュースの容態を確認する。
すでにテリュースには毒の後遺症もなく、毒を飲まされたことを知らなければ、いつもと変わりないように見えた。
「はい。もう少しであの世行きでしたよ。アンジュが解毒剤を作って飲ませてくれなければ、どうなっていたことか」
「そうそう、それはもう熱烈でした」
「その、熱烈とは?」
早く解毒剤が作らなければ、テリュースに命の危険が迫っていたのだから、他のことなどかまってはいられなかった。
トーイは熱烈と言うが、テリュースを助けるために、アンジュは必死だった。そこには他の感情が、入り込める予知などなかった。
トーイがいらぬことを言うので、アンジュはどう返事していいのか解らない。
(熱烈って・・・・・・、あれは人命救助。人工呼吸と一緒だよね。)
「大丈夫、なのだな」
「はい。アンジュのおかげで、毒は解毒されました」
「そうか。それでことの真相は解っているのか?」
「今、コンラット様に、私たちに果実水を用意した侍女のマヤアを追ってもらっています」
「侍女のマヤアだと?」
「お父様、侍女のマヤアをご存じですか?」
「私の記憶が確かなら、スザンナ様の腹違いの妹の名前が、マヤアだったはずだ」
「スザンナ様の・・・・・・」
どうやら今回も、スザンナ様が関わっているようだった。
しかし、アンジュの意識も、ここまでだった。
テリュースが助かるまではと、気力だけで持ちこたえていた意識はすでに限界だった。
リシャール殿下やクロードが来たことで、気が緩んだのかも知れない。
アンジュはテリュースの腕の中で、意識を手放す。
もう瞼を持ち上げることすら、疲れていてできなかった。
「アンジュ!」
読んで戴きありがとうございました。