175.毒入り果実水
テーブルの上にはいつもと違い侍女のマヤアによって、果実水が並べられていた。
いつもならアンジュが作ったお菓子とお茶が並ぶのだが、今朝お菓子を渡したフレイは、ここにはいないようだった。
この時は何か用事ができて席を外しているのだろうと、アンジュたちはあまり気にもしていなかった。
「俺、果実水はいらないわ。お茶を入れてくれるかな」
「私もお茶の方がいいですね。お茶をお願いします」
喉が渇いたといいながらもコンラットとアンリは、果実水に手をつけようとしない。
二人は大人と言うか、お菓子など甘いものは好きなくせに、果実水は苦手のようだった。
「俺はミルク。冷たいミルクがいいです」
何故かトーイは、果実水よりも冷たいミルクがよいと言うことだった。
(どっちが子供なんだか)
もともとこの国では果実水は、子供や女性の飲み物と言う認識が強かった。
「私は結構、好きだけどね」
テリュースは時々アンジュに付き合いで飲んでいるので、抵抗なく飲むことができる。
もちろんアンジュも抵抗はないと言うより、むしろ好きな飲み物だった。
(まだ、子供だからね。)
大皿に盛られたクッキーは、見た目もあまり美しくなかった。
「なんだこのクッキー、本当に王宮の厨房で作ったのか?」
「本当ですね。とても食べれたものじゃない」
どうやら味も、最悪のようだった。
アンリもコンラットも一口食べるなり、残りは置いてしまっていた。お菓子好きの二人にしては、珍しいことだった。
「確か王宮の厨房はアンジュのお料理改革でずいぶん変わったと思ったんだが、このクッキーは酷すぎるな」
「そんなに?」
アンジュも一つ摘まんで、食べてみる。確かに素人が作ったよりも、酷い出来栄えだった。
小麦粉と砂糖がちゃんと混ざっていないし、何より生焼け状態だった。
(ひ、酷すぎる。)
これは厨房で作られたものではないと、アンジュは思う。
テリュースと婚約してからアンジュは、王宮のお料理改革と称して、マイアス料理長やバスミル副料理長、厨房の料理人の人たちには、アンジュのレシピを惜しみなく伝授している。
料理技術も向上していて、今ではほぼ教えることも無くなっていた。
そんなプロ中のプロが、こんなクッキーを作るはずがなかった。
「本当に美味しくないですね」
アンジュは口直しとばかりに、果実水を口に含む。このまま果実水で口の中のまずさを、流してしまおうと思った。
「―――――うっ!」
しかし、それを飲み下すことは、アンジュにはできなかった。
果実水を口に含んだ瞬間、口の中になんとも言えない違和感を感じた。
アンジュは口に含んだ果実水を、慌てて吐き出す。
「アンジュ、どうした?」
「あ・・・・・・」
吐き出しても口の中の違和感は無くならず、口中に広がる苦味が強くて不快だった。
そして後から火傷しそうな熱さが、襲ってくる。
慌てて近くの水道に飛びつき、流水で口の中を濯いだ。
吐き気がして、嘔吐を繰り返す。
苦しくてどうしょうもないが、とりあえず全部を吐き出してしまおうと思った。
「アンジュ?」
――――――これは毒?
「テリィ、飲まないで―――――っ!」
それだけ言うのに、アンジュはとても苦労した。
なんとか絞り出した声も、自分のものとは思えないほどに擦れて聞き取りにくかった。
「テリィ――――――っ!嫌―――――ぁ」
しかしすでに遅く、テリュースは喉が渇いていたのか、勢いよく果実水を飲み干した後だった。
空になったコップが、床に落ちて砕け散る。
ガシャ―――――ン!
「テリィ!」
テリュースも瞬時に自分が飲んだものが何であるか解ったのか、一瞬目を見開いた後、グフッ!と血と一緒に吐瀉物を吐き出した。
テリュースが床に崩れ落ちる姿が、まるでスローモーションのように、アンジュの目には映った。
「どうした?何があった?」
「果実水に、・・・・・毒が」
「毒?」
果実水にどれだけの毒が入っていたのかは解らないが、早く対処しなければテリュースの命が危険だった。
「コンラット様、マヤアを捕まえて、アンリ兄様、リシャール殿下と、お父様にこのことを・・・・・」
「「解った!」」
アンジュが全部を言わなくても、二人には伝わったようだった。
コンラットは逃げ出した侍女のマヤアを捕獲に、アンリはリシャール殿下に報告する為に動き出す。
「トーイ、そのミルクをテリィに飲ませて」
「このミルクをですか?」
ちょうど良いところにトーイの頼んだミルクが、手つかずのまま残っていた。
なんでミルク?と思っていたが、ここにミルクがあって良かったと思う。
「はい、本当はミルクを飲ませてから、飲んだものを吐かせた方がいいのだけど、取りあえずミルクを飲ませて。それから毒が身体中にまわらないように、魔法で止めて欲しいの」
魔法で毒を無効化できればいいのだが、アンジュはそんな高度な魔法は使えないし、トーイにしても現状を維持するだけで、精一杯だった。それも長時間は、持ちそうにない。
「解りました。やってみます」
アンジュはクラクラする頭を押さえながら、みんなに指示を与える。
トーイが毒の動きを止めている間に、アンジュは急いで解毒剤を作らなければならなかった。
早く動かなくては、テリュースが手遅れになってしまう。
もう一刻の猶予もなかった。
読んで戴きありがとうございました。