17.薬草園でのお茶会
たいていアンジュが薬草園や薬学室にいる日は、テリュース殿下も必ずと言ってよいほど顔を見せる。
時間があえばリシャール殿下と3人で、お茶などするのがこのところの恒例になりつつあった。
今日もリシャール殿下のお手伝い、薬草の世話をしていると、
「もうすぐ3時だね」
言葉に含みを持たせて、リシャール殿下がクスクスと意味深に言った。
アンジュが時計に目をやると、針があと少しで3時を示すところだった。
「・・・・・・そうですね」
リシャール殿下の言いたいことは、解っていた。
テリュース殿下がアンジュのことを気にかけてくださっているのを、揄われておられるのだ。
テリュース殿下はいつもさりげなく偶然を装っておられるようなのだが、それが結構見え見えだったりする。
大人のリシャール殿下から見れば、可愛くてしかたがないと言う感じだった。
(25歳のリシャール殿下から見れば、15歳のテリュース殿下なんてまだまだ子供だよね)
時計の針が3時を示した途端、薬草園の扉が開いた。
『おうじがきた』
『おちゃの、じかん~♪』
妖精たちもお茶の時間を心待ちにしているようで、歓迎する妖精たちにテリュース殿下はとり囲まれていた。
「叔父上、お疲れ様です。お茶の用意を頼んできましたので、一緒にお茶でもいかがですか?」
「ああ、いいね。ちょうど休憩を取ろうと思っていたところだ。アンジュ、残りは後にして、お茶を戴こう」
「はい、リシャール殿下。テリュース殿下、いつもありがとうございます」
アンジュが薬草園の角に作られた水道で手を洗って戻って来ると、お二人はすでに、木製のガーデンチェアに座りゆったりと寛いでいた。
この木製のガーデンテーブルとガーデンチェアは、アンジュたちが薬草園に来るようになって置かれたものだった。
緑の中にあっても違和感のない。落ち着ける場所になっていた。
テーブル上は侍女たちによってお茶の用意が整えられて行く。
今日のお茶はリンゴのような香りに、甘く優しい味のジャーマンカモミールが用意されていた。
ストレスや不安、不眠などに効果があり気分を落ち着かせてくれるハーブ茶だ。
『アンジュ、おかし』
『おかし、おかし』
妖精たちの目あては、アンジュの持参するお菓子だった。
ここに来るようになって、アンジュはハーブを使ったいろいろなお菓子を持参していた。
「今日はローズマリーのクッキーを、作ってみました」
アンジュは作ってきたクッキーを、侍女に頼んでお茶うけに出してもらう。
今日は新鮮なローズマリーを刻んでたっぷり混ぜ込んだ香りの良いサクサククッキーだった。
ローズマリーは冷え性や肩こりの改善、集中力や記憶力のアップ、風邪や花粉症の緩和。気分の落ち込みの改善などの効能があると言われている。
前世のアンジュの記憶に刻まれたレシピの中から作ったものだった。
料理やお菓子作りは、アンジュの前世からの趣味と言ってもいい。
大学に入ってからは勉強、勉強で時間がなくて簡単なものしか作れなかったが、高校までは家庭的な母親と一緒にいろいろな料理やお菓子をよく作った。これでも女子力は、結構高かった。
(前世のお母さん、女子力高く育ててくれてありがとう。マジ、感謝です)
「これもアンジュが、作ったの?」
「はい。お口に合うか解りませんが、どうぞ召し上がれ」
毒見かわりに、1つ食べてみせる。サクリと口に入れた瞬間、ローズマリーの香りが広がり、甘すぎず優しい味がした。
(うん、今日もおいしい)
「これも美味しい。アンジュが作るものは、何でもおいしいから楽しみだ」
「ありがとうございます。また作ってきますね」
「本当に美味しい。このクッキーにはローズマリーを使っているね。これもアンジュが考えたのかい?」
「はい、妖精さんに分けてもらったローズマリーを使いました。とても良い香りがしますよね」
『おいしぃ』
『おいしいね』
『アンジュのおかし、おいしいね』
お二人のお口にもあったようで、よかったと思う。
妖精たちにも、大人気だった。
お皿の中のクッキーはあっと言う間に、無くなって行く。
まさかこんなに喜んでもらえるとは思っていなかったので、嬉しくてアンジュの口元が緩んでしまう。
こんなことを思っては殿下二人に失礼かもしれないが、可愛いなと思ってしまった。
小さな身体で大きなクッキーを一生懸命頬張る妖精たちは、文句なしに可愛かった。
先日のレモンタイムのケーキやミントクリームのチョコロールも好評だったので、こちらの世界でも受け入れられる甘味なのだろう。
アンジュは自分が食べたいので作ってみたのだが、受け入れられてよかったと思う。
アンジュが考えたと思われるのはなんだか申し訳ない気もするが、この世界にはないレシピなので返事のしようがない。曖昧に微笑むしかなかった。
読んでいただきありがとうございます。