162.ハーブカフェ『レモングラス』1
いつものように市場の少し手前で、馬車が止まる。
ここでアンジュ達を下ろした後、少し離れた馬車の駐車場みたいなところで、待機すると言うことだった。
アンリとテリュースが、先に馬車を降りて行く。
続いて降りようとしたアンジュだが、馬車につけられた階段はかなり高かった。
(これをひとりで降りる訳?足の長さが、足りなさすぎるよね。)
アンジュが自分のいる位置から、地面までの距離に怯んでいると、
「アンジー、おいで」
それに気づいたテリュースが、アンジュを呼んだ。
呼ばれ慣れない自分の名前に、何故かドキドキした。
これはテリュースの声が、いつもより甘さを含んでいるからだと思う。
アンジュが目覚めてから、さらにテリュースが甘くなったような気がするのは、気のせいばかりではないと思う。
前からアンジュには優しかったテリュースだが、今は彼の態度やしぐさに愛情を感じていた。
「はい。よろしくお願いします」言って、アンジュが両手を差し出す。
「今日のアンジーは男の子なんだから、おいでって言われたら私に向かって、飛びこんで来なくちゃ」
「えーっ、そんなの」恥ずかし過ぎる。
「さぁ、アンジー」
促されテリュースに向かって、そーっと両手を差し出す。
テリュースの腕の中へ飛び込むなんて、アンジュにはハードルが高すぎだった。
いつものなれたエスコートとは違い、子供のように抱き上げられることにも抵抗があった。
(テリィ、お顔が近いです。)
ここでもアンジュは簡単に、抱き上げられてしまう。
テリュースはとても大切なものを扱う様に、優しくアンジュを馬車から下ろしてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
なんとかお礼をいったものの、アンジュは恥ずかしすぎて、テリュースの顔を見れなかった。(うっ、どうしょう?)
「アンジー?」
きっと今のアンジュの顔は、真っ赤だと思う。本当に久しぶり過ぎて、どうしていいのかアンジュには解らなかった。(1か月ぶりだものね。)
「お待たせしました。遅くなって申し訳ありません」
まさに天の助け、割って入った声の主はトゥーリだった。
(ナイスタイミングです。トゥーリさん。)
今回行くお店は、どこも初めてのところなので、トゥーリには本日の案内をお願いしていた。
遅くなったとトゥーリは言うが、まだ約束の時間にはなっていない。こちらの方が少し早く着いたみたいだった。
「いや、時間通りだ。今日はよろしく頼む」
「あれ、アンジュはまだ?」
言ってトゥーリが、キョロキョロと、辺りを見回す。
1か月前と身長は変わっていないはずなのに、アンジュは彼女の目に入らないみたいだった。(うっ、悲しすぎる。)
「トゥーリ、私はここにいます」
なんとかトゥーリの視界に入ろうと、ぴょんぴょん飛びながらアンジュは自分の存在を主張する。
途端、周りから大爆笑が上がった。
(な、なに?)
「アンジュ、今日は可愛い男の子なのね。とっても似合っている」
アンジュであることを確認しながらも、クスクス笑っていると言うことは、最初から解っていたみたいだった。
「トゥーリ、今日はアンジュではなく、アンジーだから」
「そうそう、今日の設定は俺たち3兄弟。アンジーは末の弟ってことで」
「まぁ、3兄弟ですか?楽しそうですね」
「そうだね。今日はよろしく」
「はーい。お任せください」
アンジュたち4人は、目的地に向かって歩き出す。
降車場から少し歩くと、中心部の公園へとたどり着いた。
道路を挟んだ反対側に、色とりどりのお洒落なお店が並んでいる。
その中でもひときわ目立つ、木製の建物があった。
ログハウスと言うよりは、ラグジュアリーハウスと言うものだと思う。
前世のフィンランドで有名な、マシンカットログハウスと言われる建物だった。
壁が鮮やかな赤レンガ色のカラーリングがされており、窓枠や階段、手すりなどが白く塗られていて美しい外観をしていた。
「美しい建物ですね」
「でしょう。さぁ、中へどうぞ」
扉を押すとカウベルのドアチャイムがカランコロン♪と鳴る。何だか懐かしい音がした。
「いらっしゃいませ、にゃん」
トゥーリに聞いていた獣人のウエイトレスさんに、迎えられる。
アンジュが想像していた何倍も、獣人のウエイトレスさんは可愛かった。
「4人、お願いします」
「はい、どうぞにゃん」
席まで案内される間、アンジュの目の前には、もふもふのしっぽが、楽しそうに揺れていた。
(あ~ぁ、もふりたい♥)
読んで戴きありがとうございました。