160.お街に行きたい
プロティンを飲み始めてから、1週間。
アンジュはまだ本調子とは言えないが、かなり普通の生活ができるようになった。
あの手さえも上げられなかったことを思うと、凄い回復力なんてものではなかった。(プロティン、最高!)
自分の身体が動くようになってくると、アンジュの性格上大人しく部屋に閉じこもっているなんてことが苦痛になって来た。
なんとか温室に行くことは許されていたが、先日トゥーリから聞いたオープンした店舗がとても気になった。
だって自分で企画したお店が、すでにオープンしているんだよ。
絶対に見たい、行きたいと思うよね。
しかし、アンジュがお街へ行くためには、一番クリアしなくてはいけないのがクロードだった。
ここ凄く重要!ほんと難関だった。
だからある日の夕食時、思い切ってクロードにお願いしてみた。
「お父様、お街に行きたいです」
「もう、身体はいいのか?」
「かなり普通に、動けるようになりました」
「そうか、オルエム嬢からいろいろ報告は受けているが、この1ヶ月で王都に2店舗オープンしたらしいな」
トゥーリはクロードに、割と頻繁に報連相をしているみたいだった。
一応クロードも、出資者だしね。
アンジュの保護者だし、アンジー商会の相談役だった。
アンジュが1ヶ月眠っている間の決済などは、クロードが変わってやってくれていた。
「はい。どうしてもそれを、自分の目で見たいのです」
両手を胸の前に組み、斜め45度から涙でウルウルの目で、クロードを見つめる。
じっとクロードを見つめていると、勝手に涙が零れ落ちた。
それに気づいたクロードが、狼狽えたように目を泳がす。
いつの時代でも男性は、女性の涙に弱い。それが可愛い愛娘の涙ともなれば、尚更だった。
これが結構クロードやアンリには、効果的だった。
あまりにも効くので、アンジュはもう何度もこの手を使っている。
(男性って、案外ちょろいもんだよね。)
「アンリ、どうだ?」
「どうだって、何が?」
クロードの前と言えども、アンリの態度はとても横柄だった。
何を聞かれているのか解っているのに、アンリはクロードの口から言わせようとする。結構、意地悪だった。(まぁ、アンリ兄様だからね。)
「アンジュだと解らないように、街に連れて行けるのかと聞いているんだ」
「ああ、それならアンジュを変装させれば、大丈夫じゃねぇ」
「そうか、それならアンリ、おまえが連れて行け」
「・・・・・なんで俺が?」
いつもアンジュの尻拭いばかりさせられているアンリからすると、なんで俺が?と言う気持ちも解る。
しかしアンリはクロードとの付き合いはアンジュよりも長いはずなのに、父の性格を解っていなかった。
クロードの言葉は、絶対だった。従わないと言う選択肢は、許されない。
「アンリ、おまえはアンジュの兄だろう。病み上がりの妹の面倒くらい、見てやれないのか?」
「それは、間違ってないが・・・・・」
アンリは小さい頃からお兄ちゃんでしょうと、いろいろ我慢させられていたので、同じ言葉を聞いて反発してしまうのも理解できる。
2歳違いの妹に対するときは、お兄ちゃんでしょうと言われ、上の兄たちに対するときは、弟でしょうと言われる。
真ん中のアンリは、上からも下からも突かれ、可愛そうな立場だった。
「アンリ兄様、お願い」
「・・・・・アンジュ、おまえ」
アンジュは再度、お願いと、目にいっぱい涙をためてアンリを見つめる。
アンリも若いとはいえ、男性だった。女性の涙に弱い。
それが可愛い妹の涙ともなれば・・・・・。
「解った。一緒に行ってやるから、もう泣くな」
「本当に?」
「ああ、解った。行ってやる」
「アンジュ、アンリが一緒に行ってくれるぞ。よかったな」
まるで自分の手柄のように、クロードが言う。さあ、自分を褒めろと言わんばかりだった。
(でも、お街につき合ってくれるのは、アンリ兄様なんだけどね。)
ここで一応クロードのおかげとばかりに、お礼を言っておく。
これを忘れると、後々が大変だった。
「やったぁ。お父様、ありがとうございます。アンリ兄様、よろしくお願いします」
「ああ、解った。俺の休みは明後日だから、そのつもりで」
「はい、明後日ですね。楽しみです」
「おう、それまでにちゃんとプロティンを飲んで、疲れて歩けないってことがないようにしておけよ」
「はい、了解しました」
これで最大の難関だったクロードの、許可ももらえた。
アンリが了承してくれたので、アンジュはお街へ行けることになった。
明後日が来るのが、とても楽しみだった。
(アンリ兄様、だーい好き♥)
読んで戴きありがとうございました。