153.眠り姫 【テリュース視点】
今回もテリュース視点です。
そろそろ約束の時間だと言うのに、アンジュはまだ帰っていなかった。
一緒に行ったアンリからは、何の連絡も届いていない。
いつもちゃんと連絡を入れてくる、アンリにしては珍しいことだった。
「アンジュ、何故帰って来ない?」
先日の朝食後、一度トゥルースの家に帰りたいと言って来たのは、アンジュだった。
「テリィ、お願いがあるの」
「お願い?」
「うん、お願い」
お願いと祈るように胸に前で両手をくみ、甘えておねだりするアンジュの姿は、とても可愛かった。
私は思わず、ゴクリと生唾を飲み込む。
日頃から何も欲しがらないアンジュのお願いなら、何でも聞いてあげたかった。
アンジュの喜ぶ顔が見れるのなら、どんなことでもしてやりたい。
ドレスでも、飾り物でも、アンジュの欲しいものならなんでも、手に入れてあげたかった。
「ちょっと探し物があって、トゥルースの家に帰ってきたいのです。お許しいただけませんか?」
アンジュの口から出た意外なお願いに、一瞬私は返事が出来なかった。
正直を言えばトゥルースの家になど、アンジュを帰したくなかった。
ずっと私の、そばにいて欲しいと思う。
アンジュには家族もいるし、私以外にも大切な友人も多い。
誰からも愛されるアンジュは、本当ならこんなところでじっとしているような子ではなかった。
あのお茶会の日からいろいろあって、アンジュをずっと王宮に留め置いたのは、私のエゴだと言うことは解っていた。
カーリナ・バスパーラ伯爵令嬢に階段から突き落とされ、目が不自由になった時に、アンジュに距離を置かれそうになった恐怖は今でも忘れられなかった。
「テリィ、お願い。本当にちょっと探し物に帰りたいだけなの。ずっとって言うわけでは無くって、明日の夕刻までには、必ず王宮に戻るわ。だから、ね、いいでしょう」
「それは・・・・・・」
ここで離れたら、もう二度と戻って来てくれないのではないかと、不安が過る。
どうしても「いいよ」と言う言葉が、出てはこなかった。
アンジュには笑顔でいて欲しいと口では言いながら、本心では誰にも見せず閉じ込めてしまいたいと思う。
自分でも狭量だと思うが、どうしてもこの思いは変えられなかった。
「テリィ、アンジュは何も、ずーと帰りたいと言っている訳ではないんだ。探し物が見つかれば、すぐに戻って来る。俺が必ず連れて帰るから、許してはくれないか?」
アンリまでが、アンジュの肩を持つ。ここまで言われて、ダメだとは言えなかった。
「解った。アンリも護衛として、一緒について行ってくれ。明日の夕刻までには、必ず王宮に戻ること。約束できる?」
「もちろんです。約束します」
「うん、約束だからね」
「はい、約束です」
あの時のアンジュに、嘘はなかったと思う。
なのに何故、アンジュは帰って来ない?
「テリィ、アンリから、鳥が来ている」
コンラットが、私の肩に乗った小鳥を指さす。
アンリからの伝書鳥だった。
慌てて私が鳥に触れると、アンリの声で話し始める。
「テリィ、アンリだ。約束の時間に帰れなくて、すまない。アンジュが昨夜眠ったまま、いまだに目を覚まさないんだ」
ーーーーーアンジュが、目を覚まさない?
今はすでに、19時になっていた。
アンジュは大抵22時ごろには就寝するので、昨夜からだと21時間も寝ていることになる。
いったい何が原因で、目を覚まさない?
(アンジュに、何があった?)
もしかしてアンジュは、王宮に帰って来たくないのか?
もう私の側に、いたくないから・・・・・・。
考えれば考えるほど、悪い方向へと考えが傾いてしまう。
これは私の悪い癖だった。いつも最悪のことを、考えてしまう。
「アンジュ、帰って来ると約束したのに」何故、帰って来ない。
「テリィ、何をしている!アンジュ姫のところに行かないのか?」
「私が行ってもいいのか?アンジュは私と会いたくないから、目を覚まさないのではないか?」
「馬鹿野郎!そんなことは、本人に直接聞け!」
クールビューティと言われるほど、いつも感情を表に出さないコンラットが、私に対して声を荒げる。
珍しいことだと驚くよりも、自分の不甲斐なさが嫌になる。
いつもうじうじ考えて、前に進めなくなる。
私の悪い癖だった。
「聞くのが、怖い。もし、もう会いたくないと言われたら」
「テリィ、アンジュ姫を信じろ。必ず帰ってくると約束したんだろう」
「・・・・・・約束?」
あの時アンジュは、きっと帰ると約束してくれた。
気づいたら私は執務室を、飛び出していた。
走り出したら、もう止まらなかった。
「アンジュ、アンジュ、アンジュ・・・・・」
何度呼んだか、解らなかった。
コンラットが用意してくれていた馬に飛び乗ると、私はトゥルース家に向かって走り出した。
王宮からトゥルース家までは、それほど時間はかからなかった。
トゥルース家の門番に馬を預け、館に向かって走り出す。
アンジュの部屋の場所は、誰に聞かなくてもよく知っていた。
幼い頃から、何度も通った部屋だった。
エントランスを抜け、階段を駆け上がり、アンジュの部屋へと飛びこむ。執事や侍女たちが驚いているが、関係なかった。
「アンジュ!」
部屋の中には心配そうにアンジュを見守る、クロードにアンヌ、アンリにアルフレットたち家族の他に、侍女のタマラもいた。
「殿下?」
アンジュの部屋は、前に来た時と何も変わっていなかった。
ベットの上には、いつものようにアンジュが眠っている。
顔色は、悪くなかった。本当にちょっと寝ているだけのように見える。
すぐにでも起き出しそうなほど、アンジュの寝顔は美しかった。
まるで、眠り姫のようだと思う。
「・・・・・アンジュ」
寝ているアンジュの頬に手をあてると、私の指先に温もりが伝わって来た。
―――――生きている。私は、ほっと息を吐き出す。
私が興奮しているからか、みんなが気を使ってくれたのかは解らないが、眠り姫のアンジュとアンリと私だけが部屋に残されていた。
「アンジュの具合は?」
「医者の話では、どこも異常はないらしい」
「それなのに何故、目を覚まさない?」
「テリィ、少し落ち着け」
アンリに落ち着けと言われても、どうすれば良いのか解らなかった。
アンジュのことで聞きたいことや、知りたいことが多くて、落ち着いてなどいられなかった。
「テリィ、【アルポ】を覚えているか?」
「【アルポ】?あのアンジュが作ったと言う、究極のポーションのことか?討伐訓練の時、私とアンリ、コンラットが飲んだ秘密のポーションのことだな」
「そうだ。俺たちがあの討伐訓練で飲んだ【アルポ】を、昨日アンジュも飲んだ」
「アンジュが【アルポ】を飲んだ?ポーションはアンジュの目には、効かないんじゃなかったのか?」
あの事故の後、アンジュにハイポーションを飲ませたが、まったく効果はなかった。
「もしかすると【アルポ】が効くかもしれないと。俺も、もしかするとと思った。だってあの時、俺たちは助かった。【アルポ】は凄いポーションだっただろう」
【アルポ】の効き目は、確かに凄かった。
あの時はコンラットの足まで、再生したのだ。
今まで忘れていたが、もしかすると【アルポ】が目に効くのではないかと、アンジュが思ったのも納得できた。
「飲んだ時には、何の変化も起きなかったんだ」
「何の変化も起きなかったのに、何故?」
「うん、俺が考えるに、もしかするとアンジュの中で今【アルポ】の効果が、発揮されているのではないかと」
「それでアンジュは、眠り続けているのか?」
「解らない、でも俺はそう信じている」
私もアンリのように、ポジティブに考えたかった。
きっとアンジュは、目を治して帰ってくる。
「・・・・・アンジュは私のところに戻りたくないから、目を覚まさないのではないか?」
ふと、私の口から洩れた弱音だった。
私の婚約者になってからアンジュは誘拐されたり、目が見えなくなったりと、大変な目にばかりあっている。
だからもう私との生活など、嫌になったとしてもしかたがなかった。
「そんなこと、あるわけがない。アンジュは親父が、もっとゆっくりして行けと言ったのに、テリィが待っているから帰ると言ったんだ。だからきっと帰ってくる。大丈夫だ。アンジュはきっとおまえのもとに、帰ってくる」
「アンジュが、私のもとに帰ると?」
「そうだ。あいつが親父が言うことを断って、テリィのもとに帰ると言ったんだ。だから帰って来る」
今、アンジュの中で【アルポ】が、効果を発揮している。
都合の良い考えかもしれないが、今は良いことだけを考えたかった。
私の眠り姫、早く目を覚ましてくれ。
(アンジュ、愛してる♥)
読んで戴きありがとうございました。
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ちょっと大人向き(R15)のホラーです。
よかったら読んでみてください。