145.仲直り
今日のアンジュは、タマラたちに磨き上げられて、ピッカピカのツルツル。いつもとは違い、薄化粧まで施されていた。
仕上げにテリュースに戴いたドレスを身に着けると、気持ちがきゅっと引きしまる。
まるでこれから戦いに行く、騎士のような気分だった。
「姫様、お綺麗です」
「ありがとう」
自分で最終チェックが出来ないので、タマラたち侍女が頼りだった。
何もかも心得ているタマラは、ひとつのミスも許さないとばかりに、しっかりとチェックしてくれる。
タマラは姉妹のいないアンジュにとっては、とても頼りになる姉のような存在だった。
唯一心を、許せる相手。目が不自由になってからは、本当に頼りにしていた。
タマラも精一杯、それに応えてくれている。
今日のアンジュの支度を一番張り切って、整えてくれているのがタマラだった。
「姫様、殿下がいらっしゃいました」
タマラの声に、アンジュの胸はドキリとなった。
目が不自由になってから、テリュースに会うのはこれが初めてのことだった。
テリュースから直接別れの言葉を言われるのが怖くて、聞きたくなくて、彼を避け続けた結果がこれだった。
今さらどんな顔をして、会えばいいのか解らない。
(わぁ、どうしょう?)
目が不自由では、逃げることも儘ならなかった。
テリュースの足音が、だんだん近づいて来る。
コツコツコツコツ、規則正しい靴音に、懐かしさを感じた。
涙が、溢れそうになる。
(私、こんなにも、テリィが好きだったの?)
「アンジュ?」
すぐ近くでテリュースが、立ち止まったのを感じた。彼ははっ!と息をのんだ後、続く言葉はなかった。
「テリィ?」
テリュースがどんな顔を、しているのか解らなかった。
アンジュは不安になり、テリュースの名を呼ぶ。
「ああ、ごめん。あまりに美しかったから、見惚れてた♥」
恥ずかしげもなく、サラリとアンジュが赤面するようなことを言う。
アンジュは何と言葉を返したら良いのか、解らなかった。
「テリィ、お茶会へのご招待、ありがとうございます。それにこんな素敵なドレスまで戴いて・・・・・」
その先は、もう言葉にならなかった。
テリュースに攫われるように、力強い腕の中に囚われ、抱きしめられる。
「アンジュ、ごめん。本当にごめん」
「何故、テリィが謝るのですか?」
いきなりテリュースに謝られて、アンジュは驚いてしまう。
「だってアンジュの目が不自由になったのは、王家のお家騒動が原因だからね。辛い思いをさせて、本当にごめん」
「テリィが悪いわけではないので、謝らないでください」
謝らなければいけないのは、アンジュの方だった。
「でも、そのせいでずっとアンジュは、私と会ってはくれなかったのだろう」
「そんな理由では・・・・・・」
「それなら私との婚約を、解消するなんて言わないよね」
「でも目の不自由な私は、テリィにとって足手まといになりますよ」
「そんなことはない。アンジュを失うことを考えただけで、私はもう生きていられない。そうだ、いっそのこと、ふたりで別邸にでも引き籠ろうか?うん、それがいい。そうしょう。ねっ、アンジュ、良い考えだろう」
「そんな・・・・・」
そんなこと、できる訳がなかった。
テリュースがまだアンジュを、必要だと言ってくれる。
目の不自由なアンジュでもいいのだと、言ってくれていた。
それならアンジュの答えは、1つしかなかった。
「あとでいらないって言っても、知りませんよ」
「いらないなんて言わないよ。言うわけがない」
「返品は、聞きませんからね。しっかり責任を、取ってくださいね」
「もちろん。アンジュも、もう逃げ出さないでね」
「うっ」
アンジュが逃げ出したことなど、テリュースにはお見通しのようだった。
まぁ小さい頃から一緒にいるのだから、アンジュの性格などすべて知られてしまっているのだろうと思う。
「それなら私からも、ごめんなさい。テリィに目が不自由な私など、いらないって言われるのが怖くてずっと逃げていました」
「うん、解っている。もう逃げたらダメだよ」
「はい・・・・・」
「私のアンジュへの気持ちが、こんなことくらいで消えてしまうことはないから安心して。私の愛情は深いよ。覚悟しておいてね」
あまやかな口調にも関わらず、言っていることはとても物騒だった。
一歩間違えると、ストーカーになりかねない熱量だと思う。
(まぁ、それが嬉しいなんて思っている私も、充分重症だけど、ね。)
テリュースのことが、やっぱり好きだなぁと思う。
諦めるなんて、できそうになかった。
それなら自分で、がんばるしかない。
「テリィ、そろそろ時間です」
コンラットが、お茶会の時間を告げる。
「ああ、解った。アンジュ、さぁお手をどうぞ」
「はい。しっかり、エスコートしてくださいね」
テリュースがアンジュへと、手を差し出す。
アンジュは何も見えていないので、いつもの感覚で手を乗せると、ピタリとテリュースの手に収まった。
(凄いよね。生まれた頃からの付き合いは、ダテではなかった。テリィ、大好き♥)
「仰せのままに」
クスリと笑って、アンジュをしっかりと、エスコートする。
テリィにエスコートされ、自分の定位置を感じた。
慣れた感覚に、気持ちが落ち着いて行く。
シュミレーションしたアンリのエスコートとも、トーイのエスコートとも違っていた。
(やっぱりテリィのエスコートが一番、しっくりくる。)
何故離れられると思ったのか、アンジュは不思議だった。
「さぁ、行くよ。大丈夫、アンジュは、私が守るからね」
「はい、よろしくお願いします」
きっとテリュースのマリンブルーの瞳が、優しくアンジュを見つめてくれているのだろうと想像できた。
(大丈夫。私たちは、前に進んで行ける)
二人は未来の為に、最初の一歩を踏み出した。
読んで戴きありがとうございました。