133.人たらし、いいえ胃袋たらしです。
海の街ラートピオ、港町でのお買い物はとても楽しかった。
観光地ではないので民芸品のようなものはないが、海の幸で作ったいろいろな食材が売られていた。
佃煮などは、白いご飯に最高だと思う。
オードブルなどにも使えそうなものも、多くあった。
テリュースの空間収納を使えば、いくらでも持って帰れるので、アンジュは欲しいと思ったものは躊躇せずに買うことにした。
(だって今度いつ、手に入れられるか解らないものね。)
海老、ホタテ、ハマグリ、サザエ、イカやお魚など、テリュースにいろいろな魚介類を買って戴いた。
これは王都に帰ってから料理する分(クロードたちへのお土産も含まれる)で、今日来れなかったトゥーリとレレミア、ミエリッハ子爵家の方たちと食べる分は、明日の朝一番に届けてくれるように、アンリが注文していた。
港町と言うだけあって、新鮮な魚介類に嬉しくなる。
しかもまた王都でも食べれると思うと、テリュースに感謝しかなかった。
「テリィ、ありがとう」
「ん、なんだい、突然お礼なんて」
「今回の旅行はテリィのおかけで出来たことですし、ハーブの買い付けも無事に契約まですることができました。魚介類も沢山買っていただいたし、何度お礼を言っても足りそうにありませんわ」
「喜んでもらえて、私もいろいろ頑張ったかいがあったよ。仕事があるので明日の夕刻には帰らなくてはならないが、それまではアンジュのしたいことにつきあうよ」
「そんなに甘やかすと、私、つけあがりますよ」
「私はもっともっと、アンジュを甘やかしたいのだけどね」
ゲロゲロ甘~い雰囲気でテリュースにウィンクまでされると、アンジュの顔は一瞬で朱に染まる。耳まで真っ赤だった。
(熱い、熱い♥ほんとテリィは私に、甘すぎる。そんなに甘やかしてどうするの?って感じだよね。)
「おーい、そこのお二人さん、いちゃいちゃしていないで、そろそろ帰るぞ」
「いちゃいちゃって・・・・・?アンリ兄様たら」
「アンリ、せっかくいいところだったのに、邪魔しないでくれる?」
「それは悪かったですね。しかしアンジュの貞操を守るのも、兄の役目なんで」
(て、て、貞操って・・・・・?私たちまだ何も、していませんって。)
「一応これでも婚約者だからね。ある程度は許されると思うけど」
「まぁ、こう言う障害も、愛のスパイスになっていいんじゃないか?」
(愛のスパイス。・・・・・なんだそりゃ?大人の会話だよね。)
「今回はそう言うことにしておくよ。で、すべて終わったのか?」
「ああ、すべて片付いたから、そろそろ帰るぞ!」
使わせてもらったお店の中を片付け元通りにすると、帰り支度を始める。
店主たちが珍しい干し魚などを、お土産にとくださった。
「お世話になりました。お土産まで戴きありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。今日はたっぷり稼がせてもらった上に、美味しい食事にまで一緒させてもらって、こちらこそありがとう」
この店主のお店の名は、『魚介類屋』と言うらしい。
魚を扱っているから魚屋。魚介類を扱っているから魚介類屋、そのままだった。
店主の名はセベル、孫娘はチャルチ 、その旦那さんはグバックと名乗った。
売り物である魚介類は、店主の息子2人と親戚が漁師をしているらしく、すべて今朝の漁で取って来た魚介類を、店で売っていると言うことだった。
(朝どりだよ。新しく新鮮なはずだよね。)
「そうそう、お礼のお礼になってしまいますが、よかったらこのお醤油とマヨネーズを貰っていただけませんか?」
食事の間中、セベルとチャルチご夫妻が、しきりと醤油とマヨネーズを気にしていた。
(初めての味だものね。気になると思う。醤油もマヨネーズも、癖になるよね。)
とても気に入って戴けていたようなので、アンジュはバックの中に入れておいた予備の分を、セベルに差し上げることにしたのだった。
(バックの中には、いったい幾つ入っているの?って思うよね。・・・・・それは内緒です。)
「貰ってもいいのか?」
「はい、もちろんです。また必要な時は、王都の森の恵み亭に連絡して戴ければ、ご用意いたしますよ」
「ほんとか、醤油とマヨネーズが、手に入るのか?」
「はい、大丈夫ですよ」
セベルは醤油とマヨネーズを、かなり気に入ったみたいだった。
「アンジュ様に、お願いがあります」
突然、真剣な声が割りこんで来る。店主の孫娘チャルチがアンジュに、決意を秘めた瞳を向けていた。
「お願いですか?なんでしょうか?」
「はい、先ほどの料理ですが・・・・・・」
先ほどのお料理と言えば、「バーベキューのことですか?」だよね。
「はい。そのバーベキューのお店を、ここで開きたいのですが、お許しいただけませんか?」
「バーベキューのお店を、ですか?」
うーん、どうしょう?確かにバーベキューのお店を開きたいなとは思ったけど、いきなりそうですか?はいどうぞと言うわけにもいかないと思う。
やるからには、ちゃんとしたいと思うし。(困ったぞ)
「アンジュ、それなら明日、ミエリッハ子爵の領邸に来てもらい、トゥーリと話してもらってはどうかな?」
「そうですね。どうせ明日、注文した魚介類も届けてくださるのですし、トゥーリと話して戴いた方が、うまく行くと思いますよね」
「解りました。明日、よろしくお願いします」
店主とお孫さん夫妻は丁寧に頭を下げると、明日ミエリッハ子爵の領邸での再会を約束してアンジュたちは別れた。
「アンジュといると、いろいろ起こって楽しいね」
テリュースが、とても楽しそうに言う。
「私としては、起こそうと思って、起こしているわけではないのですけどね」
「それだけ私の婚約者が、魅力的ってことなんだろうね」
「アンジュは昔から、人たらしだからな」
「アンリ兄様、私は人たらしではありませんよ」
「そうだよアンリ、アンジュは胃袋たらしだよね」
「い、胃袋たらしって?」
人を化け物みたいに言うなんて、失礼だよね。妖怪、胃袋たらし・・・・ってか?
確かにみんな私が作った料理に、惹きつけられるのだけど・・・・・。
それは前世のレシピに惹かれているだけで、アンジュ自身に惹かれている訳ではないと思う。
みんな美味しいものが、好きだからだよね。
この海の街ラートピオにバーベキューのお店が出来たら、素敵だと思う。
まずはトゥーリに、どう話をするかだった。
だってトゥーリたちにハーブの契約などのお仕事をさせておいて、自分たちは美味しく海の幸を食べていたのだから、絶対文句を言われるに違いなかった。
(そりゃあ、怒るよね。)
話は後にして先にバーベキューをたっぷり食べさせてから、話を振った方がいいに決まっていた。
まずは胃袋を虜にした方が、話は進めやすいと思う。
(やっぱり私って、胃袋たらしなのかも。)
読んで戴きありがとうございました。