130.修業には誰が行く?
「それで、アンジュ様にお願いが・・・・・」
ヴェルダリスからの再びのお願いに、アンジュはもう勘弁して欲しいと思う。
明日はテリュースと一緒に、今世初の海デートなのだ。誰にも邪魔を、されたくなかった。
「またお願いですか?もう明日の食事は、作りませんよ」
ウンザリした気分が、声にも出てしまっていた。
貴族の令嬢としては許されないことだが、まだまだ子供ですからね。
そうそう感情は抑えられなかった。(嫌なものは、嫌なのです。)
「いえ明日の食事は、こちらで何とかします。それよりもうちの厨房から何人か、アンジュ様の元で修業させて欲しいいのです」
「えーっ!修業ですか?」
これはまたまた厄介なことを、言い出しましたね。
アンジュは料理人でも、料理の先生でもない。
その上アンジュは、これでもなかなか忙しかった。
「そう言われましても、修業などしたことも、させたこともありませんし」
「今回のようにレシピや料理法を、家の料理人に教えて戴ければいいのです」
うーん。と言っても、ヴェルダリスにそうまでしてあげる義理はない。
そうそう何度もお願いを聞いてあげることは、アンジュにはできなかった。
だってミエリッハ子爵家にだけ利のあるのって、可笑しいと思う。
トゥルース家のナルパン料理長に預けるのも考えたが、一方的な利だけではクロードはうんとは言わないと思う。
どうしょうかな?と、アンジュが考えていると、
「それなら、レレミア様のカフェのお手伝いに来て戴いたらどうかしら?」
「レレミア様のカフェにですか?」
「そう、これから開店する予定のハーブのお店に、こちらの厨房から2人づつ来て戴くのはどうかしら?」
これから開店するハーブのお店は、レレミアとケント以外、従業員は決まっていなかった。
ミエリッハ子爵家の厨房から2人でも出して戴けるのなら、こちらからは願ってもなかった。
「期間を決めて2人づつ交代すれば、ミエリッハ子爵家の厨房の料理人も修業になるし、レレミア様も心強いのではないでしょうか?」
「そうですね。私もそれが良いと思います」
少なくともハーブのお店の料理人を、2人ゲットしたと言うことだった。
「アンジュ様、レレミアが王都でお店を開くのですか?」
「はい。ご報告が遅くなりましたが、王都で私のレシピに、こちらのトゥーリ様のプロデュースで、ハーブのお店を開くように準備しているところなのです」
「レレミアが、ハーブのお店をですか?」
「私はトゥーリ・オルエム、元オルエム商会の会頭補佐をしていましたが、今はアンジュ様と組んで、いろいろなお店のプロデュースなどをしております。今回はアンジュ様と共に、レレミア様のお店の出資者でもあります。私とアンジュ様が名を連ねていて、失敗するなどありえませんわ」
いつものトゥーリの強気発言が、心強い。
彼女とお仕事をして、ほんと失敗するなど考えられなかった。
「な、なんと、ありがたい。レレミアにお店を開いてくださるのですか?」
「その為に私たちはミエリッハ領のハーブを、仕入に参りました」
「さらに我が領のハーブを買い取って下さると?」
「ここミエリッハ領は、ハーブが豊富ですからね。明日からトゥーリ様がハーブの買い取りの交渉に、レレミア様と回られる予定になっています」
そうそう今回はみんなで新しくオープンするお店の、ハーブの仕入に来たのだった。
今日1日回って、欲しいハーブはトゥーリに全部話してある。
あとはトゥーリの手腕に、任せるだけだった。
「なのでそのお店に、2人ずつ期間を決めて送り出して戴ければ、レレミア様も助かる上に、ミエリッハ子爵家の厨房はアンジュ様のレシピをゲットできるうえに、料理の腕が上がるってことです。凄いでしょう」
「それは凄いですね。こちらとしては申し分ありません。どうぞよろしくお願いします」
ヴェルダリスが両手をテーブルにつき、深く深く頭を下げる。
一石二鳥も三鳥にもなる話に、ヴェルダリスには断る理由がなかった。
「それで2名の人選ですが、そちらで決めて戴けますか?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
ヴェルダリスは、すぐに料理長のコニンスを呼ぶ。
「コニンス、話は聞いた通りだ。王都に行く料理人を2名選んでくれないか?」
「はい、旦那様。私を王都に行かせてください。アンジュ様の料理を、もっと身近で勉強したいのです」
「コニンス、おまえが王都に行ってしまったら、ここの食事の用意はどうなる」
「旦那様、それでも私はアンジュ様の元で、勉強がしたいのです」
料理長自ら王都で勉強がしたいって言われても、ヴェルダリスも良い返事は出来ないと思う。
しかし若造を修業にやって、自分にない物を勉強し身に着けてくるかと思うと、嫉妬してしまいそうになるのも理解できた。
料理の勉強ができるのなら、料理人ならみんなしたいと思う。
未知の料理なんて、ワクワクするよね。
なんだかアンジュも一生懸命自分を王都に行かせてくれ、勉強がしたいと訴えるコニンスが、気の毒になった来た。
「それなら王都に居る期間を短くして、3か月ごとに1人が交代すると言うのは如何でしょうか?」
王都に最初2人で行って、1人は3ヶ月でミエリッハ領の帰り次の人と交代する。次に最初に来た2人の内、残った1人が6ヵ月で交代する。
それからは6ヵ月ごとに、交代していくと言うことだった。
これならみんなが勉強ができるし、ミエリッハ子爵家の料理人たちにもそんなに負担がかからないと思う。
「それは素晴らしい案ですね。そうすればコニンスも修業に行けるわけですな」
「そうですね。コニンスさんも王都に行けますね」
「解りました。コニンス、お前も王都に行って勉強して来い」
「はい、旦那様、ありがとうございます」
コニンスさんは顔をくしゃくしゃにして、今にも泣き出すのではないかと思うほど、喜びをあらわにしていた。
これで王都のハーブのお店の料理人も決まったし、だんだんオープンに近づいているように思う。
明日は安心してテリュースと、海デートに行けそうだった。
「テリィ、海、楽しみにしていますね」
「ああ、楽しみだね」
「二人でいっぱい楽しんで、海の幸をいっぱいお買いものして来ましょうね」
「そうだね。王都でもまたエビフライを作って欲しいな」
「はい。テリィの為なら、何度でも作りますよ」
「せっかく二人の世界に浸っているところ悪いが、海へは俺もコンラットもエルもトーイも行くぞ」
(そう言えば私の婚約者様は王族で、護衛は外せなかった。デートじゃないじゃんって、しかたないよね。)
しかたがないので、今世で初めての海をしっかり楽しもう!
読んで戴きありがとうございました。