128.夕食を作ろう
アンリとトーイを連れて厨房に行くと、料理長らしき男性がスススッとアンジュの前に進み出て来た。
「アンジュ様ですか?私、料理長のコニンスと申します。本日はどうぞよろしくお願い致します」
「アンジュ・ド・トゥルースと申します。アンジュと呼んで下さい。こちらこそよろしくお願いします」
料理長が小娘に向かって頭を下げているのだから、周りの調理人たちはどうしたのかと思うよね。
まぁこれは、いつものことなんだけど。
最初は何処の厨房でも、居心地は悪いもので・・・・・。
料理人はプロ意識が強いからね。仕方がなかった。
誰もこんな小娘が料理できるとは、思わないと思う。
どうしても貴族のお嬢様の、我儘気儘に見えちゃうよね。
「本日の予定のメニューを、教えて戴けませんか?」
「はい。本日はチキンと海老を、ご用意しております」
(・・・・・・今、海老って言った?海老って、聞こえたよね)
「この領地は、海が近いのですか?」
「はい、当領地の南側は海に、面しております。なので、魚や海老などの海の幸はとても新鮮です」
「そうなのですね」
(海だよ。海の幸だよ、最高だよね。ミエリッハ領、最高!)
明日はテリュースと、海に行くのもいいかもしれない。
テリュースの空間魔法の収納を使って、海の幸をたっぷり持って帰るのもいいと思う。
あまり王都で海の幸にはお目に掛れないので、アンジュはこの国には海がないのではと思っていた。
この領に来て、嬉しい発見だった。
・・・・・って、今はそんなことを、考えている場合ではなかった。
「今日はどのような調理法の、ご予定ですか?」
「こちらでは海老は、一般的に茹でる。チキンも茹でるか、焼くかの調理になります」
「チキンを、茹でるのですか?」
チキンを茹でたら、旨みも何もかもが、湯の中に溶け込んでしまう。
残ったチキンはスカスカで、味などなくなってしまうに決まっていた。
「はい、茹でます」
「茹でた後の味付けや、茹で汁の利用法は?」
「味つけですか?それに茹で汁とは、なんでしょう?」
・・・・・と言うことは、味つけはしないと言うことだよね。
これではまるで、ダイエット料理だった。
でも、みなさん痩せこけていないところを見ると、何食べてるの?って感じだけど。
「茹で汁とは、チキンを茹でた後に残るお湯のことです」
「茹でた後のお湯は、棄てます」
何を当たり前のことを聞くのかと、言う目で見られる。
周りの調理人たちにも、くすりと鼻で笑われた。
(今、笑った者たちよ。覚えておくがいい、絶対に自分が間違いだったと認めさせてやる!)
本当に美味しい調理を知らないって、可愛そうだよね。
今まで美味しいところは、すべて捨てていたと言うことだった。(残念!)
さて、何を作ろう?
海老といえば、エビフライだよね。
(ちょっと安易すぎ?でも、エビフライ、食べたいよね。)
「では1品目はエビフライにします。しっぽを残して海老の皮を剥いてください。あと、背ワタも取ってくださいね」
海老を1匹、剥いて見せる。背ワタの取り方と、揚げた時に曲がらないようにする切り込みの入れ方もやって見せた。
「これと同じように、お願いします」
「はい、了解しました」
冷蔵庫の中の物や厨房にあるものなら何でも、使っていいと言うことだった。
せっかくアンリがいるのだから、もちろんマヨネーズを作ってもらう。
ここはマヨネーズが作れる護衛騎士様の、出番だった。
エビフライならタルタルソースは、必須だよね。
それとトマトを使ってケチャップを作り、マイネーズと混ぜて、オーロラソースも作っておいた。
トーイには、パン粉を作ってもらう。
豚肉があるので、揚物のついでに玉葱を挟んで、串カツも作ることにした。
スープは、すりおろしじゃがいものポタージュスープを作る。
電子レンジがあれば時短も簡単なのだが、ないものはしかたない。
調理人が多いのだから、人力で頑張ってもらうことにした。
鶏肉を赤ワインと蜂蜜で味つけ焼いたもの、鶏肉の赤ワインソースかけも作る。
(ちょっと高級そうでしょ)
やはりメインはエビフライより、お肉の料理の方が見栄えがいいと思う。
時間もあまりないので、ほとんど手抜き簡単料理にしてみた。
トマト、モッツァレラチーズ、バジルで、トマトのカプレーゼを作る。
なんとマグロのお刺身?があったので、まぐろ、アボカド、たまねぎ、しょうゆ、マヨネーズ、レモン汁、塩コショウで、マグロとアボカドのサラダを作り、ベビーリーフと一緒にガラスの小皿に入れてカプレーゼと一緒に前菜風に盛り付けて見た。
食後のデザートは、プチケーキのアイスクリーム添えを、フルーツで飾ってもらう。
アイスクリームは、アンリの氷魔法を使って作ってもらった。
一家に一人、アンリが居るととても便利だった。
あとはパンを焼いてもらい、パンに塗るディップを2種類用意した。
1つはオリーブとアンチョビのペースト。
海のある領地らしく、なんとアンチョビまであった。
もう1つは生ハムとクリームチーズとデイルをペーストにした。
でもこれだけ食材が豊富で、新鮮な海の幸もあると言うのに、料理が美味しくないとは・・・・・・。
みんな食に関心が、無さすぎだと思う。
味つけは、料理の命です。
(さぁ、私の料理に平伏すがいい、・・・・・なんてね。)
「ざっと、こんなもんですかねぇ」
「はっ、お疲れ様でした」
アンジュが料理を終える頃には、調理人たちの態度も変わっていた。
エビフライや串カツなどを一口だいに切り分け、タルタルソースとオーロラソースの試食を用意する。
「まずはお味見を、してみてください」
お皿を差し出すと、調理人たちは我先にと、試食に飛びついた。
アツアツの揚物を、ふぅふぅと口に入れる。
いつもアンジュの料理を試食するものたちがするように、みんな驚きに目を見開き、つぎに口の中の物を大切に味わう為無口になる。
「うまーっ!」
「姫さん、この海老と言うの、プリプリでとても美味しいです」
唯一アンジュの料理に免疫のある二人は、とても幸せそうに試食に参加していた。
二人とも少しは遠慮と言うものを、学んでほしい。
(ちょっと、食べ過ぎだよね。)
「本当だ。これは旨い!」
「このような料理は、初めてです」
「味つけとは、このようにするものなのですね」
チキンを味見した料理人は、アンジュの言った味つけについて何かを感じたようだった。
「これで前菜からスープ、メインにデザートまで、用意できました」
「はい、私たちも勉強になりました。ありがとうございます」
「料理は奥が深いですからね。がんばって、勉強してくださいね」
「はい、ありがとうございました」
来た時とは違い、アンジュたちは料理長のコニンスを筆頭に、ずらりと並んだ調理人たちに見送られ、厨房を後にした。
料理を作ってアンジュ的にはお腹はいっぱいなのだが、これから領主たちとの晩餐が待っていた。
出来ればこのままベッドに入って、寝てしまいたい。
「・・・・・無理だよね」
「ああ、無理だ。さぁテリィが待ってるぞ」
「はーい」
アンジュの思っていることが解ったのか、何故かアンリから返事が返って来た。無理なのは、解っていたけどね。
これでもテリュースの婚約者、公爵令嬢だし、やるときはやりますよ。
(まぁ、テリィの喜ぶ顔が、見れればいいよね。テリィ、大好き♥)
読んで戴きありがとうございました。