124.領地唯一のレストラン
フランドール公国の王都から、テリュースの魔法ゲートでミエリッハ領にやって来て、そろそろお昼になる。
それまで精力的にいろいろなハーブを見て回り、かなりの収穫に主にアンジュとトゥーリがとても喜んでいた。
(だってラベンダーにカモミール、レモングラス、ローズヒップ、ペパーミント、クランベリー、ハーブがいっぱいなんだもの。ミエリッハ領って最高だよね。)
「なんだか、お腹が空きましたね」
「そうだね。そろそろお昼にしょうか?」
「はい」
「今日はこの領にはある唯一のレストランで、食事にしょう」
「わーい、どんな料理が食べられるのでしょうね」
この領で、唯一のレストラン。どんな料理が出て来るのかとても楽しみ。
「・・・・・・ここがレストラン?」
ミエリッハ領唯一のレストランの前で、アンジュたちは立ち尽くす。
どう見てもレストランと言うよりは、食堂と言った感じのお店だった。
まぁ田舎だものね。この際ディテールには、アンジュたちも拘らない。
料理が美味しければ、それで良かった。
(お腹も空いてるし、早く食べたいよね。)
「さぁ、中へ入ろう」
いつものようにテリュースが、レストランの中へとエスコートしてくれる。
外のこじんまりとした外観のわりに、レストランの中は意外に広く感じられた。
それでも長い廊下などないので、入り口からテーブルまで数歩でついてしまう。
テーブルに着くとテリュースのエスコートは終わり、彼の手が離れていく。
エルが椅子を引いてくれたので、アンジュが腰を下ろすと、その隣にテリュースも腰を下ろした。
「これはちょっと座り心地は、よくないね」
「自分の脚が、邪魔だな」
「子供に戻った、気がしますね」
テーブルも椅子も木製のもので、前世の田舎の小学校の椅子に似ていた。
アンジュやトゥーリには座りやすいが(縦も横も小さいからね。)、足の長い男性たちやエルにはちょっと辛いかもしれない。
なんとなくミニチュアっぽい店内は、前世の女子高生が好みそうな内装だった。
赤いチェックのテーブルクロスが、アクセントになってほんと可愛く見える。
「可愛い内装ですね」
「ほんと、ハーブのカフェの内装の参考になるわね」
「そうですね。ミエリッハ領のハーブを使ったお店ですから、領の特色を生かすのもいいですね」
「そんなことより、早く飯にしょうぜ」
「賛成です。俺、もう腹ペコです」
アンジュとトゥーリが興味深くあちこちを見ていると、アンリとトーイが苦情の声を上げる。
本当にお腹が空いているようで、とりあえず何かを食べさせないと静かにはなりそうになかった。
ほんと行儀の悪い兄で、恥ずかしくなる。トゥーリも同じことを考えているのか、渋い顔をしていた。
お互い兄弟には、苦労するよね。
「適当に注文するから、小皿で取り分けて食べることにしょう」
「わーい。どんなお料理が運ばれてくるのでしょうね。楽しみですね」
「・・・・・・・・」
アンジュがワクワクしながら、レレミアたちに話しをふると、彼女たちは気まずそうに目を反らした。
(な、なんだ?どうした。)
運ばれてきた料理は、見た目結構美味しそうな料理だった。
しかし、みんな一口食べるなり、無言になる。
お腹が空いているはずなのに、フォークは動かなかった。
「アンジュの料理を知った後では、ちょっと食べれないかな」
テリュースも、そっとフォークを置く。
食べる気が無くなったのか、誰もが再び食事を再開しようとはしない。
あの食いしん坊のアンリやトーイでさえも、フォークが止まってしまっていた。
「腹が空いてるのに、食べる気がしない」
「ほんとそうですね。俺、前までは不味くても、食べれるものならなんでも食べていたのに、これは本当に食べる気がしないって言うか食べれません」
「え~っ、そんな。食べて戴かないと、私たちが困ります」
料理を運んできた中年の女性は、困ったようにオロオロしていた。
さすがにテリュースのことが王族とは知らないだろうが、ご領主さまのお客様の口に合わない料理を出したとなれば、困るのは当たり前だった。
店主も厨房の小窓から顔を出し、どうしたらいいのか解らないと言う顔をしている。
「うーん、困りましたね」
「アンジュ、この料理、どうにかしてくれないか?」
「私がしても、よろしいのですか?」
「ああ、このままでは、アンリもトーイも腹が減っては仕事にならないだろうし、出したものが手つかずのままでは、店の方も困る。私もアンジュのご飯が食べたいし、ね♥」
ね♥って、テリュースに可愛く頼まれては、アンジュも断れなかった。
(アンジュのご飯が食べたいとまで言われたら、私もがんばっちゃうよね。テリィ、大好き♥)
「解りました。少しお待ちくださいね。申し訳ありませんが、厨房を貸して戴いてもよろしいでしょうか?」
「は、はい。こちらです」
中年の女性は躊躇なく、アンジュを厨房へと案内する。
もう藁にもすがると言うか、誰でもいいから助けて欲しい感が現れていた。
「アンリ兄様、トーイ、ここに出ている料理を、厨房に運んで下さい」
「「解った」」
アンリもトーイも 背に腹はかえられないとばかりに、今回は何の文句もなく料理を運んでくれた。
「アンリ兄様、マヨネーズを作ってください。トーイはドレッシングを、お願いします」
「「了解」」
さて、この料理を、どんな味付けにしょうかな?
鹿肉をそのまま焼いたものは、パン粉にバジル、オレガノ、粉チーズをつけて、カツレツ風にした。
鳥肉を焼いただけのものは、たっぷりパセリを混ぜ合わせたバターレモンソースをかけてパリッとするよう焼き直す。
タイム、ローズマリー、パセリを使い、じゃがいもとパプリカをローストにして塩、胡椒で味つけをした。
アンリが作ってくれたマイネーズを使って、ポテトサラダも作る。
イタリアンパセリとマヨネーズ、鶏肉のささ身をほぐしたものを混ぜてディップをつくり、パンに塗って食べれるようにした。
グリーンサラダには、トーイの作ったドレッシングを添える。
スープはレモングラス、オレガノを使い、少し味を調えて出来上がり。
「凄い。ほんの少しの時間で、料理がこんなに変わるとは・・・・・」
(うん、解るよ。ちょっと手を加えただけで、こんなに変わるとは思わないよね。)
厨房内は食欲をそそる良い匂いが、充満していた。
食は5感で食べるとは、よく言ったものだと思う。
視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚が揃って、料理は美味しく感じるのだろう。
「できましたので、温かいうちにこの料理をもう一度テーブルに運んでくださいますか」
「は、はい。ありがとうございました」
店主と先ほど困っていた中年の女性のお二人に、丁寧にお礼を言われた。
二人はどうやらご夫婦のようで、このお店を二人で経営しているようだった。
アンジュは手を洗うと厨房から、テーブルにもどる。席に着くと再度、料理が運ばれてきた。
「ほんといい匂いがするね」
「美味しそうだわ」
「では、戴きましょう」
今度はフォークが止まることなく、みんなの食が進む。
先ほどと具材は変わらないのに、みんな美味しそうに召し上がっていた。
「美味しい♥」
「旨い!」
「こんなに美味しい料理、食べたことがありません」
「もともと素材は良いものですからね。あとは味付けだけ、少し直せば美味しくなりますよ。ほとんどここのお庭にあるハーブを使って味つけしただけなんですけどね」
本当にそんなに手間は、かけていない。
それでもみんなが美味しい、美味しいと食べてくれるので、アンジュはとても嬉しかった。
「ハーブって、ほんと凄いものだったのですね」
「レレミア様、ここは宝の宝庫ですよ。きっと王都にも良いカフェができると思います。楽しみですね」
「アンジュ様、ありがとうございます。私もこの領地が好きになれそうです。この御恩は一生懸命に働いて、お返しします」
「オレ、いえ私も、精一杯働きたいと思います」
レレミアにもハーブの良さが伝わったようで、アンジュはとても嬉しかった。
美味しいは、正義なのです。
読んで戴きありがとうございました。