122.ミエリッハ領 1
ーーーーーーーゲートを抜けると、そこはミエリッハ領だった。
前世の文学史に残る小説の一文みたいだが、本当に魔法のトンネルを抜けるとミエリッハ領に着いてしまった。
テリュースと手を繋いで、王宮の中庭からほんの数秒後のことだった。
「テリュース殿下、まずはお部屋でお寛ぎ下さい。さぁ、中へどうぞ」
引退した元ミエリッハ子爵ヴェルダリスが、テリュースたちを邸内へと招き入れる。
ここに数日間、逗留させてもらうことになっていた。
アンジュはこのまま領内を見て回りたかったが、貴族令嬢としてはそう言うわけにもいかなかった。(協調性は大切だよね。)
ここは大人しくみんなと一緒に、邸内を案内される。
レレミアたちは自分の部屋があるのか、あとで合流することにして、一旦別れることになった。
テリュース、コンラット、アンリは、続き部屋が護衛の部屋になっている主賓室に、案内される。
もちろんコンラットと、アンリは護衛の部屋に決まっていた。
アンジュもテリュースの次に良い部屋に案内され、エルは続きの護衛用の部屋を使ことになっていた。
トゥーリとトーイも、それぞれの部屋に案内されたみたいだった。
前世の記憶のあるアンジュは、1つ部屋にみんなで雑魚寝でもかまわないのだが、この世界の貴族令嬢はそんなことをしてはいけないらしい。
(みんなで雑魚寝とか、合宿気分で楽しそうだよね。貴族って、とっても不便な気がする。)
一応みんなテリュースの連れってことになっているので、変な扱いは受けないと思うけど。
もし誰かが軽んじられたら、アンジュはそれなりに文句は言わせてもらうつもりでいた。
(身分で差別するような人とは、今後のお付合いを考えないといけないかも、だよね。)
アンジュはあてがわれた部屋に、エルと一緒に入る。
今回侍女を連れて来ていないので、エルがいろいろ手伝ってくれることになっていた。
と、言っても、アンジュには前世の記憶があるので、何でも自分の事は自分でできる。(何でもできる子だもん。)
普通の貴族令嬢とは、少し違っていた。
「姫、疲れていませんか?」
エルがいつものように、気遣ってくれる。
「王宮を出てから、まだ30分も経っていないのよね」
疲れることは、まだ何もしていなかった。
ゲートを使ったおかげで、アンジュは汗さえも掻いていなかった。
「そうですね。ゲートとは、凄い魔法でしたね。あのような魔法があるなんて、私は知りませんでしたよ」
「今回のことがなければ、私も知らなかったと思います」
クロードが親馬鹿でなければ、知ることのない魔法だった。
アンジュを馬車で、ここミエリッハ領に行かせないために、クロードが言い出したことだった。
プラス、テリュースが加わった訳なんだけど、うちの親も、婚約者も、過保護過ぎだった。
「ほんとゲートって、便利な魔法だよね」
魔力量は異常に多い割に、アンジュは大した魔法が使えない。
だからテリュースのように魔力量が膨大で、それに伴いいろいろな魔法が使えてしまうことが、アンジュにはとても羨ましかった。
これが練習して使えるようになるのなら、アンジュも頑張るのだが、どうにも魔法が使えるようになるのと、努力は比例しないらしかった。
「テリュース殿下はアンジュ様とミエリッハ領にご一緒する為に、かなりご無理されたみたいですよ」
「そうなの?」
そう言えば何だかテリュースが、とても疲れているように見えた。
確かアンジュの為なら、私もがんばるよって言っていたっけ。
お仕事大変なのに、頑張ってくれたみたいで、アンジュはとても嬉しくなる。
(ほんとテリィって、優しいよね。テリィ、だーいすき♥)
もしかしてゲートの魔法って、魔力が沢山いるのかな?
とても疲れる魔法なのだとしたら、何だか申し訳なかった。
(私の為にがんばってくれたテリィに、感謝!って、本人に言わなくちゃ伝わらないよね。)
テリュース(王族)が居れば、フランドール公国内のどの領地にも行き放題だと思っていたが、そんなに頻繁には使えないものなのかもしれない。
旅費も安くなるし、時間も短縮できる。次はどこに連れて行ってもらおうかな?なんて思っていたが、しばらくは自重が必要だった。
「エルは、疲れてない?」
「はい、私もまだ全然動いていませんから」
「そうだよね。では、行きますか?」
「はい、お供いたします」
簡単に出かける準備をして、テリュースの部屋へ向かう。
テリュースにあてがわれた部屋は、さすが王族を迎えるための部屋らしく、広々とした豪華な部屋だった。
続き部屋があり、どーんと10人くらいは座れそうな豪華な応接セットが置かれていて、ここで会合などもできそうな作りになっていた。
「アンジュ、部屋はどうだった?不便はないかい?」
テリュースにアンジュがあてがわれた部屋のことを聞かれ、?と思う。
確かに部屋の中に入ったはずなのに、はっきりとした感想はなかった。
(どんな部屋、だったっけ?)
調度品など、アンジュの記憶の端にも、残っていなかった。
「・・・・・・普通?」だったような気がする、かな?
「普通だったの?」
「・・・・・・?」どうだったかなぁ?
エルに聞いてみないと、解らないかも。まぁ、普通だよね。
「テリィ、こいつに部屋のことなど、聞いても無駄だぞ」
「アンリ、どうして?」
「こいつは興味のないものは、見ていても見えていない。今はハーブのことに気を取られていて、外の畑を早く見たくてしかたないってところだろうな」
曖昧なアンジュに変わって、アンリがテリュースに説明する。
ほんとアンリって、妹のことがよく解っているよね。
アンジュは部屋などに、あまり興味はない。最低限寝られれば、それで良かった。
トゥーリやトーイ、遅れてレレミア、ケントが、テリュースの部屋を訪れる。
これで全員が、テリュースの部屋に揃った。
ヴェルダリスがテリュースにつけた侍女たちが、お茶の用意をしてくれた。
ティカップの中のお茶は黄金色で、可愛い花が浮かんでいた。
「カモミールティですね。しかもフレッシュハーブティなんて、珍しいです」
「アンジュ様はよくご存じですね。カモミールは領内ではどの家でも必ず庭に植わっていて珍しいものではありませんが、りんごに似た甘い香りがして、まろやかなほっとするお味がします。好みでお砂糖やはちみつを入れても、美味しくいただけますよ」
ここへ来た当初、領邸の庭にもカモミールの花が、咲き乱れていたのを思い出す。
この辺では珍しいものではないかもしれないが、王都ではまだ知られていない。
こんな感じで花を浮かべたら、とても可愛くて良いかもとアンジュは思う。
トゥーリも同じ考えだったのか、アンジュを見てニッコリと微笑んだ。
「可愛い見た目に、美味しいお茶。絶対、若い女の子に受けるわね」
「トゥーリ様も、そう思われますか?1つ目のお茶は、カモミールで決まりですね」
「そうね。このお茶は、外せないわね」
可愛い見た目に、美味しいお茶。カモミールティは、決定だった。
「アンジュ、これからの予定は?」
「まずは領内を、見せて戴きたいです」
「そうだね。アンリ、馬車の用意を」
「了解しました」
アンリはテリュースの指示に、すぐに立ち上がり動き出す。
何も言われていないのに、コンラットも外出の用意を始めた。
「では、出掛ける者は10分後に、エントランスに集合すること」
「「「「はい」」」」
アンジュとエルはすでに出かける用意は来ているので、その場に留まってお茶を味わっていた。
いよいよミエリッハ領を見学できると思うと、アンジュの胸はドキドキしてきた。
どんなハーブにあえるのか、とても楽しみだった。
読んで戴きありがとうございました。