120.ミエリッハ領へ行こう!
ゴロゴロドッカ――――ーーーーン!
大きな雷の音に、アンジュはビクリと身を竦ませる。
本当は両耳を手で塞いで蹲りたいところだが、今はそうする訳にはいかなかった。
(雷、怖いよ~ぅ;泣)
外は雷雨、そしてトゥルース公爵家のクロードの書斎では、
「なに?ミエリッハ領へ行くだと、そんなことは絶対に許さん!」
「お父様、そんな~ぁ」
「いったい何を、考えているんだ。数日前に拉致された相手の領地に行くだと、おまえには危機感と言うものはないのか?」
アンジュは久々に、クロードに特大の雷を落とされていた。
ゴロゴロドカーーーーーーーン!ゴロゴロ―――――ドカーン!
雷が鳴るたび、アンジュの身体はビクついてしまう。早く自分の部屋に帰って、毛布の中に潜りこみたかった。
(わーん、雷こわいよ~ぅ)
来週からトゥーリとレレミア、ケントとエルとトーイも一緒に、レレミアの実家、ミエリッハ領へ行くことにしたと報告したところ、クロードからのこの雷だった。
常日頃から、報連相は大切だとか、忘れるなとさんざん人には言っておいて、報連相をした途端、この雷だった。
(この雷おやじ、どうにかして)
「でも・・・・・、今度開店させるハーブの店の為には、ミエリッハ領のハーブを見ておくことが大切なんです。ちゃんと護衛にエルを連れて行きますし、トーイも手伝ってくれるので、大丈夫だと思います。どうかミエリッハ領へ、行かせてください」
やはりハーブの育っている環境など、しっかりと自分の目で見ておきたかった。
どんなハーブが育っていて、どのくらいの収穫量があり、新しいお店の為にどのくらい納品できるのか、最初に詰めておかなければいけないことが沢山ある。
「お父様、お願いします。行かせてください」
アンジュは両手を胸の前で組み、ななめ45度からクロードを見上げる。
少し潤んだ瞳でじぃーーーっと見つめ、可愛く甘えた声で言う。
お・ね・が・い・・・・と。
それだけで今まで尖りまくっていたクロードの様子が、少し軟化したように思えた。
絶対に許さんと言わんばかりだったのが、行かせてもいいかな?くらいには傾いている感じだった。
「おまえはミエリッハ領まで、いったい何日かかるか知っているのか?」
「馬車で2日くらいですか?」
たぶんそのくらいだと思う。(違うのかな?)
「馬車だと急いでも、5日はかかるぞ」
「えーっ、そんなにかかるのですか?」
急いでも5日もかかると聞いて、アンジュは驚いてしまう。せいぜい3日くらいのものだと、思っていた。
ミエリッハ領は、とても田舎みたいだった。
「うーん、どうしょう?」
お店の開店の為には、ミエリッハ領に行っていろいろ見てきたい。いや見ないといけないと思うのだが。
「解った、解った。テリュース殿下にお願いして、ゲートを開いてもらおう」
「ゲートですか?」ゲートって、何?
「我がフランドール公国には王族だけが使える、貴族の各領地に行ける魔法のトンネルが繋がっているのだ。そのトンネルを使えば数秒で、ミエリッハ領まで行けるはずだ」
「まぁ、そんな便利なものが、あるのですか?」
初めて聞いたけど、魔法のトンネルって凄いと思う。
(数秒でミエリッハ領まで行けるなんて、ほんと便利な魔法だよね。ヤッホー。異世界、最高!)
5日も馬車に乗って旅をするのは、いろいろな面で大変だった。
長い間座っているので、腰は痛くなるし、揺れるので気分が悪くなる。
何より狭い空間に座っているのは、ストレスだった。
「お父様、お願い!」
再びウルウルの瞳で訴えると、
「解った、解った。私からも、殿下に頼んでやる」
結局アンジュにはとても甘ーーーーい、クロードだった。
(お父様、だーーーーいすき。)
◇◆◇◆◇
クロードと一緒に、テリュースのところにゲートを使わせてもらえるように頼みに行くと、
「えーっ、アンジュが、ミエリッハ領まで行くのですか?女ひとりでは、とても危ないと思います」
「ひとりではありませんよ。トゥーリ様とレレミア様とケントさんと、護衛にエルとトーイを連れて行きます」
5人で行くのだから、大丈夫だと思う。役に立つかどうかは解らないが、男性が2人もいるし、騎士のエルもいる。
(ほんと私の周りには、過保護な人たちが多すぎるよね。)
「それでも、危ないと思うよ」
「殿下、アンジュは馬車で行こうと思っていたので、私も馬車で行かすよりゲートの方がましかと」
クロードが珍しく、アンジュの後押しをしてくれる。
親がゲートでなら行ってもいいと言っているのに、テリュースだけ反対も出来ないようだった。
「確かにゲートの方が安全だけど・・・・・・。アンジュ、どうしても行きたいの」
「はい、行きたいです。ハーブのお店をオープンさせるには、どうしても行く必要があるの、お願いテリィ」
ここでも両手を胸の前で組み、祈るようにお願いと、ウルウルの瞳でテリュースを見つめる。
テリュースが、ゴクリと唾を飲み込むのが解った。
何だかテリュースの顔が、朱に染まっているような気が・・・・・。(何故だ?)
「わ、解った。アンジュをゲートで、ミエリッハ領まで連れて行く」
「連れて行くって?」送って行くではなくて?
連れて行くってことは、テリュースも一緒に行くってことだよね。
(一緒に行けるのは嬉しいけど、王族がそうそう他領にいってもいいのかな?お仕事だってあると思うし、ねぇ)
「お仕事が忙しいのに、テリィは無理しなくていいですよ。私たちをゲートでミエリッハ領に、送ってくだされば充分です」
それに王族が動くと、ミエリッハ元子爵たちだって大変だもの。泊る部屋だって、ある程度良い客間を用意しなくてはいけないし、大変だと思う。
「アンジュ、何時行くつもりなの?」
「最初は馬車で行くつもりだったので、明日か明後日には出発しょうかなと思ってました」
「それなら3日後にゲートを開くから、そのつもりで」
「本当にいいのですか?」
「もちろん、アンジュの為なら、私もがんばるよ」
「・・・・・・・・?」
なんでミエリッハ領に行くのに、テリュースががんばるわけ?
ゲートって、そんなに大変なことなのかな?
それなら無理にゲートを使ってもらわなくても・・・・・・、って思うよね。
「アンジュ、殿下もこう言って下さっているのだから、お言葉に甘えさせてもらいなさい」
本当にいいのかな?とも思うけど、クロードもこう言っているのだから、ここは素直に甘えさせてもらうことにした。
「はい、よろしくお願いいたします」
(テリィ、大好き♥)
結局、最初の予定では、アンジュにトゥーリにレレミア、ケント、エルにトーイの5人だったが、これにテリュースとコンラット、アンリがもれなくついて来るとなると、総勢8人。
アンジュはゲートがどんなものか見たことがないので解らないが、そんなに沢山の人達が一度に通れるのかなと思う。
ゲートが使えれば、旅行の費用が安くすむ。安全だし、最高だと思う。
3日後にはテリュースがゲートを開いてくれると言うのなら、これで行きと帰りは安泰と言うことだった。
みんなでミエリッハ領に行けると思うと、アンジュはとても楽しみだった。
ゲートで異世界旅行だよ。異世界、最高!
読んで戴きありがとうございました。