12.アンジュの祝福
今回はテリュース視点です。
アンジュのこと、そんな時から好きだったの?って感じの、ちょっと危ないテリュース殿下です。
約束したからとアンジュが、妖精たちに祝福を与える。妖精たちの祝福も初めてみたが、アンジュの祝福も美しかった。
「・・・・・・これがアンジュの祝福?」
『アンジーのしゅくふく、きもちいいよね』
「ああ・・・・・・」本当に気持ちいい。えっ?
突然聞こえたアンジュとは違う声に、私ことテリュース・ド・フランドールは、驚いて当たりを見回した。
ふっと何かが過ったような気がして自分の肩のあたりを見ると、降り注ぐアンジュの祝福を嬉しそうに浴びている妖精の姿があった。
驚きすぎて、ただ見つめるしかできない。声も出なかった。
『とてもきれいでしょ』
「ああ」、綺麗だ。
今まで見えなかったのが嘘のように、虹色の羽根をパタパタと忙しく動かし、多くの妖精たちが飛び交っていた。こんなに近くに居たのかと、不思議に思う。
アンジュは祝福を与えながら、楽しそうに妖精たちと何やら会話していた。
まるで童話の中の、タンポポ姫と妖精たちの宴のような光景だった。
今、何か言葉を発してしまうと、この世界を壊してしまいそうで、ただ見つめることしかできない。アンジュから目が離せなかった。
『アンジュ、やさしいよね』
「ああ」
妖精が話しかけてくる。普通に妖精と会話している自分が不思議だった。
とは言っても、私は先ほどから「ああ」としか言っていない。驚きすぎて言葉にならない、それが素直な心情だった。
『アンジュのしゅくふく、きもちいいよね』
「そうだな」本当に気持ちがいい。
『アンジーのこと、すき?』
「ああ。大好きだけど、内緒だよ」
『ないしょ、なの?』
「ああ・・・・・・」まだ内緒。
誰にも話したことのない私の胸の内、ずっと秘密にしてきたことだったのに・・・・・・。
妖精に好きと聞かれて大好きと答えた私は、この幻想的な状況に酔っているのかもしれなかった。
母親同士が大の仲良しと言うこともあって、アンジュのことは産まれた時から知っていた。
アンジュの誕生の祝いに母のアーデルに連れられトゥルース家を訪れた時の感動は、今でも忘れられない。
黄色味の強いふわふわの金髪に陶器のようにすべらかな肌。ベビーベッドに寝かされたアンジュは、まさに天使だった。
ミルクっぽい甘い香りに誘われ、私が人差し指を差し出すと、ニコニコ微笑みながら小さな暖かな手がギュっと握り返してくる。思いのほか強い力に、ああ生きているとあたりまえのことに感動した。
この時からアンジュは、私の中でとても大切な存在になった。
幼馴染、妹・・・・・・・。
腹違いの弟はいても、兄弟の情はまったくと言ってなかった。
年下の守るべき存在。自分を慕って後をついてくる姿が愛しいと思えたのは、アンジュだけだ。
その思いが変わり始めたのは、いつの頃からだろうか?
本を読んだり、城を探検したり、喜ぶアンジュがとても可愛かった。
いつまでも続くと思っていたアンジュとの穏やかで優しい時間は、彼女の10歳の誕生日に父親が贈った温室のせいで突然終わりを告げた。
アンジュは温室に引き籠って、城には来なくなった。
今日のお茶会でアンジュの姿を見つけた時の、私の悦びが解るだろうか?
逢えなくなった2年前よりも、アンジュはさらに美しく成長していた。
今、この時を逃しては、この先いつアンジュと話ができるか解らない。
だから私を優良物件としてつきまとう煩い女たちに、近寄るな!と排除した。私が話したいのは、アンジュだけだ。アンジュしかいらなかった。
今日のアンジュは本当に可愛くて、思わずタンポポに例えたのが間違いだった。
第2王子のマークとその取り巻きたちが、私が言ったことを盾にアンジュを虐めるとは思わなかった。
アンジュを守りきれなかった自分を、悔やんでも悔やみきれない。
二度とこのような失敗はしないと誓う。
アンジュを守る、絶対に。どんなことをしてもマークになど負けたりしない。
マークは自分がアンジュから嫌われていることを、知っているのだろうか?
マークがアンジュを虐めるのは、好きな子には意地悪してしまうと言う子供じみた行為の表れだと思う。
本人は気づいているのかどうかは解らないが・・・・・・。
私からは教えてやるつもりはまったくない。そんな敵に塩を送るようなこと、できるわけがない。
アンジュから嫌われ、早々に退場してくれればいい。
アンジュの害になるのなら、弟と言えども容赦はしない。
「殿下、お望みは叶いましたか?」
「ああ、妖精たちが見える。そして話もできるようだ」
「よかったですね」
「妖精の祝福、・・・・・・・初めて見た」
「美しかったですね。いっぱい祝福してくださいましたから」
妖精のいる世界は、とても美しかった。
自分が妖精に囲まれていることが、信じられない。
楽しそうに、嬉しそうに、飛び回る妖精たち。取り巻く空気さえもやわらかく、温かい。
『テリィ、みえる?』
『はじめまして、おうじ』
妖精たちが我先にと、話しかけてくる。
「テリュース殿下、ご挨拶してくださいませ。お友達になるには、ご挨拶は必須ですよ」
逢えて嬉しいことを妖精たちにも伝えたいと思うのだが、何を言えばよいのかわからない。
どうすればよいかと悩んでいれば、アンジュがそっとアドバイスをくれた。
そんな常識さえも思いつかないとは、思いのほかこの状況に動揺しているのかも知れない。
私はそっと膝を折ると、まずは自己紹介から始めることにした。
「はじめまして、妖精たち。私はテリュース・ド・フランドール」
『テリィおうじ、ともだち』
『なかよし』
「これから、アンジュ同様、よろしく頼む」
『わかった。たのまれてあげる』
『テリィおうじ、よろしく』
アンジュのおかげで妖精たちから、受け入れられているのを感じた。
これは奇跡だ。
私の隣でニコニコ微笑んでいるアンジュを見つめる。
不思議な子だと思う。その整った容姿だけでなく、目が離せない。ずっと好きだった。
愛していると言う言葉が漏れそうになり、慌てて飲み込む。
今はまだ言ってはいけない。
もし口にすればアンジュは怯えて、逃げ出してしまうかもしれない。また温室に引き籠ってしまうに違いないから。
だから今は最大限の感謝だけを、アンジュに贈る。
「ありがとう、アンジュ」 この美しい世界を、与えてくれて。
そっと耳元へ唇を近づけて、愛しているのかわりに「ありがとう」と囁く。
決して怯えさせぬように、やさしくアンジュを抱きしめた。
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