114.森番詰所にて
チラリと見えた後方には、やはり追っ手のような人影が見えた。
ーーーーーーーー早く、早くと、気持ちだけが焦る。
この距離ならなんとか追いつかれることはなさそうだが、もし詰所にスザンナ様の息のかかった者たちがいたら、アンジュもレレミアも一貫の終わりだった。
「助けて下さい!お願い、助けて!」
森番詰所の入口に立つ衛兵に向かって、アンジュが叫ぶ。
王宮の洗練された衛兵たちとは違い、森番の男たちは上腕二頭筋ムキムキの、熊のような逞しい者ばかりだった。
ちょっと半泣き状態で、切羽詰まった演技も入れてみる。
アンジュは、見た目おじさまたちの庇護欲を擽るような容姿している。
森番の男たちも、繊細で、か弱そうな女の子が助けてと頼んでいるのを、見捨てることはできなかった。
アンジュの必死な叫びを聞きつけた衛兵たちが、詰所の中から飛び出してきた。
「どうした?」
「怖い人に追われています。助けてください」
「よし、まかせろ!嬢ちゃんたちは、中へ入れ」
アンジュが再度切羽詰まった声で助けを求めると、森番の何人かは追っ手を確認するために外へと飛び出して行った。
「嬢ちゃんたちは中に入りな。今、旨いお茶でも入れてやるから」
「はい、ありがとうございます」
「・・・・・・」
レレミアはこの状況に圧倒され、声も出ないみたいに固まっていた。
大胆にもアンジュを拉致したくせに、熊みたいな男性を見て固まってしまうなんて、レレミアってほんとわからない。
まぁ追走劇の果てに、熊がいっぱいだものね。
アンジュはフィンメースの森の森番、ラウニリルで見慣れているが、熊みたいな男たちがゴロゴロいる詰所内はちょっと迫力があった。
「レレミア様、さぁ中へ」
固まってしまったレレミアを抱きかかえるようにして、ケントが詰所の中へと入って行く。
怖い男たちに追われ、怖い思いをしたレレミアが動揺しているように見えたのか、森番たちはみんな同情する様な優しい眼差しで迎えてくれた。
(本当は森番のみなさんの迫力に、固まっていただけなんだけどね。)
「くそっ、逃げられた」
「嬢ちゃん、すまねぇ。追っ手に逃げられた」
しばらくすると外へとアンジュ曰く怖い人を追い出て行った森番たちが、次々に帰って来た。
どうやら逃げられてしまったみたいだった。
「あの男たちが何者か、嬢ちゃんたちは解っているのか?」
「いいえ。私たちが馬で森の中を散策していたら、誰かにつけられているのに気づいて、ここまで逃げて来ました」
追っ手はスザンナ様の手の者だと解ってはいるが、ここで内輪の事情は話せなかった。
あくまで貴族令嬢が馬での散策中に、物取りに狙われた風を装っての説明に、森番の男たちは納得する。
「うーん、多分貴族の令嬢を狙った物取りだろう。男が3人、つけて来ていた。俺たちを見てあわてて逃げて行ったがな。嬢ちゃんたちに、怪我などなくて本当によかった」
3人もの男たち相手では、アンジュ達も無事ではすみそうになかった。うまくここへと逃げ込めたことはとてもラッキーだったのだと思う。
捕まったらどうなっていたかと思うと、身体が震えた。
「まぁ、3人も?ここで匿って戴けなかったら、どうなっていたか。本当にどうもありがとうございました」
いつの間に復活したのかレレミアが、匿って戴けて本当に助かったのだと感謝を口にすれば、森番たちは照れたように頭を掻いて恐縮した。
「いやいや、俺たちは何も、悪者も逃がしてしまったしな」
「そんなことありませんわ。私達は無傷で助けていただきましたもの」
「そうか。まぁ、みんな無事でよかった」
熊みたいに大きな身体を小さくして照れる姿は、とても可愛く見える。
あまり女の子と会話することが少ないのか、みんなとてもシャイだった。
「申し訳ないのですが、迎えが来るまで、ここで待たせていただいてもよろしでしょうか?」
「ああ、構わねえぜ。迎えが来るまで、ゆっくりと中で休んで行くといい」
しばらくの滞在を許され、アンジュはほっと肩の力を抜く。
ざっと見たところ、スザンナ様の息のかかった森番はいないようにに見える。
あとはここでテリュースを、待っていればよかった。
森番の詰所の談話室に通され、ここでもハーブティを振る舞われた。
これはカモミールティー。
ジャーマンカモミールを、使っているようだった。
青リンゴによく似た香りを持ち、フルーティーで清々しい香りが特徴的なハーブティだった。
「・・・・・・おいしい」
この優しい香りには高いリラックス効果があり、高ぶった気分を鎮静化してくれる効果あるようで、そのせいかかなりアンジュたちの気分も落ち着いていた。
「どうだ。落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございます。とても美味しいお茶ですね」
「そうか、旨いか。なんなら飯でも食っていくか?」
「わぁ、いいのですか?」
そう言えばアンジュは拉致されてから、ちゃんとした食事を取っていない。
緊張感に空腹を忘れていたが、グーッとお腹までもが返事をしてしまった。
(は、恥ずかしいです。)
「ああ、いいぜ。でもここの料理は、魔物料理だからな、嬢ちゃんたちの口に合うかどうかわからないぞ」
「まぁ、魔物料理なのですか?私ビックバードとワイルドボアでしたら、食べたことがあります」
「おお、嬢ちゃんはビックバードとワイルドボアを食べたことがあるのか?旨かったか?」
「はい。とても濃厚で美味しかったです」
これからどんな料理を食べさせてもらえるのか、アンジュはとても楽しみだった。
前にラウニリルが、肉は焼くかスープに入れるしか調理法はないと言っていたことを思い出す。
(ここでも、同じかしら?調理法次第で、とても美味しい料理になるのに、もったいないよね。)
それならばアンジュも調理を手伝って、美味しく戴こうとお手伝いを申し入れようとしたのだが・・・・・・・。
お手伝いを申し入れる前に、食堂へと案内されてしまった。
ここの食堂はバイキング形式のようで、いろいろな料理がテーブルに一列に並べられていた。
「えっ、・・・・・・・から揚げ?」
「おっ、嬢ちゃん、から揚げを知っているのか?塩味とショーユ味があるんだぜ。旨いぞ」
塩味と醤油味があると聞いて、アンジュは眼を丸くする。
王都でも醤油を使って料理をすることを知っている人は、少なかった。
それを南の森番が知っていると言うことは、答えは1つしかなかった。
「はい、えーと?このから揚げって、ラウニリルさんから習いませんでしたか?」
「ああ、そうだ。これはラウニリルに習ったものだ。嬢ちゃんはラウニリルの知り合いか?・・・・・・もしかして嬢ちゃん?」
「多分ラウニリルさんに教えたのは、私だと思います」
「嬢ちゃん、名前は?」
「アンジュ・ド・トゥルースと申します」
「アンジュ・ド・トゥルースって・・・・・?シヴロスに店を出してくれた嬢ちゃんか」
「森の恵み亭の、共同出資者です」レシピの提供者でもあるけどね。
うぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!と、先ほどよりもさらに大きな歓声が上がった。
歓声と言うよりは、咆哮の方が正しいかもしれない。
「えーと?」どういう事?な、なんだ、この歓声は?
「俺たちはみんな、嬢ちゃんに感謝している」
「感謝って私、何もしていませんよ」
こんな熊さんたちに感謝されることなど、アンジュには心当たりはなかった。
「まずは森番のできなくなったシヴロスに、仕事を与えてくれてありがとう。嬢ちゃんがシヴロスに店を出してくれたおかげで、俺たちは魔物の肉をシヴロスの店に買い取ってもらえるようになった。伐採した木も注文がはいるようになり(確か森の恵み亭をログハウスにしたことで、伐採木の注文が増えているらしい。)、おかげで俺たちの生活は豊かになった。料理も森の恵み亭には及ばないが、美味しい食事にありつける。俺たちはみんな嬢ちゃんに、感謝しているんだ」
森番たちは東西南北と、とても仲間意識が強いみたいだった。
魔物や魔獣、悪党から森を守り、国を守っている人たちが、東西南北で仲が悪かったら仕事にならないと思う。
いろいろな情報の共有も、されているみたいだった。もちろんアンジュのことも、森番たちは知っていた。
「「「「「おう、そうだ。そうだ。感謝している」」」」」
大きな熊たちに感謝の籠った瞳を向けられて、アンジュは困ってしまう。
「感謝なんて・・・・・・、お役にたてて良かったです」
アンジュがそう言うと、再び うぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!と、大大大歓声が上がった。
熊だよ、熊。ほんと熊の咆哮だった。
「俺たちは、この恩を一生忘れない」
そんなことを言われても、困ってしまう。
アンジュとしては自分のしたいことをして、結果がそうなっただけの話だった。
「そんな大げさな」
「俺たちはいつでも、必ず嬢ちゃんを守る!だから何かの時は、必ずこの森番詰め所を頼ってくれ。東西南北、どこでもいい。嬢ちゃんの名前を出せば、必ず解るようにしておく」
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
アンジュが頭を下げると、再び うぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!と、地を這うような大歓声が上がる。
アンジュ自身知らないうちに、熊さん軍団を味方につけてしまった。
味方になってもらえて、素直によかったと思う。
森番たちはみんな気の良い人で、出された料理もワイルドでとても美味しかった。
(テリィ、早く迎えに来てくれないかな。)
読んで戴きありがとうございました。