11.妖精たちの祝福
「アンジュ、もしかして、ここには妖精がいるのかい?」
不思議そうにテリュース殿下が、辺りを見回す。見えないものを見ようとして目をこらすが、見えなかったようでがっかりしたように肩を落とした。
「殿下は妖精さんを、ご存じなのですか?」
「叔父上に聞いたことがある。この薬草園には妖精がいて、薬の質を上げる手伝いをしているらしい」
「リシャール殿下に?」
テリュース殿下が言われた叔父上と言うのは、現国王陛下の弟君リシャール殿下のこと。
銀の髪に濃いブルーの瞳、テリュース殿下とも仲が良く、柔らかい雰囲気が似ていて、並ばれていると年の離れた兄弟のようにも見える。
王国の薬学長を任されていて、この薬草園もリシャール様殿下のお仕事場なのだろう。薬草の専門家なのだから、妖精のことを知らないはずがなかった。
「ああ、ここには妖精が、いるのだね」
「はい。私も今日初めて王城にも妖精さんがいること知ったのですが、ここにはトゥルースから来た妖精さんも沢山いるみたいなのです」
嬉しくて声が、弾んでしまう。偶然にでも出会えたことに、感謝しかなかった。
「アンジュには妖精が、見えているのだね。私には話しをしているようにも、見えたのだが?」
妖精のことは知識として知っていても、実際見えていないのだからすぐに信じられるものではないと思う。テリュース殿下も、とても戸惑っているように見えた。
「はい。領地でも仲良くしていただいていたので、見えますし、お話もできますよ」
アンジュにとって妖精は決して夢物語ではなく現実で、友だちだった。
「すごいね、アンジュは。妖精が見えるなんて・・・・・・、そんな人、私は叔父上しか知らない」
「そうなのですか?我が家ではみんな見ることはできますよ。お話するのは少し無理みたいですが・・・・・・」
妖精たちを見るのも、話をするのも、アンジュにとってはあたりまえのことだった。見るだけなら、家族の誰でも見ることができる。
トゥルース領では平民の子供の中にも、見える子はいた。そんな子は稀で、たまたま波長があった子や、妖精に気に入られた子供たちだった。
「妖精が見えるとは、羨ましい。我が国の主力産業を担ってくれているのに、王子の私が見えないなんて情けないよね」
本当に羨ましそうに、そして少し寂しそうにも見える表情を浮かべ、テリュース殿下が言った。
フランドール公国の産業は、トゥルース領などで作られる薬が主力となっていた。他国への輸出量も多く、騎士たちが使う回復薬などは品質も良く、需要もとても高かった。
「情けなくはないと思いますけど」
妖精たちが見えないことは、別に情けないことではない。見えたり話せたりする人の方が少ないのだから、別に気にすることではないと思う。
でも、もし見られるのなら・・・・・・・。
「殿下も妖精さんを、見たいですか?」
思わずテリュース殿下の横顔に、聞いていた。
(私、何を言っているのだろう?)
妖精が見えなくていかにも残念そうに肩を落とすテリュース殿下の様子に、アンジュは見られるものなら見せてあげたいと思っている自分に気付く。何故だかテリュース殿下と同じ景色が見たいと、思ってしまった。
「見たい!見られるものなら、私も見たいと思うよ」
テリュース殿下から真摯な瞳で見つめ返され、見たい!と強い調子で返された。
そんな本気を見せられたら、アンジュもなんとかしてあげたいと思ってしまう。
自分でもお役にたてることがあるかもしれないと思うと、自然と身体が動いていた。
「ちょっと、待ってくださいね」
「アンジュ?」
アンジュはカモミールが植えてある一角に近づくと、そこにいた妖精にそっとお願いしていた。
「妖精さん、お願いがあるの」
『おねがい?』
『アンジュ、なに?』
「テリュース殿下に、妖精さんの祝福をいただけませんか?」
――――――― 妖精の祝福。
めったにと言うか、ほとんど妖精は人に祝福を与えたりしない。
見える人も少ない上に、話をできる人は、さらに少ない。
妖精たちにこんなお願いをするのも、アンジュくらいのものだろう。
祝福をもらえる確証があったわけではないが、ダメ元でお願いしていた。
『しゅくふく、ほしいの?』
「欲しいです。いただけませんか?」
アンジュは両手を胸の前で組み、祈るようにお願いをする。
妖精たちは少し考えるように可愛く首を傾げ、みんなで顔を見合わせると頷き合った。
次の瞬間、アンジュに向かって、ニッコリと微笑んだ。
『いいよ。テリィにしゅくふく、あげる』
『おうじにとくべつ、しゅくふく、あげる』
妖精1人からでも祝福してもらえたらと思ってお願いしてみたのだが、みんないいよ、いいよと言って再び集まって来た。キャピキャピと笑って、とても可愛い。
『おれいにアンジュからもしゅくふく、くれる?』
「私の祝福でよろしいのですか?」
『アンジュのしゅくふくがいい』
『アンジュのしゅくふく、きもちいい』
「そんなことならお安い御用です。殿下への祝福、お願いしますね」
『テリィおうじに、しゅくふく~♪』
『せーの~♥』
それを合図のように、妖精たちがテリュース殿下の周りに集まってくる。
とても可愛くて微笑ましい光景なのだが、テリュース殿下に見えていないのが残念でしかたなかった。
沢山の妖精たちから上がった緑の光が、 部屋のあちらこちらからお祝いのクラッカーのように打ちあがり、キラキラと光の粉が、テリュース殿下へと降り注ぐ。
綺麗で神秘的な光景だった。
「アンジュ、これは?」
テリュース殿下が祝福の粉を掬うかのように、掌を光る粉へと向ける。光の粉はまるで淡雪のように、掌に落ちては消えていく。
「見えますか?これが妖精さんたちからの祝福ですよ」
「・・・・・・これが、妖精たちからの祝福?」
刹那の時間だった。掌を見ても溶け込んでしまったように、祝福の名残はどこにも見つけられなかった。
「妖精の祝福など、初めて見た」
「そうですね。私も妖精さんたちが、こんなに沢山の祝福をくださるとは思いませんでした。本当に綺麗でしたね」
「ああ・・・・・・」
本当に綺麗だったと・・・・・・、テリュース殿下が感嘆の声を漏らす。
「では今度は私が、お返ししますね」
アンジュはゆっくりと両掌を上げる。広げられた掌から緑の光が溢れ出す。
淡い緑色の光の粉が舞うように部屋の中に満ち、キラキラと妖精たちへ降り注ぐ。一部はテリュースにも、降り注いだ。