102.お家に帰りたい
最近王宮内では、厨房で作られる料理が美味しくなったと評判だった。
先日などはネイセティ国王陛下やアーデル王妃様からも、料理が美味しくなったと直接お礼を言われてしまい恐縮してしまった。
父のクロードは何も言わないが、娘が何をやらかしているかは解っているらしく、アンジュの顔を見て苦笑いしていた。
(まだ何にもやらかしてないもん。お料理を教えただけだもんね。)
「最近、城で食べるご飯が、本当に美味しくなったよね」
「アンジュ姫のおかげですね」
「うんうん。そうだろう。そうだろう」
「なんでアンリ兄様が、そこで威張っておられるのかしら?」
「これは俺の妹のおかげだからな。当然、俺のおかげでもある」
「「「・・・・・・・・?」」」
アンリには毎日、厨房までついてきて護衛してもらっているし、確かにおかげと言えばおかげなのかもしれないが、ここで威張るのはちょっと違うと思う。
しかし料理が美味しいと言ってもらえるのは、アンジュにとっては素直に嬉しかった。
「もうすぐ1週間が経ちますからね。厨房の皆さんもいろいろなレシピをお勉強されましたから、当分の間は珍しい料理が出て来て、楽しめるのではないでしょうか」
簡単な和・洋・中のレシピを、マイアス料理長たちに伝授した。
調味料や香辛料の使い方などもいろいろアドバイスしたので、かなり料理の幅が広がったと思う。
アンジュが食べても、最近の料理は美味しかった。
「テリィ、そろそろお家に帰りたいのですが、ダメですか?」
ちょっと甘えた声で聞いてみる。最後にはダメですか?と、小首をかしげて見た。瞳はちょっとウルウル状態で、テリュースをジィーっと見つめて見る。
途端テリュースの顔が、朱に染まった。
落ち着かないようで、視線を右へ左へとキョドキョドさせていた。(何故だ?)
アンジュとしては、そろそろ家に帰りたかった。
別にテリュースの傍が、いやな訳ではない。王宮での生活も、これはこれで、面白かった。
しかし家でやり残したことが、沢山残っていた。
突然テリュースと婚約の儀することになり、あれよあれよと王宮へと連れてこられてしまった。
婚約したら婚約したで王宮内に一室が与えられ、王妃教育が始まってしまうし、ほぼ1か月近く家には帰っていなかった。
「えーっ、アンジュ、家に帰るのですか?」
テリュースが意外そうな、声を上げる。
そんなに驚かなくてもと言うほどの、驚きようだった。
まだ結婚したわけでもないのに、ずっとここにいることはないと思う。
自分の温室の事も、心配だった。
「えーと、ダメですか?」
「ダメではないけど、帰られると私が寂しいな」
「家には帰りますが、薬学研究室には、毎日来ますよ」
「うーん、それでも私は寂しいと思う」
「困りましたね」
だからと言ってこのままっずっと王宮で暮らすのは、まだちょっと遠慮したかった。
「あと2年、我慢してください」
「2年は長いよ」
「うーん」どうしよう?
フランドール公国では、貴族の子供が15歳になればデビュータントでお披露目され、みんなの前で大人になったと認められる。
テリュースはすでに16歳だが、お相手であるアンジュがまだ13歳の為、すぐに結婚はできない。
あと2年すればアンジュが15歳になり、テリュースと結婚できる歳になる。
それまではゆっくり恋愛関係を、アンジュは楽しみたかった。
「おい、テリィ、いい加減にしないと、アンジュから嫌われるぞ」
「えーっ、アンジュ、私を嫌いになる?」
「嫌いにはなりませんが、私をテリィの掌の上で自由にさせるくらいの余裕は、持っていただきたいですね」
あまり束縛されるのも、どうかと思うよね。
そのうち息苦しくなって、逃げ出したくなるかもしれないので、今は適度な距離も必要だと思う。
恋人同士の甘い期間も、必要だった。
「そうだね。その代り、毎日3時のお茶は一緒にするって約束して」
「解りました。3時のお茶は薬草園で一緒にしましょう。毎日美味しい甘味をご用意しますね」
「解った。約束だよ」
アンリの助言のおかげで、テリュースからの帰宅の許可が出た。
しかし、許可が出たからと言って、今から帰りますと言うわけにはいかないようで・・・・・・。
(早く、帰りたいよぅ)
帰宅日は1週間後、アンリのお仕事が終わり次第となった。
(なんで、アンリがお仕事を終えるまで、待たなくてはいけないのか?なんだかテリュースによって、うまい具合に誤魔化された気がするのは、私の気のせいではないと思う。まぁ、しかたないよね。)
読んで戴きありがとうございました。