10.心強い味方たち
「アンジュ?」
背中から声を掛けられて振り返ると、そこにはテリュース殿下の姿があった。
お茶会から逃げ出したアンジュを追いかけて来てくれたようで、顔を見るなりテリュース殿下がホッと息を吐き出す。なかなか息が整わないのか、少し苦しそうに肩で息をしていた。
一人で来たのか、いつも殿下と一緒にいるはずの、護衛騎士見習いのコンラット様や兄のアンリ(一応兄のアンリも護衛騎士見習いなのです)、文官見習いのエドガー様の姿は見当たらなかった。
「やっと捕まえた。アンジュは走るのが早いね」
やっと追いついたとアンジュの手を取りぎゅっと握りしめ、もう逃がさないとにっこり微笑む。
思いのほか強い力で掴まれて、アンジュは伺うようにテリュース殿下を見上げた。
綺麗なマリンブルーの瞳が、まっすぐにアンジュを見つめ、優しい光を放つ。
本当に心配したのだと、その瞳が告げていた。
「テリュース殿下?」
「無事で、よかった」
心配そうにアンジュの頬に手をあて少し持ち上げると、目元を親指でなぞる。涙痕でも残っていたのかと、少し恥ずかしくなった。
「ごめんね、アンジュ。私のせいで、嫌な思いをさせた」
「そんな、殿下が悪いわけでは・・・・・・」
いきなり謝られて、アンジュは困ってしまう。
実際にアンジュに嫌な思いをさせたのは、マーク殿下とその取り巻きたちだし、テリュース殿下が謝ることではなかった。
否定の意味を込め、首を左右に振ると再び顔を伏せる。
探しに来てくれたことが嬉しくて、胸がドキドキした。これ以上眩しいお顔を、見ていることができなかった。
『アンジュ、いじめられたの?』
『アンジュ、こまっている?』
『こいつ、やっつける?』
妖精たちの不穏な言葉に、アンジュは、はっ!今の情況を思い出す。
テリュース殿下の登場ですっかり二人の世界になってしまっていたのだが、やっつける?は聞き捨てにできない。テリュース殿下を、傷つけられては堪らなかった。
アンジュが虐められていると勘違いした妖精たちのいきなりの攻撃モードに、慌ててストップをかける。
「ダメ、ダメです、やっつけないで! 暴力はいけません!」
大きく手を広げ、テリュース殿下を庇うように前に出た。
庇われたテリュース殿下には妖精たちは見えていないようで、不思議そうにアンジュを見つめている。
(妖精たちが見えていないのだから当然だよね。ほんとひとりで何やっているの?って思うよね)
「・・・・・・・・・アンジュ?」
「えーと、ちょっと待ってくださいね」
この状況を説明しなくてはと思うのだが、とりあえず妖精たちの攻撃を止めることが先決だった。
「テリュース殿下を傷つけてはダメです。わた・・・・・・・し・・・・」
――――――― 私の大切な人を、傷つけないで!
と、言葉にしそうになり、アンジュは自分で自分の想いに一人で狼狽えてしまう。カーッと耳まで朱に染まった。
(え、え、えーーーーーーっ! 私、今何を言おうとした?
わ、私の大切な人を傷つけないで!って? は、恥ずかし過ぎる。なんで?どうして?
わぁーわぁーーーん、どうしよう?)
「アンジュ?」
一人百面相をするアンジュを見て、テリュース殿下が不思議そうにアンジュの名を呼ぶ。
「だ、大丈夫です。ちょっと待ってくださいね」
顔を真っ赤にして狼狽えているのだから、どうしたのか?って、誰でも思うよね。
思っていることがテリュース殿下に伝わるわけがないのだが、恥ずかし過ぎてアンジュは両手で顔を覆うとその場に座り込む。もうどうしたら良いのか解らなかった。
「アンジュ、どこか痛むのか?」
「いえ、なんでもありません」ちょっと待って。深呼吸、深呼吸。
大切な人だよ、大切な人。私、何を思っているのって感じ?
生まれた時からとてもお世話になってはいたが、それは3人の兄様たちと同じようなものだと思っていた。
私、テリュース殿下のこと、・・・・・・・・す・き、だったの?
心のページを捲ってみる。
小さい頃からとても大切にされた思い出が溢れてくる。
物心ついた時から淑女として扱ってくれて、2年前までは家族の次にそばに居てくれた人。
確か私が3歳、テリュース殿下が6歳の時、口づけをした。
(あれが私のファストキッス?)
ただ口唇を合わせるだけの幼いキスだったけど、とてもドキドキした。
私が5歳、テリュース殿下が8歳の時、二人だけで婚約式の真似事をした。
花壇の花で作った花冠を頭に乗せてもらって、とても嬉しかった。
――――― そう、嬉しかったの。
(やだ私、テリュース殿下のことが好きかも)。
『アンジュ?』どうしたの?と、妖精たちにも不思議顔で見られてしまった。
「あっ、何でもないです。いえ、何でもないわけではないのですが・・・」
自分でも何が言いたいのか解らなくなってきた。
『アンジュ、いじめられているの?』
『やっぱりこいつ、やっつける?』
「ああ、もう。だ・か・ら、テリュース殿下をやっつけないでください。お願いします」
口調がきつくなってしまうのは、八つ当たりだ。やけくそまじりに頭を下げる。
恥ずかし過ぎて、ここはもう開き直るしかなかった。
今、自分の気持ちに向き合っていられないので、一先ずどこかに置いておくことにした。
『アンジュ、いじめられていない?』
「心配してくださったのですね。ありがとうございます。虐められてなどいませんから、大丈夫ですよ」
『こまっていない?いつでもやっつけてあげるのに』
「困っていませんし、この方をやっつけられては、私が困ります」
『わかった。やっつけない』
『おしごとつづける。いじめられたら、いって』
『アンジュ、たすけるから』
『アンジュ、またね~』
「いろいろありがとうございます。お仕事がんばってくださいね」
『またね~』
なんとか妖精たちにも理解していただけたようで、ほっと肩の力が抜ける。 次々と仕事に戻って行くかわいい後ろ姿に、お礼を言って見送った。
先ほどマーク殿下達に虐められた時には、誰も味方はいなかったのに・・・。
妖精たちの勘違いとはいえ、今はこんなにも心強い。味方がいっぱいで、嬉しくなった。