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ふたりの時間

時間は19時を少し過ぎた頃。僕は楓と並んでキッチンへと立っていた。

頷いたのはいいものの、さすがに全部任せるのも悪いと思い、料理の作業を手伝っている最中だ。


とはいえ楓が言った通り、既に料理はほぼ作り終わっており、せいぜい最後にサラダを一品作るくらいしかやることがない。相変わらずの手際の良さだと関心する。


「任せて悪いね。起こしてくれれば手伝ったのに」


「一度部屋まで見に行ったんだよ。そしたら気持ち良さそうに寝てたから、起こすのも悪いかなって思って」


クスクスと笑う楓を見ると、なんとなくバツが悪くなった。

寝顔まで見られていたとか、かなり恥ずかしい。楓相手だと尚更だ。


「…さいですか」


「うん、可愛かったよ。なんだか優しい顔してた」


…優しい、ね。あの頃の僕は、確かにまだ楓に優しかったのだろう。

苦い気持ちのまま、僕は急いでボウルにレタスをちぎり終え、最後の作業を終わらせることに集中する。


「焦らなくてもいいのに。どんな夢を見てたの?」


「覚えてない。なにか美味しいものでも食べてたのかもね」


そんな僕の気持ちを見透かしたようにこんなことを聞いてくる楓も大概意地が悪いと思う。

夢の内容を思い出し、ついぶっきらぼうに答えてしまうが、それでも楓は笑みを絶やさない。


「そっか。じゃあ夢に負けないくらい美味しく仕上げなきゃ。負けたくもの」


なにやら対抗心が生まれたらしい。比べるつもりなんてそもそもないのに、妙に気合いが入っている。その姿はどこか愛らしくて、可愛かった。


……そういうところがずるいんだよな。そう思った。







「凪君、お皿出してくれるかな」


「うん」


フライパンへと視線を向ける楓に背を向けて、僕は食器棚へと手を伸ばした。

そこにはいくつかの皿や茶碗等の食器類が並んでおり、僕の家族の分が揃っている。うちは両親と僕の三人家族のため、そこまで数は多くないしそれぞれ専用の棚へと分かりやすいように置いていた。丁寧にテープで色分けまでしていたりする。


もっともこれを整理したのは僕の母親じゃない。母さんは家事に関してはずぼらなほうであり、整理整頓に関しては無頓着だ。父親に関してはそもそも台所に立つ人ではなかった。


その血を引いている僕も親よりはマシとはいえ、使えればそれでいいという考えが根底にあったため、それほどマメなほうじゃない。両親の悪いところだけ似てしまったのだと思う。


(こういうとこでも敵わない、か…)


僕は食器を手に取りながら、チラリと横目で視線を向ける。

ここまでいえば察しがつくと思うけど、うちの台所事情を一番把握しているのは僕の後ろで機嫌よさげに鼻歌を歌っている幼馴染であった。


「フフーン、フンフフーン…」


意識しているのかそうでないのか。その横顔はなんとも無邪気で無防備だ。

長年一緒にいた僕でさえ、ついドキリとしてしまう。楓は確かに学園のアイドルの名前に相応しい女の子になっていた。



今の楓は長い黒髪を料理の邪魔にならないようにシュシュでまとめた、所謂ポニーテールの髪型にしている。

そこに我が家に置いてある彼女専用の赤のエプロンを制服のシャツの上から付けた、制服エプロン姿。

おそらく遊んだ帰りにそのまま僕の家まできたのだろう。チェックのスカートもそのままだ。


それが妙に生々しい。基本的に楓が僕の家にくる時は私服姿がほとんどだから、逆に新鮮に感じてしまっているんだろうか。

キッチンに立つ姿自体は既に見慣れた姿だというのに、心がどうにも落ち着かない。


幼馴染の関係を越え、恋人になったのだから楓のことを女の子として見るのは当たり前のはずなのに。


それとこれとは違うのだろうか。悲しい男の性なのかもしれなかった。



学校のアイドルである楓のエプロン姿。それを見たくないなどという生徒は、きっとうちの学校にはいないだろう。


この姿を見ることができるのは、僕くらいのものだ。

恋人である僕だけが見れる彼女の姿。

昔はそのことに優越感を覚えた自分がいた。


だけど今はもう誇る気にはもうならない。

僕が楓の特別であるということ。それが僕を苛む枷だからだ。


「帰ってくるの、早かったんだね。今日はこないと思ってた」


僕は食器を重ねながら、楓に話しかけていた。

なんでもいいから、思考を切り替えたかったのだ。


「うん、おばさんに頼まれていたから。今日は帰りが遅いから、凪君をよろしくって。だから途中で切り上げたんだよ。ほんとは一緒に帰りたかったのに、凪君先に帰っちゃうから…」


だから返ってくる答えはどうでもよかった。それが喜びを孕んだ声であってもだ。

最後はどこか拗ねたように責める色が混ざっていたが、それに関しては別にいい。

悪いことをした自覚はあるし、一之瀬さんに言われたのもあるが元々謝るつもりだったからだ。


問題は聞き流せない言葉がふたつ混じっていたことである。


(余計なことしなくていいのに)


内心僕は母親に悪態をついていた。完全に余計なお世話だったからである。

僕の両親、特に母親のほうは僕以上に楓のことを信頼している節があった。

昔病弱だった頃に僕の面倒をみていた楓の面影を、未だに引きずっているのかもしれない。


僕と楓が付き合い始めたことを知らせた時の喜びようはそれはもう大げさすぎるほどのものだったし、あれ以来ますます楓を頼りにするようになり、今では普通に合鍵を預けるほどである。

楓の両親が海外に長期出張していることもあるが、家で食べていくことを事あるごとに進めるのも、いい加減やめてほしかった。


だけどまぁ、これはいい。まだ僕と楓の間ですむ話だからだ。我慢だってまだ効く。

問題はその次だ。僕は出来上がった料理を皿に寄せながら楓に質問をすることにした。


「それに関してはごめん。次はちゃんと一緒に帰るよ。でも途中で帰って大丈夫なの?他のクラスの人も一緒だったって聞いたけど」


内面の表情に出さないよう、慎重に。謝ることだって忘れない。これも間違いなく本心であるからだ。

僕の言葉を受けて、楓はスープをすくう手を一度止めた。


「うん、大丈夫だよ。ちゃんと事情を話してきたし。凪君は用事あるみたいだったから、スーパーにも行きたかったしね。あ、買ったものはもう冷蔵庫に入れてあるから後でレシート渡すよ」


そう言って楓は柔らかな笑顔を僕に向ける。


「…そっか、ならいいんだ。買い物までさせちゃって悪いね。埋め合わせはちゃんとするから」


それは僕にとって、全然大丈夫ではない言葉だった。

気が利いて家事も出来る、完璧な幼馴染。


だけど僕の事情までは汲み取ってはくれないらしい。もとよりそれを期待していないし、してはいけない。こんな情けない自分を、楓に見せたくなんてないからだ。


「うん、期待してるから」


そう言って笑う楓が作った料理は、奇しくも僕が作ろうとしていた炒飯で。


僕が作ったものよりも、ずっと美味しく出来ていた。



……この料理教えたの、僕だったんだけどな



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