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反社会的少女  作者: tanakan
4/7

第四幕 新しい日々ともう一人の異邦人

~あらすじ~

無事、僕達の憎む日常から僕はゴシックロリータの少女と共に逃げした。

僕らは何度か電車を乗り換えて博多駅へと降り立つ。

其処にはもう一人の異邦人である僕の友人が住んでいる。

僕はそんな事を思い出した。



「何考えているの?」


紗耶香はいつの間にかハンバーガーを食べ終わり、ポテトをつまみながら不思議そうな表情で僕を見つめていた。


「いや、なんだか急に君が生き生きしてきたな、と思ってさ。」


そう と紗耶香はうなずき、そして何かを思い出したかのように あっ と声を上げた。


「どうしたの?」


「あんたさ 私についてきてお金とかはちゃんと大丈夫なの?」


僕を誘ったのはそっちだろう。と言おうとしたが僕は今更そういても状況は変わることはないし、無駄だと感じたのでその言葉を噛み殺した。


「それはこっちのセリフだよ。 俺にはバイト代の貯えが少しあるけどそっちは?」


「私も大丈夫よ」


そう言って紗耶香はバッグの中を何やらごそごそとあさり始めた。

そして一枚のキャッシュカードを取り出すと僕の目の前に得意げに突き出した。


「それって君の?」


紗耶香は首を横に振る。


「もちろん 両親のだよ。 ここから使えば何の問題もないでしょう?」


「なるほど。 確かにいい考えだけどそれなら早くお金を降しといた方が良いね」


「どうして?」


紗耶香は首をかしげ、僕はため息をついた


「君が居なくなった日にカードが無くなっていたら、君が持っていったと考えない方が不自然じゃないか?すぐに凍結されるだろう。」


僕の言葉を聞き終わると沙耶香は頬を膨らませた。


「そんなの分かっているわよ。 だからさっさと大金をおろして自分で稼げるようになるまでそれを使うのよ」


紗耶香はカードを手の上で弄びながらそう言った。


「そこまで考えているのなら僕はもう何も言わないさ」


僕は沙耶香にそう言ったあと、取り敢えずまだ手をつけていない食べ物を片付ける事に専念した。

それにしても今の言動と言い紗耶香は衝動的ではなく、かなり考え込んだ上で家出してきたようだ。

そしてその口ぶりから決して帰ることはしないだろうと、僕は何の根拠もないがそう思った。

しかし、このまま紗耶香の目的地まで行くのに僕の残高が足りるのか少々不安であったし、何より少し考える時間が必要だった。

しばらく悩んでいると、ふとこの福岡には僕の数少ない友人が住んでいることを思い出した。


名は山村やまむら あおいという。まるで女のような名前だが、彼はれっきとした男性であの街で唯一僕と気の合う友人だ。 

そいつの所に行けば時間は稼げるのかもしれないし、今後の事も考える事が出来るだろう。


「なぁ いきなりで悪いんだけど少しこの福岡で滞在する気とかは無いか? わがままで申し訳ないがちょっと友人の所へ寄りたいんだ」


断られるかもしれなという僕の予想に反して紗耶香は いいわ と即答した。


「だってあなたについてきてもらってるのに、私があなたについて行かないのは何だかフェアじゃないでしょう?」


紗耶香のセリフに少々拍子抜けしている僕に紗耶香は続けて


「正直、あの街以外を知らないから他の街も見てみたいのよ。」


そう窓の外楽しそうに眺めながら紗耶香は言った。

こんな家出を強行したくらいだ。相当思い悩んでいたのだろう。

紗耶香とここで別れることになっても、せめてこの福岡での滞在は良いものにしてあげよう。

僕はポテトをつまみながらそう決心した。


山村 葵と出会ったのは高校時代、僕が一人で図書館に居た時の事だ。

僕はその時丁度、この狭苦しい図書館の隅で見つけた、ライ麦畑でつかまえてを読んでいた。小説の中の主人公はちょうど僕と同年代であり、その心情は僕の心をそのまま映し出しているかのようで激しく共感でき、そしてどこか切なくなってしまっていた。

しかし、僕にはこの主人公のように行動することはできない、ただ与えられたものをこなし波風を立てないようにすることしかできないのだ。

今まで何度もそう痛感させられているのにもかかわらず改めてそう言われるとやはり辛いものがあった。


「ねぇ 君は面白い本を読んでいるね? こんな学校でそんな本を読んでいる人は初めて見たよ」


僕が本から顔をあげると目の前には葵が座っていた。

彼を男にしておくにはもったいないほどの顔をしていた。

髪は細く短く切られ長いまつ毛は彼の目をより大きくしており、薄い唇と整った顔立ちはまるでどこかの映画から抜け出してきた綺麗な少女を思わせた。

彼がもし男用の制服を着ていなかったら僕はきっと彼が男だとは気がつかなかったであろう。


「君こそ珍しいね。こんな図書館にいるなんて。ここの生徒は図書館を何か大きな物置だと思っているかと思ったよ」


なかなか言うね。僕がそう言うと葵は大きな声をあげて笑った。

その神々しいまでの笑顔に僕もまた思わず笑ってしまっていた。

僕は普段やっている社交辞令的な笑顔とはまた違う、自分自身の素直な笑顔に驚いてしまっていた。


「俺は山村 葵と言うんだ。よろしく」


そう言って葵は僕に握手を求めた。

それ以降僕らは事あるごとに図書館に集まり今まで読んだ数々の作品の話をした

その日々は僕にとって唯一とも言える安楽の日々であり、彼もまた今思うと本当の友人だと言えるのかも知れない。

しかし、その日々も高校三年の時に唐突に終わりを告げた、僕らの進路の違いと忌々しい事件のせいであった。

葵の進路は福岡の音大であり、卒業式を最後に彼とは連絡を取ることはなくなった。


葵の電話番号を押し、携帯電話を耳にあてる。コールが鳴り続ける間、僕は言いようのない不安感に襲われていた。

正直、僕は紗耶香にああ言ったのにも関わらず、葵とは連絡がつく自信はなかった。

だけどもその不安はあっさりと外れた。


「おぉ 久しぶりじゃん。元気か?」


携帯電話の向こうから聞こえてきた声は、昔と変わらない男としては少し高めの鼻にかかる声であった。

その声を聞いて僕らは思わず頬が緩むのを抑えられきれなかった。

僕らは少し世間話をした後、葵に今の状況を簡単に説明したのだが、このまったくもって嘘のような話で遽には信じられない話を、

葵は、


「面白い状況になっているね」


と笑い、その後駅まで迎えに来てやるよ。と言った。

僕は葵に礼を言い、電話を切った。

昔と変わらぬ声に僕は安心感を覚えたが、昔の彼とはどこか違う、何とも言えない違和感を感じた。


「まさか君がこんなにも可愛い子を連れてくるなんて夢にも思わなかったよ」


ATMでお金をおろした後、僕らが駅に向かうと葵が、ジーパンにシャツとジャケットを羽織っただけのラフな格好で恥ずかしげもなく大きく手を振っていた

肩まで伸ばした繊細な髪の毛と女の子のような華奢な体型からは友人であるはずの僕でさえ、葵が男であると遽にも信じられなかった。


「この人は男の人よね?」


紗耶香は声をひそめて僕に尋ねた。

そう考えるのも無理はない、僕は紗耶香に頷いて見せる。

葵は人込みをさけながら紗耶香に近づき、右手を差し出し握手を求めた。


「どうも」


紗耶香は小さな声でそう答えると葵の握手に応じ、なんだか気まずそうに眼を伏せた。

その後葵は僕に手を差し出した。


「久しぶりだね。何か雰囲気変わった?」


葵はそう言って僕に微笑んだ。その笑顔は同じ男であるはずの僕でさえ目を奪われる程の、非の打ちどころのない笑顔であった。


「まぁ 今日だけでもいろいろありましたから、電話でも話しただろう?」


僕がそう言うと葵は だろうね と一言答えると、おかしそうに笑っていた。

そして葵は顎に手をあて、ゆっくりと何やら考えながら僕らを眺めていた。


「まぁ 取り敢えず車に乗れよ。 今日は寒くて敵わない。」


葵は態とらしく身震いをする身振りをしてみせると、あっちだよ と駐車場の方を指さして見せた。


「そうそう 君の名前は?」


車に向かう僕らの先頭をポケットに手を突っ込みながら歩いていた葵は紗耶香の方を振り返って、顔を覗き込んだ。

葵は他人に求めるときは必ずその深く澄んだ瞳で相手の瞳を覗き込む。

葵にそうされると大抵の人は思わず目を背けてしまう。そしてそんな相手を葵はそれ以降、決して信用することはなかった。

いつか、葵にそのことについて聞いてみたことがある。


「なぜ目を背けたら何故信用しないんだい?」


僕がそう尋ねると葵は


「だってそう言うヤツは大抵が自分の意思なんて大層なものは持ち合わせていないんだよ。誰かが同じである事を前提に自分を持っているから、一般論こそ正義と考え想像力を持ち合わせてなんかいないんだ。だから僕は人の目を見ることができないやつは決して信用することはできない」


いつも僕の前では笑顔でいるはずの葵はその言葉を言っている間、なにやら苦々しいことを思い出すかのように、顔をしかめながら話していたのをよく覚えている。


「私は近江 沙耶香っていうの。アナタは?」


紗耶香は葵から視線を外すどころか逆に葵の目を覗き返してそう答えた。

それを見て葵は笑顔を作ると


「古風でキレイな名前だね。 僕は山村 葵って名前なんだ」


葵がそう言うと沙耶香は少し首をかしげ


「一応聞いておくけど 男よね?」


紗耶香の言葉に葵はくすくすと笑いだした


「一応 生物学上は男かな?」


紗耶香は少し首を傾げたものの、自分なりに納得したのか そう と一言うなずいた。

その仕草を見て葵は一度うなずくと今度は僕の方を振り向いた。


「えらく良い子じゃないか。 少し君にはもったいないね」


葵はそう笑い声をあげた。


「もったいないも何も、しょうがないだろう?」


「電話で聞いた時は半信半疑だったけど、確かにこれは君の妄想ではないみたいだね。取り敢えず今日は僕の家に来ると良いよ。夕飯くらいは御馳走してあげるから、それにもっと詳しく話を聞いてみたいしね」


そう言って葵は僕らの返答を待たずに先を歩き出した。


「不思議な雰囲気を持つ人だけどなんだか良い人そうね。少なくとも私が今まで会った事のない人種だわ」


先を歩く葵の後姿を眺めながら紗耶香はそう言った。


「まぁね。どうやら葵は君を気に入ってくれたみたいだし、信用しても大丈夫だと思うよ」


葵はややこしい事情を持つもの、僕にとってはこの世を生きる大多数の人間よりも遥かにに信用ができる。

自分が信用した相手なら決して裏切ることはしないが、その反面自分が信用してない相手に対しては極めて冷酷であった。

そのため学校には僕以外に友人だと思える人はおらず、教師からも何か危険なものを取り扱うかのように距離を置かれていた。

しかし、葵はそれをまるで気にも留めない様子で僕に接し、この世には葵と僕、そして何人かの作家しか存在していないかのように生きていた。

僕はそのある意味自由な生き方に憧れていたが、どこか今にも崩れ去ってしまいそうな儚さも感じていたことをよく覚えている。

車で三十分ほど走ったところで葵は車を止めた。


「ここが俺の家だよ。 っても全部がそうじゃないけどね。」


葵が少し笑いながら指さした建物は、天まで届くという形容詞がこのために生まれたかのように感じるほどの強大なマンションであった。

僕はあんぐりと開いた口を閉じることができず、そして隣では沙耶香が大きな眼をさらに大きく見開いて葵の指さす方向を見つめていた。

茫然としている僕らを見て葵は腹を抱え、とてもおかしそうに笑っていた


「別に隠していたわけじゃないんだけど俺の親はちょっとした金持ちでさ、まぁ遠慮しないで入ってよ」


葵以外の人が言ったのなら、おそらく嫌味に聞こえるだろうこのセリフも、葵の無邪気な笑顔とともに言われたのなら、そういた類のセリフには聞こえないのが僕には不思議だった。


「まぁ入れよ。 ちょっと散らかっているけどね。」


そう言って案内された葵の部屋は、このマンションの外観から容易に想像できるように、まるでドラマの世界のような部屋であった。

僕の住むアパートからは想像できないほどの広さがあり、おそらくこの部屋の玄関だけで僕の部屋が収まってしまいそうな気がした。

リビングは広々としており、黒い革張りのソファーとガラスのテーブルが部屋の真中でさ寂しそうに佇み、部屋の隅には一台の大きなピアノが誇りをかぶっている。

テレビもないこの部屋はただただ静かで,それはまるで誰もいない音楽室のように見えた。

僕は想像をはるかに超えた部屋に思わず感嘆の声をあげてしまった。


「なんていうか、すごいところに住んでいるんだな」


「むかし、オレの叔父がここに住んでいたんだけど海外に行っちゃってさ。

だからその間俺が住まわせてもらっているんだよね」


葵はそう照れくさそうに頭を掻きながらそう言った。

僕らが話している間、紗耶香はいつの間にかピアノの前にいた。

そしてピアノの鍵盤を開き、そっと指でなぞると


「部屋の中にピアノまであるなんて、フィクションの中にしかないと思っていたわ」


「確かに、葵のこの部屋を解放すれば全国の動物たちは安心して冬を越すことができるはずだな」


葵はくすくす笑いながら僕らのやり取りを見ていた。


「まぁ 取り敢えずはゆっくりしてくれよ。 俺らはコーヒーでも淹れてくるからさ」


葵は僕の方を見てそう言った。


「僕もか? 一人で十分だろう?」


しかし、僕の反論に対して首を左右に振った。


「君は確か料理が得意だったろう? なんか作ってよ」


葵はそう言って僕の袖をつかむと、それを引っ張りながら僕を上目遣いで見つめた。

その葵の甘える仕草に僕は苦笑して紗耶香をリビングに残して僕らはキッチンへと向かった。

この部屋からしてさぞかし立派なキッチンだろうだと思ってはいたが、それは僕の予想をはるかに超えるものだった。

牛一頭まるまる入ってしまいそうな冷蔵庫に、収納タイプの食器洗い機、そして日本の家庭ではあまり見ることのない巨大なオーブンまで備え付けてある。 

それに加えて数々の料理道具に加えエスプレッソマシーンまで備え付けてあるのだ、僕にとっての理想のキッチンだというのにも関わらず、あまりにこのキッチンはあまりに奇麗過ぎて残飯は少しも使った形跡もない。


「こんなにすごいキッチンなのにお前は料理しないのか?」


僕が少し呆れてそう言うと葵は冷蔵庫からビールを二つ取り出した。


「まぁ 俺は本と酒、あとタバコがあれば十分だからな。 あと時々サプリメントとインスタント食品があればなお良しだね。」


特に表情を変えることもなくそうサラリと言ってのけた葵は、ビールを片方僕に手渡した。


「どうも」


僕は早速ビールを開けそれを飲みながら取り敢えず冷蔵庫の中を物色してみた。

案の定、冷蔵庫の中には酒類と缶詰やインスタント食品が隅から隅まで並べられており、僕は呆れるのを通り越して逆によくこれで生きていけるものだと感心してしまった。

きっと、この家でアルコールを含まない飲み物と言ったらきっとカルキ臭い水道水くらいしかないのではないだろうか?

僕はかろうじてトマトの缶詰と少し萎びたにんにく、そしていくつかの食材を発見することが出来た。

これでまともな食事を作ることができるとほっと胸を撫で下ろす。

取り敢えず、トマトソースをベースにした料理を作ろうと僕が料理をしている間、ずっと隣で葵がビールを片手にその過程をずっと眺めていた。


「何の料理を作っているの?」


さっきとは打って変わって何の感情を含まない声で葵は言った。


「そりあえず、トマトソースのパスタとリゾットでも作ろうか? まぁ組み合わせとしては最悪だけど、後は適当に缶詰を広げれば大丈夫だろう。」


僕がそう言うと葵はなぜか歓声をあげて僕の後ろから抱きついてきた。

おかげで僕はもう少しでトマトソースをこぼしてしまいそうになるほど体勢を崩してしまった。

葵は僕の肩に自分の頭を乗せギュッと僕を抱きしめた。

触るだけで崩れ去ってしまいそうな髪の毛が、葵が頭を揺らす度に僕に触れそれがやけにむず痒かった。


「さすがだなぁ 君はやっぱり料理の天才だよ」


そう言って葵はさらに僕の肩に頭を押し付け、葵は口を開くたびに僕の顔に酒臭い匂いがする。

トマトソースを作っただけで料理の天才とまで言われたら、世間一般の人に申し訳ない気もしたけど、なんだか悪い気はしなかった。

葵は僕を一向に離そうとしないため、仕方なく抱きつかれながら料理を続行することにした。


「もっとまともな食材があればちゃんとした料理を作れるんだけどね。 そもそもよくこの食材で料理させようと思ったな。」


僕は笑いながらそう言ったが、僕の話を聞いていなかったのか彼は何のリアクションも返さなかった。


「聞いてる?」


そう葵に尋ねてみたところで僕は初めて葵は肩を震わせ、泣いていることに気が付いた。


「ごめん 今のはほんの下らない冗談だからさ、気にしないでくれ」


僕がそう言うと彼は僕の肩に顔を押し付けたまま首を振り、そうじゃない と今にも消え入りそうな声でそう言った。

葵は続けて


「今度は本当にダメだと思ったんだよ。 なんというか・・・本当に不安なんだ。 君と離れて一人になって。今まで俺はひとりでも別に苦じゃなかったのに・・・きっとそれを君が奪ってしまったんだよ」


そう言って葵は泣き続けた。

そこにいるのは僕と同じく大人になろうとする人間の姿ではなく、ただ泣きじゃくる小さな子供の姿であった。

葵が泣きやむまでの間、僕は何をして良いか分からずただ僕の背中を預けることしかしできなかった。

そして僕は昔、葵がこうやって僕の前で涙を見せた忌々しい事件のことを思い出していた。


「実は俺、ホモセクシャルなんだ」


僕らが一緒に過ごすようになってしばらくして、葵は唐突に僕に告げた。

その時の葵が見せた表情は何の感情も含んでおらず、ただ僕の反応を少しも見逃さないように深く、深く僕の瞳を覗き込んでいた。

その言葉に僕は自分が思っていたよりも動揺することはしなかった。

むしろ、なんとなくそうなんじゃないかと思っていたくらいだ。

葵はその容姿から、女性に当然モテていた

それはもう凄いもので毎日のように告白されていたと言っても過言ではない。

しかし、葵は誰とも付き合うことはなく、毎日のようにこの図書館に姿を見せていたし、僕は葵がそうじゃないかと、うすうす感じていたのかもしれない。


「そうか。でも悪いが俺は純然たるヘテロセクシャルなんだ。」


僕がそう返答すると葵は少し驚いた表情を見せ、その後クスクスと笑いだした。


「そんなことわかっているよ。 ありがとう」


そのありがとうが何に対して言われたのかはわからない。しかし、それ以降葵は、より僕に心を許し今までの事を話してくれた。

裕福な両親の元育てられたこと。思春期を迎えたとき女性よりもはるかに男性に惹かれていったこと。 

意を決して両親に相談した途端に何度もカウンセリングを受けさせられ、そして自分に対して距離を置き出した事。


「両親が僕から離れて行った時、オレは確信したんだ。世に一人で誰一人信用することはないって、でも君は違った。君はあらゆるものに対して傍観者になることがきて、この世から一歩引いた場所で物事を見ている気がする。でもそんな君に俺が心を許すことが出来るのはきっと、君が傍観者であるからなのかもね」


それはまるで僕の心の中を読んでかのように的確で、僕は正直照れくさいような、そして何故だかひどく嬉しかったのを覚えている。

それから何の問題もなく僕らは一緒に行動し続け、僕と一緒にいるためか、表面上とはいえ何人かの気の合う友人もでき始めた。

それは僕の人生の中で唯一の心から休める時間だったのかもしれない。


しかし、その生活も高3の卒業をもうすぐ控えたある日唐突に終わりを告げた。

その時僕と葵は違うクラスであり、僕はいつものように登校し、やることもなくただただ黒板を眺めていた。

すると隣のクラスから、何か激しい音と、ガラスの砕ける音。そして悲鳴が聞こえ教室を飛び出す教師や野次馬の生徒と共に僕もまた教室を出た。

それは葵の教室であった。

僕が廊下に出るとそこは教室から逃げ出す生徒と野次馬の生徒でごった返しており、まともに前に進めない状況であった。

しかし、その中に葵の姿は無かった。

もしやと思い、僕はごった返す生徒をかき分けながらどうにか教室の入り口に辿り着くと、窓ガラスはすべて粉々に砕かれ、整然と並べられているはずの机は辺りに散乱している。

そして何よりも僕を驚かせたのは教室の隅で血だらけで震える男の教師を、冷たく見下している葵の姿であった。

右手には椅子が硬く握られておりその端は赤い血が滴っている。

いつもきれいに整えられた髪の毛は乱れ切っており、その顔は血色を失っていた。

僕はその光景をただただ見ていることしかできなかった。それはこの光景がただ悲惨なだけでは無く、どこか美しさをはらんでいたからなのかもしれない。

僕が教室の入り口で呆然としていると、葵は僕がいる見ているのに気がついたのか僕の方をゆっくりと振り向いた。

そして、僕を見てゆっくりと弱弱しく微笑むと小さな声で ごめん と言った。

僕は葵に駆け寄って何が起きたのか尋ねようとしたが、それはなだれ込んできた複数の教師によって僕は押しのけられた。

そして声をかける所か、うなだれて教師に羽交い締めにされる葵の姿を何もすることが出来ずに見ている事しか出来なかった。

その後僕が聞いたことの顛末はこうであった。


それは意外に単純なことで、葵が今までどれほど追い詰められていた事に気が付けず、僕はそれを死ぬほど悔やむはめになった。


卒業式を控えて自分に酔った葵の担任が生徒一人一人にお祝いの言葉を贈っていた時のことだった。ごくごくありふれた光景だが、問題は自分の価値観をまるで真理かのように押しつけるその教師を葵が憎んでいたことだ。

葵の順番となり、その教師が言ったお祝いの言葉がこうだ。


「みんな、実は葵君は同性愛者なんだ。それなのに三年間みんなの中で頑張ることが出来て先生は本当に良かったと思っている。最初、葵君のご両親から相談された時はどうしようかと思ったけど本当によかったよ。」


その言葉を聞いた時、僕は怒りどころかあまりの頭の悪いセリフに苦笑すらしてしまった。

その言葉は無神経にも程がある上に、結局は難しい生徒を卒業させることが出来た自分に対する称賛を求めるもので、どこかの安いドラマみたいに葵が涙ながらに感謝してくれるとでも思ったのではないだろうか?

おそらく葵も僕と同じように考えたのだろう。その言葉を聞いて他の生徒が戸惑いながらも拍手をする中、葵はゆっくりと立ち上がった。

そしてそのまま自分の机を教室のガラスに向けて放り投げた。それはゆっくりと弧を描きながらガラスを砕き、窓の外へ落下していったという。

そして逃げ惑う生徒を尻目に机に当たり散らしながら葵は凍りつく教師に向かい、そして教卓の横にあった椅子を高く持ち上げ、ゆっくりとそれを教師に振りおろした。


教室から連れ出されたあと、葵は卒業まで学校に姿を見せることはなかった。

噂では葵の両親が学校に多額の寄付をしており、担任の教師に非があるとして激しく責め立てたため不問に終わったらしい。

それを聞いても連れ出される葵の表情が僕の脳裏に何度も浮かび、やりきれない気分のまま僕は、高校生活に幕を降ろす事になった。

その後僕は一度だけ、葵と電話で連絡を取った。直接会いに行きたかったが、その時はもう葵は福岡に旅立っていた。

電話の向こうで葵はずっと涙を流していた。 それに対して僕は 大丈夫だよ という無責任な言葉をかけることしかできなかった。

今、この瞬間僕の背中で泣く葵に対しても僕はまた 大丈夫だよ という無責任な言葉をかけることしかできていない。

僕は葵が泣きやむまで昔から全く成長できていない自分の無力さを嫌というほど痛感させられたのを、錆び付いた歯車がその身を削りながら動いている様に、

軋む心の中で感じていたのを覚えている。

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