2話 靄の娘
走馬灯って本当に見るものなんだな。
ふわふわした思想空間に、今までの人生がパノラマに映し出される。
改めて見てみると当たり障りのない人生だった。特に大きな経験と言えば、幼稚園くらいの頃にまだ生きていた冒険家の父に連れられて泣く泣く南極大陸へ行ったことか。あの時案内してくれたお姉さんは元気だろうか。まぁもう異世界にいるんだろうけど。
思えば父が死んでから特にこれといったことをしなくなった気がする。消極的になったのだろう。父が豪快で積極的すぎたのもあるが。
「...なさい...」
ん?何か聞こえた気がする。
「...ましなさい...」
また聞こえた。さっきよりもハッキリと。
「目を覚ましなさい...」
ハッ!と現実世界に引き戻される。そうだ、今俺は魔法使いのオッサンに追われていたところで...それで...?
「ようやく目覚めましたね。それでは大義といきましょう。」
目の前に、和服の美少女がいた。...空いた口が塞がらないとはまさにこれかと、突然のことに驚きを隠せない。
「どうしました?生きたいとおっしゃいましたよね?ならば、あの異界の者は討たねばなりません。柄をお握りください。」
「へっ?」
視点を下にやると、右手のそばに日本刀が落ちてる。右手のそばに、日本刀が、落ちてる。
「ヒェッ、刀!?」
冷静になるタイミングがまったくないが、よくよく考えてみたらこの娘...
「あぁ、靄の...」
幻じゃなかったのか。なんか脳の半分で走馬灯、もう半分で幻を見たのかと思った。
「すでに敵は本殿へ入っています。八峰結界に守られているとしても、あの規模の魔力を持った者なら数分程度しかもちません。」
怖い。なにこれ。めちゃめちゃ綺麗でさらさらなミディアムショートカットと、結婚式の早嫁が着るような和服、極め付きは羽衣という最高3点セットの揃った娘に凄まれる。
「えと...何をどうしたら...」
「刀を取り、戦い、勝つのみです。」
「いや! 無理だろ!あのオッサン飛び道具使ってくるんだぞ!」
「すでに私の魔力をあなたに預けています。魔力を込め、刀を振れば斬撃を飛ばすことも可能です。ただ、教えている時間はありません。もう、来ます。」
その言葉が終わると同時に、今周りを見て初めて気づいた8方を鳥居に囲まれた空間が裂けるように崩れた。
「な、なんだぁ!?」
情けない声で叫ぶことしかできない。気づいたらもうさっきの林の中にいた。
「ガッハッハッハァ!こいつはいい。武勲を挙げるどころか、特異点自らお出ましとはついている。」
オッサンがもうすぐ上空に立っていた。慌てて日本刀をかざす。
「凄まじい魔力だな...奪いがいがあるというもの!覚悟!」
(お腹に力を込めてください!)
!?脳に直接声が届く。あの娘の言ったとおりにへそあたりに力を込めた。
(右手を構えて、魔力を右手の平中央に集中!)
あたふたと言われたままにする。
「【火界呪!!】」
さっきも見た火炎の渦が襲いかかってくる。反射的に瞑った目が強制的に開かれた。
(目を逸らさないで!放出!!)
「うおおおおおお!」
ジュワッと一気に力が抜ける感覚があった。すると、目の前に薄浅葱色の靄が生まれる。
(衝撃、来ます!抑えて!)
もう一回へそに魔力を貯め、手から放出する。二重の靄となったソレは火を塞きとめるのに十分な硬度をもったのか、まったく俺にダメージはない。
「すげぇ...」
思わず声がもれた。自分が漫画やアニメのキャラクターみたいに、シールド的なもので炎を防いだ余韻に浸る...間もなく、次の指示が飛んでくる。
(刀を構えてください!先程の要領で魔力を貯めてください!)
「おりゃ!」
気合いを入れるための声と同時に脳に響く声に従う。魔力を貯めると、剣は薄浅葱色に輝きだした。
(振って!)
「ハァ!!」
思いっきり振り抜いた。当然、刀など扱ったことはないし、剣道部に所属していたこともないため、無我夢中で刀を振っただけにすぎない。でも、それで充分だった。
(眩い光の一閃。名を【瞬閃】。わたしとあなたの技です。)
光が引いていく...オッサンは消し飛んだのだろうか。そんな心配をよそに、あの煩い声がこだまする。
「やるなぁ、小僧!デタラメだが圧のある魔力だ。」
よく見ると右膝が大きく切れている。瞬閃でダメージを与えたのだろう。ただ、オッサンはピンピンしている。まだ戦闘は続きそうだ。
もう一度刀を構える。
「うむ、ここでやめにしよう。」
「えっ!?」
耳を疑った。ここで戦闘を中止するのか?
「いや、勘違いするな。貴様はワシの武勲となれ。だがこの脚では勝ち目も薄く、そのうち部下がやってきて手柄を奪われかねん。貴様は貴様で戦いがくしゃくしゃだ。少しでも時間が空けばマシになろう?このまま戦い続けて結末を神に任せるのも面白いが、建設的ではない。」
つまり、一旦の休戦勧告ってことか。
(どうすればいい?)
(乗るべきかと。少しでも時間が空けば、もう少し魔力の使い方も整えられます。断る理由はないでしょう。)
「わかった。でも条件がある。絶対この地を傷つけるなよ。」
「もとよりそのつもりだ。この大地を傷つけるような真似はせんよ。」
「あんた、名は?」
「そういえば名乗っていなかったな。ガルシアだ。」
そう名乗るとガルシアは去っていった。それを確認して尻餅をつく。
「あぁぁ、怖かったぁぁ。」
心臓がバクバクバクバクすごくうるさい。戦ってる間はハイになってたから気づかなかったけど、結構とんでもなく危険な橋を渡っていたと理解した。
「お疲れ様でした。アラタ様。」
「あぁ。どうも、って、俺名前教えてたっけ?」
「私の魔力を介して、少し脳の情報を頂きましたから。アラタ様の基本的な情報は承知しております。」
さらっと怖いこと言ってないかなぁ!?脳みそ筒抜けってこと!?
試しにあんなことやこんなことを考えてみよう。
......
「け、ケダモノ!」
あぁ、筒抜けだこりゃ。使いようによってはアリちゃアリだが、プライバシーのかけらもない。
赤面する女の子にどう言葉をかけるべきか...
「結構です!魔力を脳にためて、私への流れを塞き止めてください!」
ちょっとむくれて言う。アリ。言われた通りに止めた。またもや試しにあんなことやこんなことを...
「読めませんけど、なんとなく伝わってきますからやめてください!」
「すんません。」
よくわかるなこの娘。でもまぁおふざけはこれくらいにして
「色々聞きたいことがあるだけど...いいかな?」
「はい。もちろんです。立ち話もなんですし、本殿へ案内します。もう修復も済んだと思うので。」
ツカツカ歩いていく後ろについて行こうとするが、ちょっと気になることがあった。
「あの、ごめん。君の名前だけ今教えてもらってもいいかな?」
さっきから靄の娘とかこの娘とか結構失礼なことを思っていたから知りたかった。
「カナタ。アマミカナタと申します。」
この日から、俺の人生は思いもしない方向へ向かっていくことになる。
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