銭ゲバ侯爵、愛を見つける
俺、マクシミリアン・アントンは帝国の郵便事業を一手に引き受け、莫大な財を成した一族の長だ。
帝国の貴族制度改変に伴い、祖父の代で領主としての 地位を失ったが、代々名誉よりも金を欲する家系であるので、それも一つの転機として受け入れ、政治よりも事業に金を集中させ、さらに莫大な財と大陸を縫う情報網を手に入れた。
そんな俺達一族を帝国が手をこまねいて見ている訳がなく、俺の代になってから郵便事業を国家に売却するよう圧力をかけてくる。
「私の力が足りず申し訳ない」
「気にするな。お前が悪いわけではない」
皇子フランツとは幼馴染で気安い仲だが、彼に皇帝を諌めることを期待するのは酷である。
俺たちは郵便事業に拘りがある訳ではない。帝国が欲しいというなら精々高い値段で焦らしながら売ってやろう。どうせ官僚共には真の価値などわからない。
「フランツ、俺たちには俺たちのやり方がある。郵便事業は国がやれば良い。俺たちは別の金儲けの手段を見つけるだけさ」
地位よりも、愛よりも、金が全て。それが俺達の信念だ。
皇帝が亡くなり、フランツが皇位を継ぐことになった。まだ若い皇帝は、急いで花嫁を見つけるため、連日見合いに明け暮れていた。
ある日フランツが、彼の従姉妹でベイアーンの王族のヘレーネ姫と見合いをすると聞いた。ヘレーネは美女で淑女の鑑と名高く、皇太后が乗り気で新皇后の大本命だと思われた。
しかし見合いの場から帰ってきた新皇帝は驚くべきことを宣った。
「運命の恋を見つけたんだ」
「ヘレーネ姫か。やっぱり皇太后のお勧めは間違いなかったか」
「いや、私の運命の人は彼女ではなかった。ベイアーン公の次女エリザーベトこそ我が后に相応しい」
俺は耳を疑った。エリザーべトはヘレーネの妹でまだ十五になったかならないかの子供のはずだ。自由奔放なベイアーンの王族らしく、お転婆で有名だ。
そんな娘を皇太后が認める訳がない。帝国の后など務められる訳がない。「恋は人を狂わせる」か。
俺は甘い熱に浮かされた男を羨ましく思った。
人を金勘定で判断する俺たち一族には縁のない話だ。
その頃の俺は真剣にそう思っていた。そう、彼女に会うまでは。
フランツとエリザーベトの婚姻は華々しく行われた。若く愛らしい美貌の后は帝国民から絶大な支持を得た。
俺は、その喧騒の中で、一人影を落とす女性に心惹かれた。美しい黒髪。気品ある表情。強い心を感じさせる輝く瞳。皇后と良く似たその美女こそ、ベイアーンのヘレーネ姫だった。
「失礼。マクシミリアン ・アントンです。皇后の姉上のヘレーネ姫ではありませんか?」
「……郵便王のアントン侯ですね。存じております」
ヘレーネは興味がなさそうにすぐに目を逸らした。
俺は、その信じられないほど美しい肌に、神の作りし至宝のような横顔にしばし見惚れた。
フランツの眼は節穴だろうか。これ程までに美しい人を眼前にして、あの小娘を選ぶなんて。
俺は初めて金儲け以外に自分の心が動くのを感じた。
手に入れたい。
そう感じてすぐに俺はどうやって彼女を手に入れるかを算段した。
幸い、フランツとの見合いに失敗したばかりの彼女に見合い話はまだなかった。
俺は金をばら撒き外堀を埋め、まず彼女の両親を説得した。
彼女も親に言われて断ることはできない。
何しろ「淑女の鑑」だ。親の言うことに逆らう筈が無い。
全て上手く行ったと思ったが、思わぬ横槍が入った。
彼女の従兄弟でベイアーンの現国王ルートヴィヒが俺が領主でないことに難色を示した。
いくら大陸一の大金持ちであっても、領主でない者の血は高貴で無いので、ベイアーンの王族との結婚は認められないと言うのだ。
「おい、フランツ。お前の仕出かしのけりを俺が付けてやるから、協力しろ」
俺はフランツに取りなしを頼んだ。いくらベイアーン王と言えど、皇帝の言うことに逆らえるはずもない。
結局、十年以内に郵便事業を帝国に全売却することと引き換えに、俺は愛しい女を手に入れた。
「恋は人を狂わせる」、俺も同じ穴の貉だ。それでも多幸感はあれど後悔はなかった。
ヘレーネは淑女であるだけでなく賢い女だった。
四人の子を産み育て、俺の死の後も子供を支え、アントン家をさらに発展させた。
俺との生活はたった九年。それでも彼女は俺にこの世で得られる全ての幸せを与えてくれたのだ。
フランツがエリザーベトと皇太后の間に挟まれ苦しみ、その夫婦仲も壊れていくのと対称的に、俺たち夫婦は短くはあったが、確かな愛と信頼に結ばれた。
地上を旅立つ愛しき人よ、今迎えに行こう。
そして常世でも永遠に寄り添い合えるよう、その手を繋ごう。
了
皇妃エリザベートとフランツヨーゼフのストーリーは、リアルで「なろう系」ですよね。
ルドルフ皇子の「うたかたの恋」は好きです。