5.ミィスの家と仲間のお話
3人はふわふわと浮き、森を超す。歩くよりもはるかにはやくひとつ森を抜けると、見えるのは小さな一軒家。その向こうには更に森が広がる。
森に囲まれるように立つ孤立した家。
ここが、ミィスの生家。
「シュトリヤ、ここがわたしの家だよ!いらっしゃい!」
「ここが…!森の中だわ」
幼馴染といえど、ミィスの家に来たのはこれが初めてだった。
姫であるシュトリアが特区の外に出るのは仕事か目的地が決められた休暇のみ。
「森の中なの…わたしはこれが普通だと思ってたの…」
魔物が出やすい森の中にぽつんと家があることが異常だった。
普通は魔物除けの魔具を埋め込んだ塀に囲まれた町に家を構える。
しかしここが、初代から受け継ぐ家だからと誰も引っ越さなかったらしい。
ミィスももちろんここに住んでいる。
「結界ね」
地上に降り立ち家へ入ろうとすると、シュトリヤの肌が震える。
「え?」
「このお家、強い結界が張ってあるの。とても高度な魔法だわ。おそらく、大魔導士じゃないかしら」
初代勇者アーラの仲間である魔法使いは数々の魔具を遺した天才だと今でも語られており、勇者、最初の王に続く有名人だ。
「へえ、そうなんだ。確かに周りには魔物でるけど、家には入ってきたことないなあ」
知らなかった、と呑気に関心するミィス。
ことのすごさがミィスにはいまいち理解できていない。
「ミィス、すごいことなのよ。千年も結界が維持されているの」
いままでにすごい魔法や魔具は平和な世で少しずつ失われている。
「あ、そうか…じゃあ、この本もアンブローズが作ったものかも」
部屋にはいり、本棚から小箱を取り出す。
「これが?」
「うん。勇者の髪に反応するようになっているの」
白金の髪を一本抜き取り、小箱に乗せる。
すると、髪は中に吸い込まれ、カチリと音がする。
「これが、多分手がかりになる本だと思うの。でも、わたしでは読めなくて」
差し出す本は、裏も表も白。
開いた最初のページに一言分だけ文字が書かれている。
「古代文字、ね。ごめんなさいミィス。わたくし古代文字は読めないわ。それにしてもすごい魔具」
本も、収納されていた小箱も魔具と呼ばれる魔法で作られた道具。
現代にも多く使われ、皆が所持する端末ももちろんそれだ。
しかし古代に作成されたものは現代では失われた技術となっており、とてつもなく高い価格で取引される。それこそ一生働いたって普通の家庭では手に入れられないくらいに。
「まちがいなくこれは、千年前のアンブローズの作品ね。城で見た物と同じ魔力を感じるわ」
「そう、じゃあアナトーレに、」
古代文字が読める仲間に頼ろうと扉の方を振り返ると後ろには背の高い獣人と、小さな鬼人。
「あ」
その後ろにミヤビ。
にやにや笑っているのが見えた。
ミィスを見る獣人、アナトーレの目は冷え切り鋭く光り。
鬼人、エリューの大きな丸い目は半眼になり逆に光がない。
「ごごごごごめん!!ごめんなさい!!!」
その目を見た刹那、がば!と勢いよく腰を折るミィス。
頭が床につきそうなほど。
「ふっ」
「あはは!」
それを見届けると2人は笑いだす。
「え…?」
「怒っていません。ミィス、顔を上げてください。」
「そうだよ、ミィス!おこってないよ!」
言葉に従いおそるおそる顔を上げると、苦笑するアナトーレと満面の笑みを浮かべるエリュー。
「あ、あれ?」
「怒らないよ。ミィスはボクたちを護ってくれたんだもん」
「おかげであの場で釈放されました。連れていかれたのはセレネルだけです。でもちょっとだけ、頼ってほしかったんですよ」
「だから驚かせちゃった。てへ」
「びっくりした…よかった。ありがとう」
「でも、連絡に出なかったのは何故ですか?」
連絡、とは端末同士のリンクでできる会話機能のことだ。双方向で繋げば、互いの声を繋ぐことができる。
「気づいてはいたんだけど、でも、やっぱり巻き込めないって思った。それに、罠かもしれないとも思った。みんなが解放されているかがわからなかったから。」
「そうですね、良い判断です。」
「しかたないね」
「でも、探してくれてありがとう。…本当に」
改めて腰を折り礼を述べる。こんなに心強いとは思わなかった。ほっと肩の力が抜けたのが自分でもわかるほど、緊張していたのだと今になってわかった。
「ミィス、そろそろ紹介してくれない?」
横でほほえましそうに眺めていたシュトリヤが口を開く。
「あ、うん。背の高い方がアナトーレ。19歳、獣人。同じ学園の先輩にあたるね。今は特区第一門の門兵長」
もともと高い身長を、さらに15㎝のフレンチヒールのパンプスで底上げしているすらりとした美人。深い海のベリーショートの髪は右側だけ長く、細く編まれている。切れ長の釣り目は寒々しくも澄んだ冬空の色。
「初めましてシュトリヤ姫。槍と召喚魔法が使えます。」
「召喚魔法?!古代魔法の中でもとても高度なのに、すごいのね」
「いえ、私の場合、家が代々そうなので。父も母もお世話になっています」
「ああ、もしかして二番隊の隊長と副隊長のグリゴロス家かしら。」
「ええ。」
「それでも召喚魔法は誰でもできるものではないわ、優秀なのね」
古代魔法とは今はほぼ失われた魔法を差し、その中でも召喚魔法は難度の高い魔法とされる。グリゴロス家は代々召喚魔法を受け継ぐ名門貴族でもあるが、もちろん血筋だからといって扱えるほど安い魔法ではない。
互いに膝を折り、上流階級の令嬢らしい挨拶を交わす。
「こっちがエリュー。10歳、鬼人。料理がすごく上手。」
「はじめまして、シュトリヤ姫様!よろしくね!」
前に一歩出るのは褐色の肌にミルクティ色の長いストレートの髪が目立つ、背の低い少女。
大きな丸い目は初夏の瑞々しい若葉色。
露出を好む鬼人らしくない長袖のブラウスに、ふんわりと膨らむ青色のスカート。たっぷりの膨らみを作るのはフリルが何重にも重ねられたペチコート。
靴を履いていない代わりに足首にはスカートと同じ青のリボンが結ばれている。
そのリボンには鈴がついており、慣れない動作で膝を折ると、さっきまでは少しも音をたてなかった鈴が小さくちりん、と鳴る。
微笑ましいその姿に思わず浮かんだ笑顔のままそっと近寄り、両手を取るシュトリヤ。
「初めまして、エリューさん。ミィスのこと助けてくれてありがとう」
「うん!」
屈託のない笑顔にシュトリヤもつられて笑う。
「これが、わたしの仲間。シュトリヤを助けるために、弱いわたしを鍛えてくれた」
「そう…ありがとう。わたくしのために、ミィスのために。今までも。そして今も。」
跪いて頭を垂れるシュトリヤに、息をのむ3人。
最上級の感謝のしるし、王家の者が行うことは決してない。
「でね、みんな!シュトリヤ!わたしの大切な人。」
「知ってる。ミィス。本当に素敵な人だね!」
駆け寄り腰に抱き着くエリュー。
「でしょ!あ、エリュー、これ読める?」
「んー?むり!」
持っていた本を差し出すがすぐに首を横に振る。
「アナトーレは?」
「この文字は"白の書"と。けれど中を読む方法まではわかりません。しかし、ここには文字が確かにかかれています。魔力は感じます」
「そっかあ」
「そしておそらくこの本は対になっていると思われます」
「対?」
「こういった古い魔具で"白"と付くものは大概が"黒"と対に作ります。きっと、テミスラの家にあるんでしょう」
「ああ、なるほど…じゃあセレネルでもダメなら聞いてみよう」
「そのセレネルやけど、処刑やって」
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません