4.群と再会のお話
「あ、いけない。はしゃいじゃったけど誰もいないよね」
そわそわと周りを見渡すミィス。
「大丈夫よ。森に続く道なんてだれも来ないわ」
「魔法長いこと使ってたけど疲れてない?大丈夫?」
「大丈夫よ、これくらい」
これくらい、という言葉に苦笑いを返すミィス。
人に何か影響を与える魔法は上級魔法で、使えるものも少ない難しい魔法。
それを継続してかけ続けることがどれほど難しいことか。
人気の全くない道を進と森に入る。
「魔物は出るけど、人はいないだろうしこっちを通ろう。」
「ええ」
「じゃあ、まずわたしの家に行こ。余ってる部屋もあるから、シュトリヤの端末もリンクしちゃおう」
一度繋げば便利なリンク機能だが、一度目は端末を直接対象に触れさせる必要がある。
「一緒に住むみたいね!」
「ぶっふぉ」
嬉しそうにはしゃぐシュトリヤに噴き出すミィス。
「夢だったの!ミィスと一緒に住めたらなって思ってたから!」
「い、いや住めないけど…ああああああの、わたしの家に伝わる本があるの」
無邪気にはしゃぐシュトリヤの言葉に戸惑いと動揺が隠せない。
「本?」
「う、うん。きれいな白い装丁の本で、中も真っ白で、わたしには読めなかったんだけど…でももしかしたら何か手がかりになるかもしれない。手がかりであってほしい」
代々大切にされている宝だと両親が残した手記には書かれていた。
ただし両親も知る限りでは中身を読めた話すら聞かないらしい。
勇者の家系はよく言えばおおらか。つまりは大さっぱで無頓着な人間が多く、読めない本が家宝にされていても気にしないようだ。
事実ミィスもこんなことにならなければ気にも留めなかった。
「そう、じゃあ行きましょう。」
「うちはここと同じ2区だから、そんなに遠くないよ」
道は整備されているが、人気のない森を進む。警備隊が警邏していない道は格段に人に会う可能性が減る。稀に警備付きの輸送隊と出会う程度。
「シュトリヤ、敵と魔物はとりあえずわたしが倒すからね。」
「わたくしも戦えるわ」
息巻くお姫さまに苦笑いを返すミィス。
「シュトリヤは武器ないでしょ、さっきの町には銃、売ってなかったし」
学園でひとつは身に着ける専門にの武器だが、シュトリヤは近年広まりはじめたばかりの銃だった。
まだこの辺りの町には売られていないらしい。高価なので特区や産地でくらいしか見かけないだろう。
「わたし、強くなったんだから。見ててよ、ね?」
ちょうど現れた魔物に剣を抜く。
「わかったわ。見せてね、かっこいいとこ」
にこりと微笑むシュトリヤに一瞬見とれる。
「あああもうやめてシュトリヤの笑顔ってほんと凶器なの!」
叫びながら目の前の魔物を一撃で屠る。森トカゲだ。
この辺りには多いがそんなに強くはない犬ほどの大きさの魔物。森に棲むので森トカゲ。
正式な学名は長々とついているが、普通はそう呼ばれる。
そもそも城や重要施設の集まる王都特区を囲む1~3区に出る魔物はさほど強くはない。
着地した足をそのまま踏み込み、2匹目。
白金の髪が翻り、光の線を描く。
「ミィス、いけないわ、群れよ!」
稀に発生する、魔物の群れ。同種の魔物がその場にたくさん発生するのか、集まるのか。詳しいことはわかっていないが年に数回あるかないかという奇跡的な確率だ。
森トカゲが約30匹。決して倒せない数ではないが、丸腰のシュトリヤがいる。
「なんで、今!なの!」
さっきまでよりもスピードを上げ軽やかに、舞うように剣を振るう。
「数が多い!シュトリヤ街までもどっ…!?」
声を掛けるために振り返った瞬間、上から降ってきたのは派手な桜色の長髪。
王都の外、海を渡った遥か東の国に咲くという花の色だ。
「なんで端末にではらへんの!」
「えっごめん!」
なぜか会った途端に怒鳴られて反射で謝るミィス。
「あれ、なんで怒られてるのわたし」
「はあ。…探したんよ」
「ミヤビ、どうして…?」
きらりと翻すのは刀という王都にはない美しい武器。東の国の特産である。
「ええから倒すえ。手伝うたる。ほんまに引きええなあ。」
「うん。ところでミヤビって強いんだっけ」
2人いることで先ほどより余裕の表情で敵に向かうミィス。
ミヤビはその言葉の返事替わりに妖艶に微笑むと、そのまま手首を返して一匹屠る。
「ミィス以外はそもそも敵にならへんしなあ、ま、そないに強いわけやあらへんよ」
「ああ、そうだった。ごめんね、わたしにはよくわからなくって」
ミヤビを見て動きが格段に鈍くなる敵を、2人は軽やかに、舞うように倒してゆく。そこに無駄な動きは一つもなく、精錬された美しい戦いだ。
「ふふ、拙は嬉しいんよ。せやから、ここまで来てんし」
無事最後の一匹を倒し、キン、と美しい音と共に腰の鞘に刀を納めた。
「来てくれてありがとう、ミヤビ。」
ミィスの視界に入っているのは、澱んだ魔宝玉が揺れる右耳のピアス。
魔宝玉は短時間に何度も使えば濁り、再び澄んだ色に戻るまでは使えなくなることがある。
元の色はランク4の赤。
レア度はランクで表すが、同一レア内でも純度が高ければ高いほど濁りにくく復帰が早い。
ミヤビのピアスは最高純度のものだったが、それが今は黒い澱みが浮き輝きが失われている。
そうなるまで何度も使ったということ。
使っていた魔法は<天ノ羽衣>。
空を飛ぶことのできる珍しい魔法だ。
「…ええよ、間におうたみたいやし」
視線に気づき、右耳をそっと髪で隠す。
「お待たせシュトリヤ、紹介するね。ミヤビ・花宮。東の島国出身なんだって」
「お初お目にかかります。ミィスから話はよう聞かせてもろとります」
にこりと妖艶に微笑む。
「ミィスがお世話になったのね、感謝するわ。敬語は結構よ、もう姫のつもりないしそもそもあなたの国の姫ではないのだから」
「ほな、そうさせてもらおかな」
「…ところであなた、変わったスキルを持っているのね」
「ああ、弱めるわあ。堪忍な。拙のスキルは【魅了】言うて。常時放出型で、今んとこ効かへんのはミィスくらいやねえ。強弱は多少つけられるんやけど」
「シュトリヤにも効くのね。やっぱりかわったスキルだねえ」
「ええ、不愉快だわ。強制的に心臓の高鳴りと顔の火照りを引き起こす、気持ちに関係なく。」
美しい眉をひそめ、少しだけ赤らめた顔でミヤビを見やる。
「みんなそうなんだって。でもたぶん、シュトリヤは軽い方。」
「そうやねえ、普通ははっきりと自覚症状はでえへんよ。まあ他の3人も軽いんやけど、初対面の時やったらそれ以上やんねえ」
「ね。さすがシュトリヤ」
この程度であれば同行に支障はないと胸を撫でおろすミィス。
端末に絶えず届いていた連絡を拒んでいた理由の一つでもあった。ひどいと腰が砕けて歩けなくなるほどだ。同行はできなかっただろう。
「…ちがうわ。わかるの。知ってるの、これを。他の人に、だなんて本当に不愉快だわ」
「知ってる?」
「いいの、ミィスは気にしないで。」
同じ、少しあからめた顔をミィスに向けて笑うシュトリヤ。
「ああ、なるほどなあ」
ほほえましそうに目を細めるミヤビ。
「え、なに、なんでミヤビにはわかるの」
「君たちよりも一応年上やからねえ。さ、おしゃべりはここまでにしよか。2人、君ん家で待ってるんよ」
「え?2人も?」
「もちろん。拙とアナトーレは飛べるやろ、距離を出せる拙が遠く、アナトーレとエリューが近く探しとったとこ」
「そっか…ありがとう。ごめんなさい」
「ええよ。ただ、連絡拒んではったことは後でちゃあんと説明してな?」
本当にうれしそうに笑う笑顔に、つられて笑うミィス。
「よかった。ミヤビがいてくれると心強い。行こ!」
「ああ、待ち。<天ノ羽衣>で行こ」
「わかった。お願いするね」
「ああ。でも1人ずつやから、君から…」
「待って、ミヤビさん。わたくしの魔法で増幅すれば一度に3人分かけられるわ。魔力は足りるわね?」
「へえ、姫はんも変わった魔法使わはるんやねえ。魔力は大丈夫やで」
「ええ、ミィスの、役に立つために」
ミィスの、というところの語気を強めてにっこりと笑う。
圧を込めて。
「拙は、ミィスのこと友達やとは思とるけど今はそれだけやで」
そっと耳元で囁く。
「それは、わからないことだわ」
瞳を細め、囁き返す。
ミィスは、仲良くなれてよかったな、と見当違いに胸を撫でおろす。
シュトリヤもミヤビもあまりに友人がすくない。
「じゃあ、合図したら掛けて」
「いつでもええよ。」
「――かさね かさね」
両手を前に出す。
左手に嵌めた手袋の甲を飾る金の魔宝玉が淡く光る。
ここでちら、とミヤビに目配せする。
「――纏うは天女の加護」
「<天ノ羽衣>」
魔法名を唱えると、濁った赤の魔宝玉が振り絞るように輝く。
「――三重に 累て」
「――覆せ」
「<プログレ・エフェクト>」
シュトリヤの手の甲の飾りが金に輝くと、3人は宙にいた。
「まあ…!」
ぱあ、と顔を輝かせるのはシュトリヤだ。
意外そうな顔を向けるミヤビ。
「シュトリヤはお姫様だから、外ではしゃんとしてるけど、すごくかわいいんだよ」
「せやねえ、君から何べんも聞いとったけど、実際みるとやっぱりびっくりするわあ。ぎゃっぷってやつやねえ」
「空を飛ぶなんて、初めて!すごいわ!」
「シュトリヤ、手つなご。慣れてないでしょ、飛ぶの」
ミィスははしゃぐシュトリヤに、初めてこの魔法をかけられた日の自分を重ねる。
ついでに無様に頭から床に突き刺さったことも思い出し、青い顔で手を差し伸べる。
シュトリヤのそんなところは見たくない。
「え、だいじょ…あっええ!ええ!」
既に平行を保てていたシュトリヤは、あわてて少し体制を崩し、両手でミィスの小さな手を包む。
「じゃ、いこっか!」
「ええ、よろしくね、ミィス」
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません