3.能力とデートのお話
3話目です。本日投稿分はここまでです。
窓から飛び出したミィスの目に映るのは、晴れ渡る空。
そして。
「湖!?」
慌てて手をつないでいたシュトリヤをしっかり抱き締め、自分の背中から着水。
「いっ…」
(たい!!!)
水中で思わず声を出しかけ慌てて口をつぐみ、シュトリヤをまず水から出す。
重いドレスを気遣い、手を引き城の対岸まで泳いだ。
なぜか追手は1人もいない。不審に思いつつもひとまず安心する。
「シュトリヤ、けがはしてない?」
「ええ、ミィスのおかげで。ミィスは?」
「大丈夫。頑丈だから」
と、シュトリヤに笑いかけると、濡れた豪奢なドレスが体に張り付き、あらわになったバランスの良い美しい肢体がミィスの目に飛び込んできた。
同性からみても美しい姿に思わず赤面し、あわててブレスレット型の魔具を起動する。
「な、なにか服を…」
「そうね。わたくしはドレスしか持っていないし、何か貸してもらえる?」
転移魔法で自宅のクローゼットとリンクされているこの魔具、通称"端末"は、王都ではすべての人間が生まれたときに配布される。それはブレスレット型であったり指輪型であったり形態は様々だ。
他にも個人間の連絡や、娯楽もこなす万能の魔具。長々とした正式名称がついているが、ふつう端末とだけ呼ばれる。
「とととと、とりあえず。後で買おう」
と空中に表示される自宅クローゼットから自分の分も含めてワンピースを2着取り出す。
「ありがとう」
顔をあげられず、耳まで赤く染まった顔のまま服を押し付けるミィス。
きょとん、としながらも言われた通り渡された服に着替え始める。
「はわわめがみ」
あまりの美しさに語彙力が喪失し、呆然と小さくつぶやき背を向けてミィスも服を着替える。
脳裏に焼き付いたシュトリヤの姿を追い払うように頭を振る。
「ごめんなさい、伸びてしまうかも…」
着替え終わったらしいシュトリヤがおずおずと申し出る。
シュトリヤはミィスより10㎝近く長身だが、それにしてもずいぶん窮屈そうだ。
「…。……。」
思わず自分の体に視線を落とす。
つまさきがよくみえる。よく、みえる。
この靴セレネルがくれたのだけどかわいいし履きやすいし最高だなあ…と現実逃避し、虚ろな眼でシュトリヤ(の胸)を見る。
決して大きすぎるわけではないが、美しいサイズ感。
それを強調するような細い腰。
形のいいおしり。
何をとっても完璧だ。そう、女神。まさに地上に降りたった女神。
髪を絞る姿も何か絵画の作品のようにすら見える。
わあ、ドレスってほんとただの飾りなんだ・・・と白目になったところで我に返る。
シュトリヤは昔から美しかった。何を今更。ようやく現実にかえってくる。
おかえりわたし、今日もかえって来られた。
「一応着られてよかった。風邪をひくとよくない。このドレスは、」
クローゼットに入れておけば勝手に乾くのでそれを提案しようとする。
「ミィスのクローゼットで乾かしたら売ってしまいましょう。邪魔だわ。お金が必要なら他のも取り出すわよ。」
提案以上の答えにたじろぐ。
全て吹っ切れたようなすがすがしい笑顔。これが強がりではないといい、と気にかけつつ、態度には出さないようにおなかに力を籠めるミィス。
「そうだね。じゃあ近場の街に行こう。その前にステータス、見せてくれる?」
「そうね。<スキル・プリント>」
魔法名を唱えると、中空にシュトリヤの現在の能力が示される。
学園でまず習う、誰でも使える魔法。自分のスキルや魔法を空中や紙に記すことができる。
詳しくわかるわけではないので、目安程度だが、それでも普通は信頼している者にしか見せない。
【スキル】崩壊
【魔法】<プログレ・エフェクト>
<インビジブル・リング>
スキルとは生まれや種族、経験によって発生することがある特殊能力である。
「崩壊って?」
有名なものでは鬼人が多くもつ耐異常や、うさぎの獣人がもつ危機察知能力など広く知られているものもある。
「たぶん種族のものだと思うわ、鱗が出た日に発現したの。効果はわからないわ」
発動のトリガーもわからない、不思議なスキルも世の中には存在する。
「わたしのスキルもよくわからないんだよね」
隣にミィスもステータスを表示する。
【スキル】勇者
【魔法】<スパークル・レイル>
「両親なら分かったと思うんだけど、聞く前だったからなあ」
両親はまだミィスが3歳の頃に水難で亡くなった、と何かと気にかけてくれた王から聞いていた。しかし王も勇者の血筋について詳しいわけではなく、わからないことが多い。
「<プログレ・エフェクト>は効果を多重に増やす魔法、<インビジブル・リング>は姿を消す魔法よ。」
「すごい…でもどうしてこんな魔法?お姫様らしくない、ような。回復系とか、イメージだけど」
魔法は学問だ。基礎を学び、自分で編纂して発動する。ここには基礎以外で自分が編纂した魔法が載る。
いわゆる初級魔法は習えば誰でも使える可能性があるが、自分で編纂して作り上げる中級以上の魔法はきちんと構造から効果まで考えないと発動しない。
人間は魔法があまり得意な種族ではなく、ミィスも例にもれず苦手だったがようやく初級魔法をもじって発動させることができたのが唯一の魔法だった。
「ミィスのサポートがしたかったのだけど、学生時代は使わなかったわね。でもやっと役に立ちそうだわ」
学生時代に数々のトラブルを解決してきたミィスの隣にはいつもセレネルがいて、それを悔しく思っていたと恨みがましくつぶやく。
「ご、ごめん、さすがにお姫様を巻き込めなかったよ。じゃあシュトリヤは透明になっててくれるかな」
こんなにきれいな人はどう考えても目立つしシュトリヤはそうでなくてもお姫様だ。
顔を知られている。
こくりと頷き、手を胸に当てる。
「――廻れギュゲースの指環」
魔法を発動させる呪文を紡ぐ。その言葉に反応し、魔宝玉が輝く。
初級以外の魔法は一つにつき魔法玉が一つ必要で、シュトリヤは3つ所持している。予備として多めに所持するのが一般的だ。
瞳と同じ紫の髪飾り。
手首よりも浅い手袋の甲の飾りは金。
そして今輝いているのは白の魔宝玉が飾られている指輪。
色によってランクが異なり、使える魔法も限られる。シュトリヤの魔法玉は上位3つ、どんな魔法でも使えるとされる代物だ。
ただでさえ高価な高ランク魔法玉に、細かい細工まで施されており装飾品としても至高のものばかり。ただしそれらの美しい装飾具をもってしても、シュトリヤの美しさには遠く及ばない。
「<インビジブル・リング>」
最後に魔法名を唱えると、美しい姿は隠された。
「あ、これ私からも見えない、どうしよう」
「お話はできるわ」
「よかった。よし、じゃあ行こう。肩、触っててくれる?」
「ええ。・・・ミィス、あなたの髪も目立つと思うのだけど」
世界中を探しても今この髪を持つのはミィスだけだ。
「確かに。ミヤビがいたら魔法かけてもらえたんだけどな」
別れた仲間の魔法を思い浮かべつつ再度端末を操作し、帽子を取り出す。
その中に目立つ髪は全てしまってしまう。
「これでなんとか隠せるかな?」
「そうね、大丈夫だと思うわ」
ほわほわとした口調のシュトリヤに、はっとするミィス。
大事なことはいつも相談していたセレネルは今いない。
アドバイスをくれたアナトーレも、失敗をフォローしてくれるミヤビも。
一緒に先陣を切るエリューも、いないのだ。
シュトリヤの命は自分にかかっている。それを初めて自覚し、背中がすぅっと冷える。
一見しっかりしているがお姫様だ。わりと天然で世間知らずなところがある。
しっかりしないと。
そして、間違えないようにしないと。
改めて決意し、きゅ、と口を結んだ。
――2区、西門の街
ミィスはシュトリヤ救出前の最後に立ち寄った町へ案内した。王都はどこもそうだが、小さい町ながらそれなりに人と物が豊かだ。
どの町も概ね平和で、人と物が豊かで、幸せな風景が広がる。
この平和が千年続いているのだから、シュトリヤの血族は本当に優秀な統治者なんだろう。
だからこその、今回の決断だったのだろうか。
どんな気持ちで下したのだろう。
「シュトリヤ、好きな服選んでね」
考えを振り払うように、努めて明るく声をかける。
女同士でよかった、とほっとする。服を選んでいても自分のものを選んでいるようにしかみえないだろう。
「ふふ、わたくし自分でお買い物ってはじめて」
小さいがうきうきした声でささやく。
「そうだ、ミィスの服も選んであげる」
「えええ、わたしのはいいよ、」
「いいじゃない、せっかくだもの」
「じゃ、じゃあ…」
「ミィスには黒が似合うのよ。その白いワンピースはどうしたの?ミィスが選びそうにないかわいらしいデザインだけど」
「これはセレネルが…」
「あの男は本当にだめね、わかってないわ」
名前が出た瞬間に柳眉を歪め、忌々しそうにつぶやく。ミィスに顔は見えていないが、よく見る顔ではあるので安易に想像はつく。
共に幼馴染のはずだが、昔からセレネルとは意見が合わないようで、よく口論になる。
城でもたびたび見かけられているので、日常茶飯事なのだろう。その場にいなくても同じらしい。
「これがいいわ。ミィス、わたくしのは決まった?」
「あ、あの、その服のデザイン違いがあるの」
普段ドレスしか着ることができないシュトリヤとの身分違いでできなかった、おそろいだ。
「あの…だめかな」
「もちろんいいわ、素敵よ。おそろい、ね」
ミィスの意図を汲み、嬉しそうに笑い声を漏らすシュトリヤ。
そしてテンションの上がったシュトリヤによって大量に、お揃いの服を購入することになる。
――数時間の後。
町をでて人気のない小路。森へ続く道。
「――背けギュゲースの指環」
再びシュトリヤの指環の魔宝玉が光り、消えていた姿が現れる。
ミィスのトップスと同じデザインのワンピースを身にまとっている。
ハイネックのノースリーブで、背中が広く空いている。
ミィスは黒、シュトリヤは白。
「シュトリヤ、似合ってる。」
髪型も服に合わせて背中が見えるようにアレンジしていた。
「ミィスも、よく似合ってるわ。やっぱり脚がきれいね、背中と」
うっとりと黒のショートパンツから伸びる脚と、ラインがくっきりと出る背中を見つめるシュトリヤ。
つつつ、とその背中を撫でる。
「ひいい、そ、そうかな?」
盛大に肩を揺らし、真っ赤になるミィスを眩いほどの笑顔で見つめる。
「ええ。前から思っていたの。ミィスは背中と脚は出すべきよ」
「ええええ、えっと、シュトリヤも、脚きれいだよ、すごく」
「今はだめよ、目立ってしまうわ」
シュトリヤは目立つ竜の鱗を隠すために、タイツで覆った上に更にブーツで隠している。
「そっかあ…でも鱗もきれいだったからちょっと残念」
「ありがとう。そのパンプスもかわいいわ、ずっと履いているわね。それは?」
「あ、これはセレネルから卒業祝いにもらったの。かわいいよね」
「…。……。………あの男にしてはいい趣味ね」
美しい顔を不服そうに歪め、たっぷり沈黙ののちにようやく口を開いた。
苦々しそうに。
「そんな不服そうにほめなくても」
学園の卒業祝いにセレネルから贈られた、黒のパンプス。
かかとのリボンが揺れる、細かいところまでこだわって作られたもので、15㎝の細いヒールが少しだけシュトリヤとの距離を縮める。
「…シュトリヤそのヒール何センチ?」
「10㎝くらいかしら?」
たった5㎝とは本当に少しだったな、と肩を落とした。
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません