2.矜持と決断のお話
2話目です
「納得…?シュトリヤは、わたしの大切な人、なのに…?」
ミィスはぎり、と手を強く結ぶ。
「わたくしも、お話を聞いて、決めたの。わたくしがこの世界を滅ぼすのであれば、それは、絶対嫌だわ。」
「世界を滅ぼす"かも"しれないから、殺す…?」
抑えていた感情がふつふつと湧き上がるようだった。血が沸騰しているように体があつい。
「それに何より、竜になってしまえば、きっと"勇者"と戦うことになるわ。わたくし、勇者と戦うなんて、いや。それだけは、絶対にいや。」
取り乱すことはしないが、なんども嫌だということを繰り返す。それは、死ぬことよりも、なによりもいやなことだと。
「そんな…」
すーっと、息を吐いて沸騰しそうだった身体と心を落ち着ける。
「そんな、憶測ばっかりのお話で、大切な人を殺すからって言われても」
ふ、と力を抜いて笑う。心底馬鹿馬鹿しいと思った。
「けれど」
「それに」
何か言いかけるテミスラを遮り、まっすぐ見据える。
「誰かが犠牲になるなら、それは平和って言わない。」
胸を張る。勇者としての矜持が間違いだと告げていた。
「そんな偽物の平和、わたしは認めない」
これは決意だった。ミィスが勇者としてここに立つための。
「わたしは、シュトリヤを信じる。だから、世界は滅びたりしない。」
言い終わると、すらり、と聖剣を抜く。
「わたしは、シュトリヤと生きたい。だから、護る。何からも。」
その言葉に、息をのむシュトリヤ。
2人が初めて会った幼い日、交わした約束。
「わ、わたくしのこと、怖く、ないの…?」
「怖いわけない。だって、私の知ってるシュトリヤは、誰よりも優しくて、国と民を大切にする人だから。」
おびえるように揺れる瞳を優しく包むように微笑む。
「世界を滅ぼしたりするわけがない」
安心させるように優しく、けれどきっぱりと心から断言する。
「何度だって言うよ、わたしはシュトリヤを信じる。ねえ、シュトリヤ。シュトリヤは、わたしを信じてくれる?」
笑顔で問いかける。護ると約束した日、信じると約束した日。互いのゆびを結んだ幼いあの日の誓いをどうか覚えていてほしいという願いも込めてまっすぐにシュトリヤを見つめる。
「…!わたくしも、ミィスを信じます。ミィスはきっとわたくしを何からも護ってくれると」
あの時と同じ返事。
「よかった、覚えててくれてた」
自分だけの誓いではなかったと、結んでいた口元が綻ぶ。
「何もないわたしを信じてくれてありがとう。わたしは誇らしく思う、シュトリヤに信じてもらえていること。」
幼いころから変わらない、気高い心を持つシュトリヤに憧れ。そしてそんな彼女が自分を信じてくれる限り、何からも護ろうと決めた。
あの日の約束を、決して嘘にはしない。やっと、それを証明できる日が来たのだから。
剣を握る手に力を籠める。
あと数歩、駆け寄りシュトリヤの手をとれば、晴れて反逆者だ。
代々の勇者達にも軽蔑されるだろうか、とうっすら記憶に残る両親の顔がミィスの脳裏によぎる。そしてすぐに答えは出る。
「ここで見捨てるなんて、勇者じゃないよね!」
声を張り上げシュトリヤに駆け寄り、伸ばされた手を取る。
自身の背中側に寄せ、テミスラから距離を取った。
「な…!何をしているか、わかっているのか?」
予想していなかった展開に、目に見えて狼狽える。
「あなただって本当はわかっているはず。ほんとうに同じ勇者の血筋なら、これは正しくないって」
「君のそれ、は、きれいごとだ。うまくいくわけがないんだよ。」
ゆっくり諭すように、そして自分を納得させるように。兄のように語り掛ける。
「ふふ、お兄ちゃんっていたらこんな感じなのかな?でも、テミスラさん。」
ミィスはだだをこねる妹のようではなく、自身の意志をぶつけるようにテミスラを見据える。
「シュトリヤは世界を滅ぼさないよ。絶対。」
「何かあってからでは、遅いんだよ…」
堪えるように奥歯を噛みしめ反論しつつも、心の奥ではわかっていた。自分の勇者の血が、はっきりと否定していた。
それでも世界と一人の命を天秤にかけてしまった。王の命令を優先させてしまった。
「…だめ、なんだ。わかってほしい。君まで殺したくない」
ぎり、と噛んだ奥歯をさらに噛みしめながらこちらを説得しようとするテミスラに、笑いかけるミィス。
「わたしは、もう決めたよ」
その言葉にテミスラは一度目を大きく開くと、ゆったりと伏せる。
長い睫が、金の目を隠した。
「…姫と反逆者を逃がすな」
右手を掲げた瞬間。
「離して!」
短く叫ぶのはエリュー。
セレネルと同じ制服の集団が周りを囲んでいた。王宮騎士、セレネルの部下たちだ。
それを察し、拘束を解けないミィスの仲間たち。
「みんなはそのまま手を出さないで。お願い。」
ミィスの言葉に憤る。
一言、助けてといってくれれば決意できるのに。
一歩、踏み出せるのに。
その道が茨だろうと泥沼だろうと、ミィスと一緒なら。たった数か月の仲間でも、心からミィスを助けたいと願う目をミィスはしっかりと見返し、首を振った。
「どうする」
とん、とミィスに背中を預けるのは。
「セレネル、さすが危機察知?」
「部下だぞ。捕まるか。」
心地よい体温に、決意を固める。
「ごめんね。共犯になってくれる?」
ここから自分の力のみで逃げ出すのが不可能なのは、よく分かっていた。王宮騎士がざっと百人。丸腰のシュトリヤを護りながら一人で相手にできる数ではない。
「わたし一人では、シュトリヤを連れて逃げられない」
「しょうがないな、お前は。」
本当に仕方なさそうな言葉とは裏腹に、心底嬉しそうに口元を緩める。
「大丈夫だ。綺麗事も絵空事も、全部お前なら実現できる。」
「シュトリヤ、その馬鹿を頼むぞ」
それだけ言うと、二人を大きな窓の方へ追いやる。
「さて、早く逃げた方がいいぞ。全員な」
シュトリヤとミィスの間に立ち、部下とテミスラに向けて目を細めると、城に入っていたときから密かに準備していた魔法を発動。
「--響け春の宴」
呪文を唱え、
「<メメント・シェア>」
魔法名を告げると同時にぱちん、と指を鳴らすと、魔法が発動。
あらかじめ設置しておくと、呪文の詠唱で爆破を起こせるが、威力は設置数で減少する。
"詠唱で"発動するため、もちろん予備動作は必要ない。
(これだから天然かっこつけは)
仲間たちはじと目で溜息をつくが、この男が異性にも同性にもファンは多いことは知っているため黙っておく。なんなら今は敵対しているはずの騎士たちの眼もきらきらしている。
やっぱりセレネルさんはかっこういいなあなどという声が聞こえてきそうなほどに。
その中次々と軽い爆発音が城の各地で響き、そのたびに地面や壁が揺れる。
「やっぱりセレネルはすごいな」
ぽつり、とつぶやく。格好つけ云々はおいておいて。
先を読む力が。用意が。後先考えない自分とは大違いだ。鮮やかなほどの罠に思わず見惚れる。
漸く爆発に慌て、仕事を思い出した騎士たち数人がミィス達に足を向けた瞬間、分断するように崩落する天井。
あまりのタイミングの良さに、ミィスとシュトリヤは思わず顔を見合わせ、笑う。
計算された立ち位置だったんだろう。いったい何を見越せばこんな仕掛けができるのか、ミィスにはかけらもわからなかった。
「またあとで、絶対会おう!」
「いいから早く行け。」
舞う粉塵の隙間から見えたセレネルは、どこか誇らしげに見えて。
増えた約束をしっかり噛みしめてミィスは窓から飛んだ。
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません