1.竜の姫と歴史のお話
初投稿です、不備等ありましたらご指摘いただけると幸いです。
この国の姫の誕生日を祝う祭りの3日前。
何者かに攫われた姫を取り返せと王に命じられて3ヵ月。
「ここまでありがとう、みんな」
ついに、ここまでやってきた。
万感の思いを乗せた声をかけるのは少女。
聳える巨大な門を見据える瞳は黄金のように煌めき、肩にすこしかかる長さの白金の髪は光の筋のように眩い。
どちらも千年続く古の勇者フォス家の血筋である証。
名はミィス。
「長かったな。よく頑張った」
横に並ぶ長身痩躯の少年は、共に王の命を受けた幼馴染。身に着ける軍服は王宮騎士のもの。各隊長のみが着用を許される強さと聡明さの証である外套を、千年の王都の歴史上もっとも若く王から賜った。
揺れる外套の隙間から覗く黒い尻尾と頭部にぴんと立つ兎耳は獣人の特徴。
肩に掛かるゆるめのくせ毛は夜のように深く、ミィスを流し見る瞳は浮かぶ月のように銀に輝く。
「まだ、ここからだよ。セレネル。」
労う幼馴染の言葉にかえって身を引き締め、ちらりと後ろを振り返る。
「アナトーレ、エリュー、ミヤビ、行こう」
一歩後ろにはここまで共に冒険してきた3人の仲間たち。
セレネルとは異なる獣人の特徴を持つ長身の少女。
鬼人の象徴である2本の角を頭に携える、褐色の肌の幼い少女。
セレネルより更に長身だが、それよりも華奢な、女性と見紛うほど美しい青年。
攫った目的はわからないが、必ず取り返す。大切な、ひとだ。
ミィスは改めて心に誓い、門を押し開けた。
「…変だな、何かの気配はするが、誰もいない」
長い耳をぴくり、と動かしあたりの気配を探るセレネル。
「何もいないみたい!」
開門と同時に前へ飛び出したエリューもきょろきょろとあたりを伺うが、何も見当たらない。
「おかしいです…気を付けてください、ミィス」
鋭く視線を巡らせ、注意を促すアナトーレ。
「うん、行こう」
警戒はそのままに、立派な城を進む。元は貴族の邸だったらしいが、3か月前に急に乗っ取られたという説明を王から受けている。
進めど進めど誰もおらず、すんなりと最奥に位置するホールらしき場所へたどり着く。
「待て。罠かもしれない、もっと慎重に」
豪奢な扉の取っ手に手を掛けるミィスを諌めるセレネル。
それでも、と奥歯を噛む。
「行かなくちゃ。シュトリヤが待ってる」
もう一人の幼馴染であるこの国の姫。
「大切なひとだから。だから、みんな・・・」
「道は私が作ります。任せてください。」
全てを蹴散らす、槍を構え。
「敵はぜーんぶボクが倒してあげる。」
全てを壊す、拳を構え。
「ちゃあんと拙らが面倒みたるから、行き」
全てを惑わす、刀を抜き。
「開けろ」
最後にセレネルが双剣を構えたのを皮切りに、ミィスは重厚な扉を押し開けた。
真っ先に目に入ってきたのは。
「シュトリヤ!」
聖女があしらわれた美しいステンドグラスから伸びる暖かな光は、少女の長い薄緑の髪をつやつやと輝かせ。
ゆっくりと開く大きな紫の瞳は宝石が散りばめられたかのように高貴。
祈るように手を結び、静かに佇む少女は、女神のように美しかった。
3ヵ月ぶりに見たその姿を視界に入れた瞬間、反射で走り出すミィス。
「待て!」
セレネルの静止に、ぴたりと足を止める。
考えなしに体が動いてしまうのは、悪い癖だといつも口を酸っぱくして言われていた。
少し冷えた頭を振り、ようやくシュトリヤの隣に立つ男の存在に気づく。
「シュトリヤを返して」
素早く腰の聖剣を抜き、男に向ける。
「まずは自己紹介をさせて欲しい。僕はテミスラ・マズ。君と同じ、勇者の家系だよ」
「な、んて…?」
錯乱させるのが目的だろうか、と相手をにらみつける。
「そんな話、きいたこと…」
片方が短く刈り込まれたストレートボブ、その色は闇夜の漆黒。
血族の証である白金の髪ではない。
そして交わる視線。
切れ長の金の瞳。
「おなじ、金の眼…?」
どくん、と心臓が音を立てる。
「君を待っていたんだよ、ミィス。」
「ミィス、ごめんなさい。この方のお話、聞いて。」
「…シュトリヤが、そういうなら」
悲しく微笑む少女に、渋々了承する。
「…みんなも、武器、おろして。いいよね、セレネル」
「ああ。殺意はない。問題はない」
鋭く細めた眼からは警戒は失われていないが、一旦全員が構えていた武器を下し、緊張を解く。
「では、千年前の昔話から。僕と君の祖先、始まりの勇者の話だ」
――千年よりも少し昔、王都ができる前。
世界には魔物が蔓延り、人々の心は荒廃し、略奪や争いが起きない日はなかった。
そんなある日、荒れ果てた世界に追い打ちをかけるように災厄を振りまく竜が姿を現し、次々と町や村を破壊していった。
人々は怯え、肩を寄せ合い大陸の中央に位置する最後の都市に集まった。
後に王都特区と呼ばれるそこで立ち上がったのが"始まりの勇者"、アーラ・マズ・フォスであった。アーラは数人の仲間と共に災厄の竜たちを滅ぼし平穏を手に入れた。
その平穏は今まで続く、王都の歴史。――
「そんなの、誰でも…」
怪訝そうにミィスは話を遮る。誰でも知っている。
王都の民は通う学園で必ず、そして何度も学ぶ話だ。
「そう、ここまでは。この先は限られた者しかしらないんだ」
――アーラはその後、子を2人設けた。
母の白金の髪を受け継いだ子は"光の勇者"の家系に。
父の黒髪を受け継いだ子は"秘密の勇者"の家系に。
"光の勇者"は表舞台で勇者として平穏を護り、"秘密の勇者"は公にはできない秘密の歴史を伝え、護る役割を担った。
秘密の歴史、それは王家のはじまり。
5体いた災厄の竜だったが、その際1人、まだ完全に竜化していない少女がいた。
災厄の竜だと自ら名乗ったが、そこに在るだけの少女を手にかけることは、勇者にはできなかった。
勇者は仲間の一人を王とし、王都を建国させ、竜の少女をその妃とした。
何かあればすぐに対処できるように。だけど殺さない、この時には唯一の手だった。
しかしその少女は、死ぬまで竜として覚醒することはなかった。
以後生まれる子は竜の力を受け継がず、代わりにとても聡明に生まれ、次の代も平和であり続けた。
その次の代も、その次の代も。今の王に至るまでずっと。
誰一人として竜としては生まれてこず、また全て男児だった。
どの王も聡明で正しく、平和を保ち続けてきた。
そして王都建国から千年、初めて生まれた女児がシュトリヤ。
人間では説明のつかない能力に、王と妃は祈った。
どうか竜ではありませんように、と。
しかしそんな両親の祈りも虚しく生誕祭の3日前、16歳を目前に現れた鱗。
竜の血を引く証――
「シュトリヤは竜、ってこと?」
竜とは火や愛のような概念を司り神の遣いとして神官をしている者もいる、ということくらいがこの世界での常識。ほとんどが人間と生存圏を共にしていない。
「そう、みたい。ほら」
刺繍が施された美しいドレスを少し捲り見せると、ほっそりとした白い足の一部に鱗。
一枚一枚が存在感を放つほどに輝く、髪と同じ薄緑の美しい鱗だった。
あまりの美しさに、場の全員がほう、と息をもらす。
「竜は隔世で遺伝する。つまり、姫の持つ竜の力は"災厄"に違いない」
「このまま成長して竜化が進んで、完全な竜になってしまうと、世界を滅ぼしてしまう、かもしれないんですって。だからその前に、お父様がテミスラさんに依頼したの。わたくしを殺してくれ、と」
「…!」
王がシュトリヤのことを溺愛していることは王都では有名な話だった。
ミィス自身も幼い頃から直に見てよくよく知っていた。
「王様が、シュトリヤを…?」
世界と最愛の娘を天秤にかけたのか、とミィスは頭に血が上るのを、必死に抑える。
シュトリヤが目で、制してくるから。
話を聞けと、訴えてくるから。
「僕は王の依頼通り姫を連れてきた。しかし国民にその通り説明し、混乱させるわけにはいかない。勇者として君を旅立たせ、一歩間に合わず、と国民に説明するために君を旅立たせた。国、いや世界のために、姫を殺す。納得してほしい」
2020.01.17_読みやすいように少し修正。ストーリーへの変更はありません