たけし殺人事件
複数人からの寵愛を授かろうとするのは果たして罪なのだろうか。みな腹を空かせば食べれるだけ沢山食べ物を欲すし、同様喉が乾けば飲めるだけの水を欲すだろう。僕の欲求は僕を満たしてくれる愛だった。ただそれだけだった。たった三人。三人じゃないか。愛が欲しかったから満たされるだけの愛を受けた。その代わりに三人を平等に愛した。それなのにどうして僕に罪を問う?なにゆえ僕に罰を課す?
じわじわと薄く広がる血液を指でなぞった。3人の名前と、最後まで変わらなかった気持ち。
時間を惜しむようにゆっくりと、褒美を焦らすようにじっくりと。
「秋刀魚」「うさく」「昆虫」
「愛してる」
「たけしさんがお亡くなりになられました。」
「「「え」」」
心臓が破裂したかと思った。確かにいつか愛を語り合った人が命を落とした。それでも私たちは立場上、悲しみの言葉を投げることも、慰め合うことも出来ずに、ただただ呆然として立ち尽くしていた。
気づけば秋刀魚さんが、ぽろぽろと涙を零していた。
「えっやだ……あんなのただのストーカーなのに…ごめんなさい…それに、不謹慎よね…二人の前で泣くなんて……」
続くものが安易に想像出来た。
『私だけのものでもないのに』
何も言えないまま、うさちゃんはしゃがみ込んでしまった。頭を抱えているようにも見えた。私は私でうめき声のように短く声を出して青ざめて立っていることしかできなかった。
ねえ、たけし。どうしても、一人を選ぶことは出来なかったの?
例え秋刀魚さんを選んでも、うさちゃんを選んでも、私を選んだとしても、全員きっとあなたを愛し続けられたわ。
あなたが酷い人間だったと知って、裏切られて途方に暮れて、それでもあなたがいなくなったらこんなにも悲しむ人がいて、苦しむ人がいて、どうしたらいいのか分からなくなって。
ねえ、もう私を選んでなんてわがままを言わないから。
どうかそのクローゼットの影から、「冗談だよ、寂しかった?」なんて言って、全員を抱きしめた後、誰か一人、あなたの心に決めた人に口付けをして。
そんな関係に、なれなかったのかしら。
こちらに近づくコツコツというハイヒールの音に、ふらつく身体で振り返る。
「…妹ちゃん」
「ピコちゃん、大丈夫?二人も、何か食べたいものは?喉乾いてない?」
私とうさちゃんは愛想笑いすら出来ずに、暗く大丈夫ですと伝えて、後はフローリングを這う線を目で追う程度の気力しか無かった。
「…じゃあ鮭、しゃけ食べたい」
場の空気を変えようとしてくれたのか、秋刀魚さんが顔を上げ声を繕って声を上げた。
「鮭ね。どうして鮭なのかはちょっと気になるけど分かった。ちょっと待っててね」
そう言って私は歩き出したが、直ぐにピタリと止まって、三人の少女を振り返る。
「…もう、苦しまなくていいんだよ。忘れてしまった方が、きっと楽になれる。だから」
だから、私のやったことは間違ってない。三人もの純情な乙女をたぶらかすことがあなたの愛だと言うのなら、大切な人を傷つけるあなたを消すことが、私の大切な人への愛。
これって、罪なのかしら。