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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
三章:姫 自分を知る
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竜騎士 家族会議をする 中編

 ひらひら振られる封筒には特徴的な封蝋があった。


 模様は冠を被る人の横顔であり、刻まれている人物は神聖ラグマ法国の最高権威、法王その人である。

 また、色合いは緋色。これは枢機卿のまとう衣の色と一致し、模様と合わせると法国序列第二位の人間が差出人であることを意味するようになる。


 基本的には法国内部、さらにその星都で法王を守護、あるいは補佐するのが枢機卿という立場の人間の動き方だ。まして法国は星神アルストラファルタに反する物として迷宮を嫌っており、よほどの緊急事態か事務的な定期行事以外、“汚れた者共”とのやりとりを嫌がる人間が多い。


 要するに封蝋を見た時点でもう、誰が送ってきたかほぼわかるということだ。

 先ほどのザシャの報告書であろう紙を見た時と同じぐらい、デュランが渋い顔になった。


「危険だから手放せと言ってる一方で、安心して下さい、お迎えの準備は万全ですよ! ときたもんだ」

「救貧院に来たら面倒を見ると?」

「いんやもっと直接的。救貧院の子ども達はカルディに懐いているようだが、あそこの管轄だって結局はこちらのものだから。そうではなく、トゥラを神殿にお迎えしたいんだそうな」

「……それは。星神教に入信させろということですか?」

「というか自分の弟子に取りたがってる。ここまで熱烈な勧誘を受けるのは正直ちと予想外、儂もびっくり」


 これには侯爵子息だけでなく夫人の方までピクリと反応があった。


「あの子に術士の素養がある、とでも?」

「本人の資質を見出してというよりは、周囲の悪影響から隔絶したい、んだそうな。現に早速噛まれただろう。うちで囲えたらそんなヘマはしません、ってさ。ちと耳が痛いな」

「つまり……術士として育てるつもりはないが、手元にほしい、と……?」

「まあ手紙だから直接本人と話したわけじゃないけど? どーもきな臭いよねえ」


 聞き手二人のいかにも困惑を深める様子に、侯爵は首を振り、少々わざとらしく肩をすくめた。


「星神教は細かい点に目をつぶればいい宗教だよ、まさに暗い夜道を照らす希望の光そのもの。彼女は紛れもない善人で、素晴らしい神官で、優れた冒険者だ。……でもねえ。それ以上に、それらの前に、法王ヒエロから直々に指名を受けて昇進した史上最年少の枢機卿カルディだ。それを我々が忘れることはできないし、また忘れるべきでもない」


 父の言葉にデュランは改めて話題の人物の詳細を思い出す。



 ユディス=レフォリア=カルディは法国の異端だ。冒険者登録もしているし、怪我人や病人の治療も惜しまず、また呪術の専門家として後進の育成にも積極的である。女神イシュリタスに膝を折り、祈りを捧げることもためらわない。


 しかし、ならば迷宮領の人間と解釈していいのかと言えば、それは全く違う。


 法国は序列社会。生まれや育ち、血縁関係すら関係ない。どれほど星神の意思に従い、また人に貢献したか。それが法国の価値観であり、階級が高いということはつまり本人の在り方が星神及び法国の意思により近いということをも意味する。


 枢機卿カルディはこの世で二番目に星神に近い存在であり、序列第一位である法王ヒエロと直接話す権利を持つ。ならば全ての枢機卿の意思は法王の意思に従う。そして法王は星神の意思を代弁する。


 星神の意思とは人類の救済であり、すなわち迷宮に対しては破壊、あるいは封印でもある。


“あれは災いの元。人の身に過ぎたるもの。閉ざし、忘れよ。嘆きを二度と繰り返させぬために”


 彼らの教本にはくっきりと、そんな星神の言葉が書かれている。


 ユディスが全面的に迷宮領に貢献しているのは、今の法王ヒエロの意思がそうであり、またたまたま利害関係が一致しているからに過ぎない。法王も彼女も馬鹿ではない、理想は反迷宮でも、すぐに手を出したら、また百年前の繰り返しであることはわかっているのだろう。だからこそ表向きは全面的に協力しているように見えるのだ。大人しくしているように見せかけて情報を集めている。


 ……まあ、そんな彼らの将来的な思惑がどうであれ、今この瞬間ものすごく役に立ってくれるなら、その分感謝しつつ全力でこき使う。信仰で心は満たされるが腹は膨れないのだ、だから細かいところにはお互い目を瞑って今日も仲良しこよし迷宮に潜ろう。


 迷宮領とはそういう場所である。細かい事をいちいち気にしていたら、常識が毎日変わる迷宮ととても付き合っていられない。だから自然とおおらかな気持ちになる。ならないと胃痛で衰弱する。


 その一方で、変化を敏感に感じ取り適応対処する能力も求められるのだから、なんというか生きる人類に厳しい土地柄である。



 というわけで、侯爵家一家は今まで大人しかったレフォリア=カルディの些細――いや大分露骨な変化に各々反応を見せた。


「呪式については看破できず、何も見えなかったと言ってきているが、はてどこまで本当の事だったのやら……いや、違うか? またなんか謎の暗号唱えてたんだったかの?」

「ええと、そうだな。ブツブツ早口で言ってたような。子鹿がどうのとか……あれ、違ったかな。他には、爪とか翼とか……あと、角? それから確か、影がなんちゃら――そう、無数の影の手が誘う――ンンンンンッ!?」


 促されて記憶を手繰っていたデュランだったが、ピタッと言葉が途中で止まった。ついでになんか奇声が漏れた。


「となると、昨日デュランが町で彼女の弟子と出会ったのも、やはり偶然ではないのでしょうね。弟子の心はともあれ、師の方は意図あって送り込んできたのでしょう」


 おや? と息子にいぶかしむ表情を向けかけた侯爵だが、夫人が声を上げるとそちらに興味を移した。


「えっ……弟子の好意弄んでるってこと? こっわ。そんなことする? いやわからんな、素で気がついてなくてフツーに頼んだか、気がついてた上で流してるか。うーん、レフォリア=カルディならどっちもあり得る。どっちにしろ、少年、不憫過ぎないか……」

「しかし目的は何でしょうね。いつもの偵察でしょうか。それとも印象を良くしておきたい? あたくしたちというよりは、あの子自身からの」

「……あーやだやだ、遙か彼方の聖地におわします誰かさんの微笑みが見え隠れしてる。」


 当主は舌を出し、紙をひっくり返して封蝋が見えないように机に戻した。回数は少ないが今の法王に面識自体はある。そして彼個人の意見としては「あいつ嫌い。笑顔が綺麗すぎる」だそうで、何年経っても考えは変わらないようだった。



 どうでもいい余談になるが、侯爵当主は息子に度々見せている態度の通り、美貌の男に厳しい。今の法王は侯爵とそう年が変わらないが、封蝋の横顔はとても四十代に見えないほど若々しい。一説によると年々若返っているそうな。やたら嫌っている理由の一つは間違いなくこれだろう。侯爵の見た目は年相応か若干老けているぐらいだ。


「見た目が良くて声も良くて尚且つ口がうまい男に床上手が追加されたら確実にアウト、そんな奴は絶対にろくでもない」


 は彼の信条であり、定期的に公言しては周囲からそっと目を逸らされている。

 なお息子の成人以降は、


「でもま、お前は誰とも長続きしないし、まあセーフと言えないこともないかな?」


 なんて言ってぽんと肩を叩き、ウインクするまでワンセットである。


 それはフォローなのか、美男子に情状酌量の余地なし絶対に許さないという強調なのか、それとも女性の姿が絶えないが毎度「私と迷宮どっちが」問題を懲りずに勃発させる息子に対する煽りなのか。全部な気がする。


 イラッとしつつ、直後いちいち反応するのも面倒になって適当に流す息子である。



 そんな心温まる関係で日頃からどつき合っている親子だが、この場でも当主がデュランに丸めた紙を投げつけていた。


「うわっ――何するんだ!」

「安心せい、重要書類ではないものをチョイスした」

「そういう問題じゃなくない!?」

「うるさいわい、家族会議中に心ここにあらずなお前が悪い。どうせスケベなことでも考えとったんじゃろ、男が真面目な顔してる時なんてそんなものよ」

「全国の真面目な顔で真面目なことを考えている男に謝れ、クソ親父」

「なにおう――」

「旦那様、そういうことは大事なことを喋り終えてからにしてくださいませ」


 ぴしゃりと言われて、デュランは不服そうな顔をしつつも座り直して聞く姿勢に戻った。侯爵はしばらく言い合いを続ける姿勢だったが、夫人に睨まれると大人しく三つ目の紙を机の上からピックアップする。今度は複数、いずれも見るからに上等そうな紙でほんのり香りがついている。


「ウオッホン。さて、ギルディア、法国ときたら、なんとなくもう落ちがわかるよね。お待ちかね、いつもの! まあ来るよね。絶対に来ると思ってた。来なかったらどうしようかと」

「本国からの要請ですね。どの方向性です。使者への挨拶ですか。あちらの調査を受けさせろという話ですか。それともいずれかの舞踏会か茶会への招待ですか」

「ふふっ……全部♡」

「うわあ……」


 侯爵は乾いた笑みを浮かべ、夫人は真顔で黙り、デュランは身体を引きながら思わずと言った調子の声を上げていた。


「挨拶はねちねち嫌味を言われるし、逆に可愛いからって目をつけられるのも嫌だし、調査なんか許したらあのスタイルだもん、身体を撫で回されるだろうし、舞踏会茶会なんてもはや論外じゃないか、ドレスは破かれるし物はなくすし、きっと後ろから突き飛ばされる――俺は絶対反対だからね!」

「あの、デュラン……? お前の心配はもっともだけど、後半はなんかこう、いささか発想が古典的すぎやせんかな……?」


 喋っているうちにだんだんヒートアップしていく息子に、両親は二人とも生温かい目を――いや夫人は笑みを浮かべている。


「……いえ、その方が案外、黙らせるのには持って来いかもしれませんよ」

「母さん――」


 トゥラに恥をかかせるつもりか、と続けようとした言葉が引っ込んでいった。

 夫人は優しく微笑むこともできないわけではないのだが、意図的に口の端を曲げていると何とも形容しがたい不気味な迫力を見せるのだ。男二人が自然としゅん、と縮こまっている前で、彼女は喉を鳴らす。


「その時は城中の人間が黙っていません。折角ですから王国の方々に、ご自分のいらっしゃる場所がどこなのかを思い出していただけるいい機会になるでしょう。舌の肥えたあの人達が、迷宮裏グルメ三十本勝負にどこまで耐えられるか、見物だとは思いませんか? あたくしは一皿目も完食できない方に賭けましてよ」

「……それ冒険者の度胸試し用の奴だよね、母さん!?」

「シシー、そりゃね、その場では楽しいかもしれないし、きっと現場の彼らは期待に応えて大人しくなってくれるだろうけど、後で美辞麗句の付いた抗議文書を本国各所から送りつけられるのは、儂になると思うんだけど……?」

「頑張ってくださいませ」

「応援が雑ゥ!」


 身もだえている夫をいつものごとく放置し、夫人は息子の方に無表情に戻した顔を向けた。


「ま、それは冗談として。挨拶は軽めに済ませ、調査は適当に断るか延ばし続けてなかったことにする。小規模なお茶会ぐらいなら、もう今からでもどこかに顔を出してもいいと思いますよ。プルセントラのご令嬢辺りが、いいお友達になって下さるのではないかしら。舞踏会はまだ早いでしょう……本人が熱烈に行きたがるのなら考えますが」


 侯爵はうんうん、と頷いて同意を示している。言葉で反論はしないが、眉に力が入ったままの息子に夫人は鼻を鳴らした。


「何か不満でも?」

「いや……まあ、不安要素を挙げればきりがないけど、サフィーリアはあれで女性には優しい? らしい? から、案外大丈夫だったりするのかもしれないけど……」

「では他に何か?」

「あの人完璧な令嬢の顔してるけどさ? なんかこう、根本的な雰囲気が……母さんによく似て」

「聞かなかったことにします。いいですね」


 すっと割って入られると、はい、と言って息子は大人しく黙った。


 静かな空気の中、ぱさ、と響くのは侯爵が机の上に紙を戻した音だ。音源に顔を向けたデュランと目が合うと、彼は重たい息を吐き出してからじっと息子を見つめる。


「――で。まあ、ちゃんと表に出る前からこれだけ既に人気者なわけだけど。お前、結局あの子は一体何者だと思う」

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