姫 自分を知る
「リーデレット。良かった、こっちにいて」
リーデレットの顔を見るとデュランはほっとしたように表情を緩ませた。
彼は背後に隠れているシュナに振り返り、そっと彼女の方に誘導する。
「トゥラ。彼女はリーデレット=ミガ。リーデレット、こっちがトゥラ。……話は聞いていると思うけど、今後家で保護することになった子だ」
「竜騎士リーデレット=ミガと申します。以後お見知りおきを、お嬢様」
シュナは促されるまま前に出てお辞儀をした。
リーデレットのことは知っているのだが、竜相手の彼女とはなんだかまた違う。
さっと歩み寄ってきたかと思うと、手慣れた滑らかな動きでシュナの手を取って口元に軽く近づけ、それからにっこりと微笑む。
(女の人なのに、騎士様みたい……いえ、騎士様なのでしょうけど)
竜の時はデュランの友達、同じお仕事の人、と深く考えなかったが、人になると彼女の方がすらりと背が高く、男性と並んで見劣りしないことを改めて意識させられる。細身なのだが身長はある。デュランと比べるとやはり線が細いのだが、落ち着きというか、迫力というかがあって、同じ女性のはずなのになんだか自分とは全く違う雰囲気を感じる。周囲で様子を窺っている男騎士達よりはよっぽど接しやすいのだが、シュナは少し心臓がドキドキしてしまうのを感じる。
デュランのことを振り返ると、彼は自然な流れでリーデレットからシュナの手を取り戻し、そのまま彼女に説明する。
「見ての通り、女の人で騎士だ。俺の幼馴染みでもある、信頼できる人だ。君ともたぶん年が近いし、今後お世話になる機会もあると思う」
「あら、嬉しいご紹介の仕方ですこと」
おどけるように言って、リーデレットはもじもじしているシュナに目線を合わせるようにかがみ込む。
彼女がぴゃっと言ってデュランの後ろに隠れると、ますます笑みを深めた。
「内気なのかしら? 可愛らしい。是非今後ともお付き合いがあればと思います。護衛や案内など、喜んで勤めさせていただきますよ。……ま、そこの人がいる間は、たぶん譲らないんでしょうけど」
冷ややかな目を向けられると、デュランはむっとした顔になった。
「俺は別に……俺と一緒にいるのが一番安全だし、俺が一番懐かれてるし、当然というか……」
「ヘエ。ソウデスカ、閣下」
「なんだよ!?」
「いえ別に。それより他の連中も順番待ちしてますので、あたし以外無視というのはさすがに薄情かと」
生ぬるい顔、抑揚のない声でデュランに流し目を送ったリーデレットだったが、すっと姿勢を伸ばすと自分の背後に親指を立てた拳を向けてみせる。
シュナは目を移して、またも声を上げた。
……リーデレットの後ろに、いつの間にか騎士達がずらりと整列しているのだ。
皆うずうず期待に満ちた様子を隠そうともしておらず、逆にデュランは露骨にちょっと嫌そうな顔になった。
が、確かに無視もいけないと思ったのだろうか。怒濤の連続紹介がすぐに始まる。
目を回しながら、必死に一人でも多くの情報を覚えようとしているシュナを見つめながら、女騎士はぼそりとふと零した。
「ううん。なんだか、最近似たようなことがあったような……? 可愛いとかシャイって、誰かに言った覚えがあるような……?」
しかしすぐに、リーデレッドはいきなり連れてこられた娘が男達に怯えているのを察知して、デュランと共に立ち塞がる壁のような位置に陣取り、きびきびと彼らに号令をかけることになった。そのうちに、ふと浮かびそうになった考えはすっかり消え去っていたのだった。
(つ、疲れた……!)
ようやく全員なんとか捌き終えたシュナが疲労と達成感を覚えながらデュランを見上げると、彼はシュナ以上に疲れ切った顔をしていた。リーデレットの方はもう少し余裕がありそうで、ふう、と大きく息を吐き出して汗を拭ってからシュナに向かって微笑みかける。
それにしても大変だった。何というかこう、今までの人達は使用人だったからだろうか、行儀良く控えていて声をかけられるまで前に出てこなかったのだが、騎士達は皆こぞって勢いよく近づいてくる。
そしてやたら個性的な自己紹介をした後、是非自分に護衛職をだとか、パーティーの際にはダンスをだとか、何なら普段の練習にお呼び下さいだとか、幅広い売り込みがあってシュナは目を白黒させた。
時には茶化しやブーイングを受けつつ、それら全てを右に左に捌いたデュランの心労や推して知るべしだろう。
「ずるいー、若様の独り占めなんてずるいー!」
「どうせ忙しくなったら俺らに仕事が回ってくるんですよー、無駄な抵抗だぞー!」
「独占はんたーい!」
なんて口々に騒ぎ立てられて、大変そうだなあと感じると共に少し申し訳なくなった。
騎士達やその他の人にも指摘されているし、シュナもさすがに感じ取っている。
デュランはなるべく自分が拾ってきた娘の側を離れようとしないでおこうと心がけている節があった。
彼には彼のやるべきことがあるだろうに、ここ数日自分の面倒ばかり見させていてはいけない。
侯爵夫人が言っていたことはきっとこれだ、彼に頼るのは仕方ないけど、それを当たり前と思ってはいけないのだ、とシュナは自分に言い聞かせる。
そう思うと、確かに今後はリーデレットはじめこの場の人達にお世話になることもあるだろうし、それならこちらもしっかりと……と思うと、積極的になろうとするシュナの邪魔を今度はデュランがしてくるのだ。
たとえば話が盛り上がってきた騎士との会話を打ち切って次の人に紹介を移してしまうだとか、一度や二度ならともかくそれ以上あるとシュナもきりりと眉をつり上げた。
(まあ、デュラン! 気にかけてくれるのは嬉しいけど、そういうの、よくないと思うわ! わたくしだって、きっとあなたばかりではいられないのよ!)
……しかし態度で示すと途端に彼がしょんぼりした様子を見せるので、それはそれで悪いことをした気分になる。
「案外しっかりしてるな、お嬢さん」
「既に上下関係が明確だ……」
なんてこそこそしていた騎士は、ぎろりと睨みつけられるとわー、なんてわざとらしく声を上げながら運動場に散っていった。
(でも、大事にされていることはわかるわ。迷宮の中と同じように接してくれるのは、嬉しい。他人だからってとても距離を置かれたら、きっとそれはそれで寂しいもの)
「デュラン、あんたねえ、そりゃ経緯を聞いていれば色々と警戒するのもわかるけど、いくらなんでも過保護ってもの……」
シュナが考えている間、呆れ顔のリーデレットが肩を落としているデュランに言いかけて、なぜか途中で言葉を切る。唸りながら腕を組み、眉を寄せた。
「……やっぱりなんかこの感じ、最近あったはずなのよね。どこだったっけ? ええと、デュランがいたはず……」
シュナはどう反応するか困った。心当たりなら彼女には思いきりある、だって竜の時だって可愛いと言われたし、確か過保護という言葉もデュランにかけていたし。
(ど、どうしよう……ここはわかってしまうかも、と焦るところなの? それともわかってほしい! と押していくところなの?)
何とも言えない空気を、また外から打ち破った声があった。
「おおい。何かイベントかな? 騒がしいけど」
運動場の入り口から誰かが呼んでいる。
どうやら女性だ。お医者さんに格好も似ているが、こちらの方がもう少し若そうなのと、濃い寒色の服を着込んでいた。
騎士達は身体にぴったりして動きやすそうな服をしているが、彼女はもう少しゆったりしたシルエットをしている。
ドレスに近いが、コルセットでぎゅっと胴の部分を絞り上げているわけではなく、軽く腰の辺りを飾り紐で止めているだけらしかった。
誰かしら、とじっと見つめているシュナの横で、デュランが手を振った。
「ああ、先生! ちょうどよかった。色々聞きたいことがあったんだ。それから紹介したい人も」
「ふむ? 私もちょうど今休憩しようと思って出てきたところだから、息抜きは大いに結構……ああなるほど。噂の新人さんを連れて歩いていたから、騎士達がうるさかったんだね。何かやってるのかと思って見に来たんだよ」
運動場の中で話すのもそろそろ騎士達の邪魔になると思ったのだろうか、デュランは廊下の方にシュナを誘導する。
(先生、ということは。やはりお医者さんなのかしら? 服の色も形も、少し違うみたいだけれど……)
彼らと離れる一方、新たな人物に近づくとより彼女の詳細が明らかになる。何か小脇に抱えているようだった。
何気なく持ち物に目をやったシュナは、ぎょっとして目を見開く。デュラン達が少し不思議そうな顔をするのも構わず、じっと眺めて――。
(それ、知っているわ! わたくしのご本よ!)
思わず指差して、言葉にならぬ言葉を出してしまった。
見間違えるはずがない。
あの日、失われたはずのシュナの本。父に与えられた中で、一番好きだったお気に入りの絵本。
最後のページには呪文が刻まれているはずの……。
「むむ? 古書に目をつけるとはお目が高い。若人よ、これは迷宮で発見されたきちょーな資料本なのですよ! おそらく百年前に滅びたソラブシリカ帝国の遺物――」
「先生、それよりまずはお互いの紹介を……トゥラ?」
人の声が遠くなり、ぐるぐると頭の中で情報が、記憶が、渦を巻いて埋め尽くす。
散漫だった出来事が、手がかりを得て鮮烈に蘇り、結びつく。
呪文。恐ろしい夜。死んだ父。
あの時自分は何と言った? ただの文字の羅列。けれど今なら、その意味がわかる!
開け、迷宮。
迎えに来て、お母様――迷宮の主!
イシュリタス――シュリ――マナ――お母様。
ばらばらだったものが一つにつながり、線は無意識に目を背け続けていた結論を導く。
(シュリはお母様。イシュリタスはお母様。シュリはイシュリタス。わたくしのお母様は、迷宮の女神様その人――)
ずっと、靄がかかったまま、ばらばらに得られていた情報がパズルが嵌まるように組み合わさって形をなす。
しかしその衝撃は、ばちばちと光の渦となってシュナの頭を、目の裏を焼き尽くし。
彼女はその場に声もなく崩れ落ちた。
夢の中、幻想の暗闇に引きずり込まれるように落ちるのと同時、頭の中でまた誰かの歌が聞こえてきた。




