居候 お城巡り
昼食を終えたシュナは一刻も早く図書室に行って籠もりたがっていたが、午後はデュランの宣言通り、城内の案内に費やされることになった。
しかし時間をかけて案内してもらっても、場所の名前と方向を覚えるまでにそれなりの時間を必要としそうだ。
何しろ広い。あと人が多い。
住居でありながら公共施設でもあり、いざという際の防衛施設でもあり……城とはそうしたものなのだ、とシュナは再認識させられることになった。
(デュランはそういう所に、当たり前のように住んでいて……そして、皆に頭を下げられることに慣れている。そういう人なのだわ)
行く先々でそのことを実感する。
デュランは特に飾ることのない態度で、相手がどういう身分であろうがさほど態度は変わらない。どちらかというと使用人達とも距離は近い方で、軽口を叩かれているらしい光景もしょっちゅう見られた。
けれど例えば彼がきびきびした動きで指示を出したり質問を飛ばしたりすると、途端に空気が引き締まる。シュナだって柔らかな雰囲気の彼と真面目な雰囲気の彼、今まで両方とも見ているが……何というか、彼女に向ける態度とはまた違うのだ。もっと鋭いというか、なんだか触れがたいというか。
(……お父様に似てるかしら? わたくしの前ではずっと優しかったけど、甲冑の人達の前では雰囲気が違ったわ)
シュナが怯えたように身をすくませるのに気がつくと、彼はすぐにはっとしてから柔らかく微笑んでくれる。
それは気を遣ってもらえている、ということなのだろうか。シュナは常に気にかけてあげなければいけないほど、か弱く見えているということなのだろうか。
(なぜかしら。だとすると、ちょっと面白くない……かも……)
モヤモヤした気持ちを抱えたシュナは、もう一つデュランの案内する城を回っていて気になることに思い当たる。父のことだ。
(お父様はあの人達に、殿下と呼ばれていた。殿下は基本的に、王様以外の王族の方への敬称だったはず。お父様はわたくしのことをお姫様だと言っていた。……お父様も王族だったの?)
だとしたら彼も、こんな生活をしていた時があったのか。それともシュナの前に姿を現していなかった時は、これが彼の日常だったのか。
(……それは違う気がするわ)
あの追っ手達の態度ややりとりからして、父が大勢の人間達に傅かれる生活を送ってきたとは考えにくかった。むしろ彼は――迫害される立場の人間であり、だからこそ自分もシュナも世間から身を隠す必要があったのではないか。
そう考えれば、ずっと塔の中から出してもらえなかったことにも少しは納得がいく。
(だとしたら、お父様は一体何故追われていたの? どうしてわたくしは、身を隠す必要があったの?)
――それに、あの追っ手達。
彼ら本人達はあの場で倒れたが、彼らの仲間はどうしたのだろう。
まだシュナを追っているのだろうか。
一応彼女は竜の姿であれ今の姿であれ、本来の自分とは異なる容姿をしているから、人相を伝え聞いて追ってこられたとしても大丈夫だとは思うが……。
(……ああ、もどかしい! この姿で言葉が話せたら、わたくしの知っていることを全部話して、教えてもらう。そういうことだってできるのに)
世間知らずにとっては目の前の物はほとんど全てが新しい。それらに追われているうちに、ついつい整理する時間がおざなりになって、まとめれば何かの答えを導けるかもしれないのにうまくいかない。
(今は、こうして人の姿でいるけれど。一度迷宮に戻る必要もあるかもしれないわ。迷宮に戻ったからと言って、竜になって竜の言葉を話せるようになるとは限らないけど、少なくともエゼレクスやネドヴィクスは、わたくしが外で聞いて新しく思った疑問に何かしらの答えをくれるはず……)
そうと決まれば城内の話も聞きたいが、城外、ここからどうやったら迷宮に行けるかという話も聞きたい。何しろシュナは迷宮から出て気を失って、次に起きたときには既に城の中だ。方角どころか、道中どんな道をたどってきたのかも知らない。
この日の午後、じりじりした思いを抱えつつ、彼女がデュランにくっついて回っている間、大なり小なり多少の波乱が起きたのは三回だった。
一度目は厨房。
基本的にシュナは案内中、デュランの横か、後ろで隠れるように周囲を窺いつつ、大人しくデュランの説明を聞いていた。
行く先々で出会う人々が、好奇心丸出しの目で見てきたので、ちょっと怖くなったのもある。彼女はけして無愛想という性分ではないが、今まで接してきた人の数は極端に少なく、大勢の人間に囲まれるとどうしたらいいのかわらかなくなってしまうのだ。
デュランがぎゅっと手を握ってくれるので、逃げ出さずに済んでいる。あるいは彼の手はエスコートと言うより、シュナが勝手にどこかに走って行かないように捕まえているためと言う方が正しいのかもしれないが。
厨房はまずその広さと快いと感じる臭いの蒸れ、熱気に圧倒されそうになった。
そこで毎日料理を作っている人達を紹介されると、感謝と共に申し訳なさの気持ちがこみ上げてきた。
何しろシュナは……周りの反応から推測するに、人の平均より小食らしい。二日目はあちらも心得たのか少し量が控えめになっていたが、初日は半分以上残してしまったのだ。
それなのに、
「おお。実は少し張り切りすぎまして奥様に、寝たきりだった方にいきなりたくさん食べさせてしまうとかえってよくないのですよ、気持ちはよろしいですが自重なさい、なんて怒られてしまったのです。はは、大丈夫です、残った物は騎士様方の夜食になりましたので。これからもなるべく身体に良い、かつ美味しいものをお出ししますので、お嬢様」
なんて料理長と紹介されたふくよかな男性に人のよい顔で言われたら、ますます恐縮してしまう。
(気にかけて下さって、ありがとう! それと奥様に怒られさせてしまって、ごめんなさい!)
ぎゅーっと抱きつくと、おおっとどよめきが走った。
「トゥラ! ありがとうの気持ちを出すのはいいことだけど、そんな風にぎゅって抱きつくのは――少し、貴婦人らしくないかな。お辞儀でいいんだよ、お辞儀で」
咳払いをしたデュランがひょいと彼女の腰の辺りを掴んで連れ戻し、その後彼にしてはちょっと不機嫌そうに言った。
シュナはそうなのか、と素直に思い、料理長、それから厨房の人達にお辞儀をする。今度はほほう、と感嘆を漏らすような音があちこちで響いた。
(……それじゃ今度から、デュランにもお辞儀した方がいいの?)
昨日まで、ついでに今日の午前中の自分の行動を反省していた彼女の顔色から何を考えているのかすぐにわかったのだろうか、竜騎士はにっこり笑う。
「俺にはぎゅってしても、大丈夫だから。ほら、保護者だし? 他の人はちょっと、ただの他人だからね。向こうがびっくりしちゃうから」
こっくり頷いたシュナの周りが一瞬静まりかえった後、
「うわ、若様がとんでもなく大人げない」
「ないわー。これはないわー」
「奥様にチクっておこう……」
なんてわいわいがやがや騒がしくなったが、シュナが首を傾げつつ眺めていたデュランは何でもないような顔をしていた。
最終的に彼女はとても素直なので、(デュランには抱きついて大丈夫!)というところだけ言われた通りに覚えておくことにしたのだった。
二度目の小波乱が起こったのは騎士達の集う運動場だ。シュナにとって圧巻だった。
何しろ広い屋外のあちらこちらに男達――女性もいるにはいるが、少数だ――が散って、汗を飛ばしながら剣を打ち合ったり組み合ったりしているのである。鎧を着けている者もいるが、大半はもう少し軽そうな格好をしていた。
(す、すごい……)
今までこのようなむさ苦しい場面にさほど縁のなかったシュナが圧倒されていると、近くにいた何人かがデュランの来訪に気がつき、次いで伴われているシュナに気がついて――。
「おーい、皆ー! 若様が見せびらかしに来たぞー!」
と誰かが叫んだ。瞬間、
「この昼間から鍛錬中の我々を横目にデートですか、さすが竜騎士様は余裕ですねえ!」
「帰れナンパ師! いちゃつくなら屋内でやれー!」
「そうだそうだー、風紀の乱れの元だー!」
等々、運動場の人間達が一斉に吠えるような声を上げて腕を振り上げたので、シュナはすっかり怯えてデュランの後ろに引っ込んでしまった。
「余計な声かけをするんじゃない! あと大声を出すな! トゥラが怯えるだろうが!」
広い場所にいる人間達に向けるからだろう、デュランの声も低く大きく張りがあり、シュナは初めてデュラン本人からすらちょっと逃げそうになった。
が、相変わらずがっちり手が確保されているのであまり距離を取ることもできない。
「デュラン、そこであんたが大声出してちゃ世話ないでしょ。そもそもこうなるのは目に見えていたでしょうに、もうちょっとうまく連れてきなさいよ。かわいそうに、すっかり怯えて……」
野太い男達の野次の中で、凛と響く聞き覚えのある声にシュナは反射的に顔を出した。
美しい金髪を頭の片側にまとめた見覚えのある女性、リーデレットがこちらに向かって歩いてくる所だった。




