表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
一章:若竜 目覚める
31/297

竜騎士 迷宮行きたい(そろそろ白目)

「……様。デュラン様!」


 何度か呼びかけられてはっと我に返った。

 騎士が金色の目を瞬かせると、華やかな照明に装飾が目に入ってくる。

 ファフニルカ侯爵の城、その大広間には色鮮やかで豪華な衣装に身を包んだ人々が集っていた。広間の中央部では、人々の団欒の邪魔をしない程度の大きさで流れている曲に合わせて男女がゆったりとしたステップを踏んでいる。

 もう少し歓談を楽しみたいか、あるいは踊りに少々疲れて休んでいたい者達は、壁側に寄ってそれぞれが話に花を咲かせていた。


 今夜は王国からやってきた賓客をもてなすためのパーティーが開かれている日だった。侯爵夫妻は先ほどからあちらで王家の腰巾着……もとい、今回の迷宮領視察官をもてなすのに忙しい。


 デュランの方は、昼に家族で話題に出していた通り、ヴェルセルヌの有力貴族プルセントラ公爵が三女――サフィーリア=ユリア=エド=プルセントラのお相手を主に仰せつかっていた。



 彼女は表向き使者と一緒にやってきた……というより、本人の意向で勝手にくっついて遊びに来ただけ、ということになっている。が、宝器や魔法を用いても王都からそれなりに距離があり、しかもけして安全とは言えない迷宮領に未婚の貴族令嬢を何度も送り込んでくるなんて、どう考えても気合いと野望があるというか、ヴェルセルヌ王国が推薦する未来のファフニルカ侯爵夫人候補筆頭でしかない。


 十八を過ぎていよいよデュランが正式に大人の仲間入りをすると、本人、使者共に、押し方にさらに力が入るようになってきていた。ちなみにあちらの方が三つ年上だから、今年二十二歳ということになる。結婚適齢期真っ盛りである。

 あちらで侯爵夫妻とにこやかな雰囲気を醸し出している使者がちらちらこっちを見ているのは、おそらく気のせいではない。対照的に父と母が全くこちらに目をよこさない辺りがこう、頼もしいと言えばいいのか、少しは気にして! と思うべきなのか。


 デュラン本人としては、美しく賢い人で、ちょっと気が強い所もチャーミングだとは思うが、いざ結婚の話題をちらつかせられるとそっと目を逸らしたくなる……というのが正直なところである。


 第一に政治的な問題。

 サフィーリアが嫁になったら、ヴェルセルヌ王国との連携が強まる代わりに、王国本家からの要求は間違いなくこれまで以上に大きく重くなる。現場のことをわかっていない無責任なお上の皆さんに無茶振りをされることも厳しいし、ヴェルセルヌ王国の一部となった迷宮領を他の二国、特に迷宮滅ぶべし派な神聖ラグマ法国が黙って見逃してくれるはずがない。

 戦争が起こるだろうが、どちらも決定打に欠けて長期化し、誰も得をしない。そこに漁夫の利とばかりにギルディアの愉快な蛮族達が流れ込んできて、更に泥沼化する……というのが侯爵達の未来予想図だ。

 王宮の皆様にももう少し空気を読んで頭を使っていただきたいものだが、ある程度わかった上でものすごく楽観視しているか、何も考えていないかのどちらかだろう。実に頭が痛い。


 第二に、サフィーリア本人との相性にもいささか不安が残る。

 デュランも自分の立場はわかっていて、恋愛を理由としない結婚もある程度覚悟はしている。自分の好みだけで将来の伴侶が決まるわけではないことも承知している。

 ……してはいるが、欲を言うなら「私と迷宮どっちが」問題をふっかけてくる恐れのある女性を妻にはしたくない。サフィーリアは迷宮に潜りっぱなしの夫を放っておかない方の人間だ。デュランもまた、迷宮とサフィーリアどっちが、となったら迷宮の方を優先してしまう自信がある。

 そんな関係性で一緒になって、折り合いが上手いことつけられればいいのかもしれないが、そううまくはいかないのが現実だろう。

 とは言え、逆に割り切られすぎて全く帰りを心配されないのも、それはそれで悲しい。迷宮は好きだが、家だって嫌いじゃないし、帰る場所だと思っているからなんだかんだ言いつつ毎回ちゃんと戻ってくるのだ。帰った時に妻に「あら旦那様、帰っていらしたのですか? 別にずっと潜っててくださって全く構いませんのに、地上に戻ってこられても邪魔なだけですから」なんて言われたら泣く。絶対に泣いちゃう。


 ……等と、恋愛ならば見境ないと言われる程度に自由だが、結婚となるとなかなか要求の多くなってしまう竜騎士なのだ。



 とは言え、けしてないがしろにしていい相手ではない。だからエスコートにダンス、それからお話……ダンスまでは特に問題なかったのだが、ここらでそろそろ集中が切れてきたらしい。


 目の前のご令嬢は自分に注意が戻ってきたのを見ると、にっこり笑ってからすぐに不機嫌ですよ、という意思を顔に出してアピールする。


「あ……失礼、サフィーリア。少し……」


 サフィーリアはむくれ顔でも美しい女性だった。はっきりして鋭い顔の輪郭と眉が、いかにも気の強い様子を表している。炎のような赤いドレスに身を包み、誰よりも会場で目立っていた。

 彼女がパシンと扇子を鳴らすと、周囲の目が一瞬こちらに集まるが、すぐにまた皆何も気にしていないふりをする。


「これで三度目ですわ。私のお話は退屈過ぎたかしら?」

「いえ、そんなことは……」


 騎士はすぐにいつもの女性の心とろかす微笑みを浮かべたが、常ならばすぐに出てくる気の利いた言葉がいまいち続かない。

 指摘された通り、既にもう二度も同じようなことをしでかしておいて言い訳を並べ立てるのは、いささかみっともないだろう。ファフニルカ侯爵の一人息子として、お客様を楽しませられないのははっきりとした怠慢である。


「申し訳ない。今日は少し、調子が良くないみたいだ」


 少し考えてからデュランがそう言葉にすると、サフィーリアはくすくす笑い声を立ててから扇子を開き、口元を隠す。


「わかっておりますわ。竜騎士閣下は念願の逆鱗様にすっかり夢中なのでしょう? 皆嘆いておりますもの。どんな女性よりも手強い相手が出てきてしまったわ、これでは当分、私たち誰も見向きもされなくなってしまうでしょう、って」


 デュランはサフィーリアに文句のない微笑みを浮かべたまま、おや、と心の中で眉を少し寄せる。


()、か……隠していないとは言え、広がるのが早いな。やっぱりかなり注目されているみたいだ)

「それで、どんなお方なんですの? 迷宮にいらっしゃる、あなたの想い人様は」

(……おっと)


 さてどう答えたものか、と密かに騎士は悩む。


 サフィーリアはヴェルセルヌ王国の中心を担う家の女性だ。

 デュランに対する好意は純粋なものであるのだろうが、彼女に伝わる情報はすなわちそのまま彼女の実家であるプルセントラ公爵、ひいてはヴェルセルヌ王家に伝わると思っておいた方がいい。それに先ほどからなんでもないふりをして耳をこちらに向けている人の群れ。


 黙りすぎているのも問題だ。すっ、と金色の目を細め、騎士はゆっくり口を開いた。


「……かわいい、かな。一言で言うと」

「まあ。それは見た目の話ですか?」

「見た目もそうだけど。……久しぶりに乗せてくれた相手だし、やっぱり初めてのことだから。嬉しいし、大事にしたいと思う」

「まるで恋人ができたみたい。妬けてしまうお言葉ですこと」


 サフィーリアはわざとらしくまた拗ねたような顔になった。思わずデュランは苦笑する。


 別に今まで自分が付き合ってきた相手に対して不実だったとか、冷淡だったということはない……はず……だが、シュナに対しては明らかに今までになく浮かれている自覚がある。


 皆のいる場所に連れて行って見せびらかしたい、自慢したい気持ちだって、ないとは言わない。

 けれどそれ以上に、大事にしまい込んで誰の目にも触れない場所でそっと愛でていたい気持ちが強い。


 自分はもう、慣れているけれど。この好奇の目にさらされた小さな竜が怯えて身をすくませる様を思うと、それだけで心が痛んだ。


(出し惜しみだの揶揄されても構わない。やっぱりしばらくは、信頼できる人にだけ詳しく話すことにしよう)


 迷宮に立ち入れる人間が制限されていてよかった、なんてほっと息を吐いたデュランは、すぐにまたひゅっと飲み込むことになった。


「おやおや、噂の逆鱗様のお話ですか? それなら是非混ぜてほしいですねえ、孤高の覇者様」


 うわあ、という言葉を口に出さなかった自分を少し偉いと思ってしまった。サフィーリアも扇子の下できっと顔をしかめていることだろう。見えている目元だって既に剣呑になっている。


 この場で最も会いたくない人物の声に、デュランは自分の表情がさっと硬くなるのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ