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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
七章:迷宮の至宝 目覚める
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先を行く者達の戦い 中編

 “記憶の再現”と言われているだけあってか、混乱から一呼吸置いて見てみれば、故人達の姿は生前と全く同じというわけではない。


 近くに寄れば、実在する者に比べると幾分か輪郭が曖昧で、あるいはぼやけているようにも見えうる。それは皆、淡い光を纏っていたせいだった。


 一方で、目に映る幻覚だけではないことも明らかで――聞き覚えのある声、懐かしい匂い、大地を踏みしめ人に触れる身体――そういった実体と五感が確かに、遙か先に旅立った先人達の一時的な帰還であると示していた。



『テメエらボケてんじゃねえ、走れ!』

『な、何よ――きゃあああああっ!?』


 逃げ惑うどころか呆然と襲撃者を見上げるばかりだった旧世界の人間――その手首を、いかにも荒事商売を歩んできただろう風貌の男が掴んだ。

 それを機に、呆けていた周囲も動き出す。


「あっち行こう、あっち!」

「ッヒョオオオオー!」


 脅威より目の前の新たな刺激に夢中になっていた学者と老冒険者は流石の逃げ足を発揮し、白衣の女を引っ張る男が後に続く。

 新旧世界の人間達はなんとか瓦礫の間を走り抜け、遮蔽物に身体を滑り込ませた。


『た、助かっ――』

『オイ油断すんな!』


 白衣の女がほっと一息吐き出そうとした瞬間、先導の男がまたダミ声で怒鳴った。

 彼は言いながら、自分の腰から何か引き抜き振りかぶる。


 旧人類が甲高い悲鳴をあげてうずくまったその頭上、養分に手を伸ばしてきていた触手がガィン! と景気の良い音を立てて、フライパンに弾かれた。


『ったく、日頃威勢の良い騎士だの冒険者だのはどうした! 非戦闘員コックに魔物退治させてんじゃねえ、殺すぞ!! 俺ァ猟師でも肉屋でもねえんだ、屠殺と解体からやらせるつもりか!!』


 男は叫びながら、何度も続けざまフライパンで触手を殴打する。直撃を受けた箇所は弾け飛び、それ以外は予想外の反撃にたまらなくなったのか、しおしおと力を失って地面に落ちた。

 だが無事、脅威を追い払ったはずの男が今度は慌て出す。


『ああっ、商売道具! しまった咄嗟に──だ、大丈夫か? おお、傷一つねえ……すげえな、さすが俺の人生で一番の買い物』


 つい本来の用途と外れた使い方をしてしまった調理器具を点検する。

 苦楽を共にした仕事の相棒は、触手を殴った程度では破損しなかったようだ。

 荒い風体と言動の男は汚れを乱暴に拭き取り、額に浮かんだ汗を拭う。


 と、一息ついたところで、視線が頼りない同行者の方に向く。

 もはや叫び声を上げる余裕すら失ったらしい白衣をぎろりと睨み付け、男は罵詈雑言のために口を開く――。


「すごいすごいすごい! ご老体、迷宮は本当にあり得ないことばかり起こって楽しいねえ!」

「ヒョッヒョー! 生き汚さは得じゃのう! この状況をこの目で鑑賞できるとはのー!」


 ガタガタ震える軟弱者に文句を言おうとしたところ、うるさい横槍が入った。

 この迷宮領始まって以来のしっちゃかめっちゃか状況を一番楽しんでいるのであろう、学者と老人が肩を組んではしゃいでいる。

 荒くれ男はその様子にすっかり毒気を抜かれたようで、肩を竦めた。


『なんだ、どこの老いぼれかと思ったがダーンベルクじゃねえか。汚えはしゃぎ方でわかったよ』

「そういうお前さんは笑う豚亭のドッジじゃったのう。お前さんのスープはほんに絶品じゃった。酒で死んでなければ今でも味わえたろうにのう」

「先生、先生。お知り合いの故人の方ですか」

「おおそうじゃ。儂がまだ現役だった頃の名料理人でな。ただ致命的に酒癖が悪く、最期は飲み過ぎで起きてこなんだ」

『酒で死んだんだ、文句はねえ。まあ強いて言うなら、あそこがラストならしまい込んでた銘酒を開けといた方が得だったのにな、って程度だわな』


 人相の悪い料理人は豪快に笑ってから表情を引き締める。


『って、思い出話に花咲かせてる場合じゃねえだろうがよ。お前ら非戦闘員だよな? この状況、どうすんだ?』

『そ……そうよ、私達はどうなるの!?』


 空気と化していたもう一人の故人も、思わずと言った調子で声を上げた。

 生存者達はきょとんと顔を見合わせる。


「どうなると思う? 先生」

「戦闘に関してなら、一級冒険者様がまかなえる分は何とかしてくれていたはずじゃが――はて、そういえば静かだの」



 静寂に訝しげな顔をするのは彼らだけではない。

 賑やかな緊急避難場所から少し離れた場所では、亜人冒険者の取り巻きの女の子達が身を寄せあっていた。


「ねえ、まだ? まだ目開けちゃダメなのぉ?」

「あんたはダーメ、大人しく引っ込んでなさい」

「そうよぉ。こいつだって、やーっと静かにしたんだからぁ」


 彼らの足下には、見覚えのない帝国の紋章を身につけた兵――つまりは旧世界の人間が伸びている。

 低い戦闘力の割にうるさく、余計なヘイトを買うからと、虫も殺さぬ顔の女の子達に、不意に後頭部をしこたま殴られて気絶中なのだった。


 恋する兎亜人様の前では手弱女を演じる彼女達だが、腐っても迷宮領の住人。ぬくぬく平和な王国領に比べれば圧倒的に暴力への抵抗感が低い上、非常事態の判断も素早かった。

 パニックになりやすい者は物陰に隠れて身を潜めることに徹し、号令係の一人が油断なく辺りの状況を探って彼らに指示している。


「ねえねえでも、いつまでこうしていればいいの? テハ様はご無事!?」

「ご無事ではあるわ! ただ……」


 こういう状況では実力のある冒険者に最大限仕事をさせることが、全員の生存率を上げることに繋がる。

 彼女達はそれを理解していたからこそ、オルテハの「隠れていろ」という命令に従って、声どころか気配すら殺し、大人しく潜んでいたのだが……。



 推定、この場の最大戦力であり防衛の要であろう亜人一級冒険者、オルテハ=ヴァイザーは、最終決戦に備えていた罠のいくらかを想定外の旧世界人類達に邪魔され、不利な条件での戦いを強いられて苦戦、悪態を吐きながら戦闘を続けていた。


 ――というのが、少し前までのこと。

 現在は目の前の光景にあんぐり口を開け、目もまん丸に見開いている。


『おー、良い具合に育ったじゃねえか。だらしねえ乳揺らしやがってよぉ……』

()()。またそんな、お腹が冷えるような格好をして』


 彼女の前にも、淡く燐光をまとう人間が二人。

 片方は先ほど魔物をフライパンで殴っていた以上に人相の悪い男――ただしいかにも戦える武器をぶら下げている。

 もう片方は質素な見た目に格好、貧弱そうだが、逃げ惑うだけの旧世界者と違い、異形の物が入り乱れ瓦礫が散乱している状況でも落ち着いた態度でいる。


「…………。クソカスバカゴミと、親父ィ!?」

『お前、儂のことそんな風に呼んでたのか』

『テハ。()()()()


 オルテハは二人に見覚えがある。すぐ誰かはわかった。片方は迷宮領に来て彼女に冒険者の基礎をたたき込んでいった元客、片方は故郷ギルディア領に置いてきたはずの父である。

 だからこそ、オルテハは戦闘時の彼女らしからず動転しており、知っている男達を順に指さして叫んでいる。


「なんでだよ! いや、なんでだよ!! クソカス、テメエはまあ、わかるよ。小競り合いでおっ死んだテメエにアタイは用事がないけど、そっちがアタイに用事があるんだろうなってのは、わかるぜ。だけど親父――あんた別に、迷宮領で死んでないだろうが!?」

『はあ、なるほど、親父さん……うーむ、オルテハの顔面はここから来ているわけだな。よく似てるぜ』


 オルテハの元客及び元冒険者は親子を見比べて感心した声を上げている。そして合間に、オルテハには放っておかれているが未だ周りにはびこっている脅威達をしれっと退けていた。最期こそつまらなかったが、後に一級冒険者となる女を見込んで育て上げた人間である、やはり相応の実力はあったらしい。


()()()()――テハ、周りが危ないよ』

「あー!」


 娘の乱暴な言葉遣いを再三指摘すると共に、父は周囲への注意も促す。

 オルテハがイライラしながら周りにナイフを投げると、穏やかな口調で彼は続けた。


『確かに私の最期は、迷宮領に還ったわけではない。ただ、お前が私を復元した。迷宮神水は全てを記録する。お前の身体にはお前が辿ってきた道が刻まれている。血もその一つ――』

「親……父さん。たぶんアタイが聞いたから答えてくれたんだろうが、あんた知ってる通り、アタイ、難しい話は苦手なんだわ」


 ついに根負けしたオルテハは呼び方を直すと共に、おそらく何故自分がここにいるかの解説をしてくれた父に己が理論より感覚派であることを思い出させる。

 彼は目尻にくしゃっと皺を作った――歯を見せず、声を出さず笑う。そうだ、法国人である彼はこういう笑い方をする人だった。


『今ここで生きようとしている者の味方がここに集っている、そういうことだ。テハ、怪我は全部、お父さんが治してあげるよ。だから、思いっきりやりなさい』

『そりゃありがてえ。儂も攻撃に集中して良いか?』

『勿論。法国人は約束を守り仕事に勤勉です』

『だってよ、オルテハ。なあ、儂ァ生きてる頃より調子が良いんだ。倒す数、競争するか?』


 ぬっと割って入った元冒険者――否、離脱症状で引退する前の全盛期の姿で構えた同業に、オルテハは鼻を鳴らす。


「フン、やってみろ。ただ一つ教えておいてやるが、アタイの今の級は一級だぜ」

『そりゃあすげえ。じゃあ尚更、こんなもんは余裕だわな』

「るっせえ奴」



 戦闘員が動き出せば、遠巻きに見守っていた非戦闘員達も調子づく。


「お、どうも我らの頼みの綱が復活したらしい。頑張るのじゃー!」

「テハ様ぁー!」

「応援してますー!」


 女子達からの声援を受けてオルテハの険しかった表情がふっと和らいだ。

 奇しくもそれが父と同じ笑い方であることを、彼女自身は知らない。


「……わかったよ。要は、同じことだ。邪魔なもん全部排除して、進めってことだな!」




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