特級宝器 漆黒竜鎧
「過去の人間を、疑似復活……?」
聞こえてきたシュナの言葉を、デュランは思わず呆然と繰り返した。
連動してぼやくようなエゼレクスの声が頭に響いてくる。
《ワゥ、サーイアク。アイツ、新時代どころか旧時代の人間まで参照してやがる。記録が逃げてるとしたら法国かなあ、禁書どっかで読んだってことか。やっだねー、人類の叡智を悪い方に利用しちゃってぇ》
《旧時代? それって……まさか創世記以前の話か?》
《あー、迷宮領の末裔はギリ話がわかるかな? そ、この迷宮世界ができる前の時代、ある意味ではマジモンの人類様ってコト。この混沌と異端様ですら、初めてお目にかかるね。竜が作られたときには、あいつら既に全部迷宮の礎として溶かされた後だったから――》
お喋りの竜はデュランが反応すると、いつも通りスラスラよどみなく答える。
が、途中でその流暢な口上が途切れたと思ったら、より一層高揚した調子の声音に変わった。
《あっはっは、そーかそーか! 今神性バトルの真っ最中だから、平常と違って何の警告もねーんだぁ! ヤッフー、禁則事項が話し放題だぜ! どれから喋ってやろうかな、チ――》
《エゼレクス、自重して。それより、デュラン! あの人達を守らないと!》
さすがに混沌と異端を名乗る竜、場が乱れている状況の方がむしろ楽しそうである。だが次代女神はもう少し冷静だったし、彼女に窘められたらお喋り竜もスッと黙り込んだ。
シュナの指摘に、デュランも知的好奇心を満たすより先にやるべきことがあったと思い出す。
《各位! 現れた魔物は撃退せよ! そして、人間か亜人は……保護せよ!》
《了解、ボス!》
《了解――ええ!? 魔物は倒すけど――》
《いやまあ、我々腐っても騎士ですので、人命救助は当然やるけど――くっそ、こいつら、ややこしいよっ!》
使令を飛ばしたが、竜騎士達から戻ってくる反応は芳しくない。
迷宮から初めて現れた人型生物に、誰も彼も混乱していた。
「そこは危ない! 早くこっちに!」
「きゃあああ!」
「うわあ、来るなぁっ――ぐえっ」
上空から竜騎士達が呼びかけても、迷宮人達は余計に恐慌に陥り、逃げ惑った末に怪物の餌食となっていく。
「何をするっ、お前も騎士じゃないのか!」
「黙れ! 帝国民の証を持たぬなら蛮族、都の簒奪者めが!」
「んだ、テメエ。すっこんでろ!」
「ひっ……人殺しー!!」
「るっせーな石は投げるわピーピーわめくわ、黙んなきゃ本当にアタイが殺すぞ!」
あるいは戦闘しようとする騎士や冒険者に敵対し、交戦の妨害をしようとする。
「大丈夫か、プルシ!」
「――くっ」
「助けて、助けてーっ!!」
「だからこっちもそのつもりだってのに、なんで馬鹿なことばっかりしやがる!?」
救いの手すら振り返り、死にたくないと言いながら自ら死に向かって進んで行く愚者の群れ。
今まで戦ってきた者達には、出自の違いはあれど明確に同じ目的があった。
すなわち、戦ってこの危機を乗り越えること。
だが迷宮人はどうやら志を共にするものではなかったし、その上協調性もなければ、状況を見て敵と味方を素早く区別する判断力もなさそうだった。
総じて、足手まとい以下である。
《駄目……このままでは》
《あーあーあー、見事に奴の思惑通りか》
芳しくない状況が伝わってくると、女神と竜のネットワークにも沈痛な声が流れる。
《迷宮の糧とするついでに、現場も乱れさせる。すると混乱で更に犠牲者が増えてエネルギーは益々増大。やっだねー、これだから守るモンがない奴の戦い方って奴ァ。効率的ですらない。楽しんでるんだ、この殺戮ショーを》
《ああ、いや。もう一度溶かすなんて、なんて残酷な……》
《もう一度溶かす?》
デュランも市街上空を飛び回り、犠牲を抑えるのに忙しい。
その合間にどうやら刻々と変化している迷宮の状況を感じ取っているらしいシュナが漏らした言葉に反応すれば、再びエゼレクスが応じた。
《創世の時、イシュリタスは無垢なる人の切実な願いに応えて権能をふるった。元の世界で生きていけない人間達を生かす――そのために、彼女は元の世界の人間を平らげた。そうして迷宮と、この世界を作った》
《……は? え、あの、それって》
《そう。つまり今起きているあれは、千年前の再現。シュリもまさにああやって、それまで生きてた人間達を全員ぶっ殺して、エネルギーにして、迷宮と世界を作ったのだよ》
生き物である以上、屍の上に生が成り立っているのは自然の道理である。
だが迷宮の、そしてこの世界の成り立ちとは、もっと直接的に古代人の犠牲に依るものである――。
灰と赤に染まりつつある世界の、始まりの真実。
《死者から参照した概念を生者とし、それを消費することで神の権限を強化する。ある意味ひっじょーに効率的なエネルギー再利用であり自家発電――ワウ、思いつくだけでも悪魔的発想なのに、よくもまあ即実行に持ってくよな。さすが我らが天敵。管理者が不定でルールが曖昧な今だからこそ通じる最適解って所だね》
《――っ。とにかく、このままじゃジリ貧だ、どうにかできないのか!》
眼下でまた一人迷宮に飲み込まれていく迷宮人を見て、デュランは思わず叫んだ。
エゼレクスの言っている通りならば、迷宮から現れた彼らはいわば迷宮の魔物と同じ――死んでもまた、迷宮に戻るだけ。ここで魔物の被害から守ってやったところで、千年前から蘇るわけではないのだろう。
だが、見殺しにすれば彼らの死はザシャの力となる。
それ以上に、人間の姿をしたもの達が無残に殺されていく様子は士気を奪う。
その上彼らは敵対的で、戦闘の妨害すらしてくるのだ。
今の所、騎士や冒険者はまだ持ちこたえているらしいが、迷宮人達の数が減るだけ敵の猛攻も増していくのを感じる。犠牲は時間の問題だろう。
《死者から参照した概念を生者とする――》
その時、惨劇模様に心を痛めていた女神の娘がふと呟いた。
《ああ、シュナ。気がついた?》
お喋りの竜はいち早くその変化に気がつき、女神とネットワークを形成する竜ならではの繋がりから思考を読み取り、彼女にそっと囁きかける。
《そう。奴は管理者権限を行使してこの混乱を引き起こした。君にも同じことができる。……この状況を変えるために》
デュランとも繋がっている公開の思念ではなく、エゼレクスから直接シュナへの個人的な助言。
《でも……でも、そんなこと。そんなこと……!》
《そうだね。その葛藤がないから奴は気軽に死者を呼び起こせた。だけどシュナ、デュランも言ってる通りこのままじゃじり貧、残念ながらあまり悩んでいる時間もない》
《…………》
《ねえ、ボク達のお姫様。もっと簡単に考えても良い。ここは迷宮、万人の願いを叶える場所。――君は一度も願わなかったのかい? もう一度、会いたいと》
願わぬ竜は、希うヒトの子でもある彼女を促す。
その切実な欲望は、叶わぬからこそ唱えられた。
今再び問われて、迷いは生じる。
果たして不可逆を可逆とすることが許されるのか。
永久の眠りの妨げは冒涜ではないのか。
叶ったとして、それは果たして本当に願ったものなのか。
否。不可逆はやはり不可逆であり、これはうつろう世の狭間に浮かんだ夢幻である。
覚める夢ならば、許されよう。
――お前が呼ぶなら、今一度、星に手を伸ばすことすらも――。
空に一筋の光が差した。
否、依然として迷宮領を覆う不気味な枝葉を割ったわけではない。
ただ中空に輝きが現れ、光の尾を引きながら地上に向かう。さながら彗星のごとく。
間近に現れた星の輝きに、デュランは一度視界を奪われる。
彼を乗せるティルティフィクスが何やら高揚した声を上げた。
いや、迷宮のあちらこちらから竜達が歓喜の鳴き声を上げている。
瞬きを繰り返してようやく視界を取り戻したデュランが見下ろせば、そこには一人の男が在った。
彼は見覚えのある鎧を身につけている。
全身を覆う分厚い装甲は漆黒、背にはマントが翻り、彼が手に持つ大きな剣がきらめいた。頭部の角のような左右二本の突起や鱗にも似た身体の模様は、どことなく竜を思わせる見た目である。
五年前、少年デュランに貸し与えられた特級宝器漆黒竜鎧。
元々は女神イシュリタス唯一の夫だった人を、あらゆる災厄から守るべく、彼の半身だった竜から変じた愛と守護の武装。
呆然と目を見開く迷宮領次期領主に、どこか誇らしげにエゼレクスが語った。
《さあ、ごらんよ、二代目クン。あれが本来の鎧の姿――そして本来の持ち主様だよ》
「つまりあれがお義父様、ってコト……!?」
《お前マジそういうとこだし、この後の修羅場の難易度自分で上げてくの、流石すぎるわ》




