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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
七章:迷宮の至宝 目覚める
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地上/途上 魔の手の群れ

「ああもうきりがねえ、本当にめんどくせえなあっ!」


 ナイフを投げつけながら、兎亜人の女は悪態を吐き出した。褐色の肢体が伸びやかにしなり、入れ墨が淡く光を放つ。不可視の盾、筋力向上、それに全身に施した空間術。オルテハ=ヴァイザーは術と宝器の両方を使いこなして戦う。



 術と宝器を両方取り扱う者は少ない。適性だけでいったら、それなりに該当数はあるのだろう。女神イシュリタスの庇護の元生き延びた三種の新たなる人類の子孫達は、今やほとんど純血ではない。


 術士の故郷である法国では、迷宮は異端だ。宝器の使用は疎まれるところである。

 一方、王国では術を扱える者を魔女と呼んで恐れる。権力者に近づけば重用もされるが、庶民の間では恐怖の感情の方が大きい。

 亜人の国では術使いは奴隷の証、あるいは邪道とみなされる。


 オルテハ=ヴァイザーが術を使うのはまさに、彼女が故郷で隷属階級であり、正道を外れる者だったからだ。


 彼女の父親は法国の人間だった。

 母親は部族長の元愛人の一人。既に男児を産んでいたのと、年がもう四十にさしかかったので、退職金をもらって引退した。女はその金を持って市場に行き、大人しく真面目な少年を買ってきて、余生の伴侶に迎えた。

 それでできたのがオルテハである。


 両親は彼女を可愛がってくれたが、母はそれほど長く生きられず、父は立場上、強く娘を庇うことはできなかった。

 大きな後ろ盾のない少女の生活など、語ることではない。

 オルテハは早熟で、十の年には男を知っていた。ギルディア領ではそう珍しくもないことだった。


 母のことはあまり覚えていない。

 父のことは、嫌いではなかった。娘に家庭らしさを押しつけず(というよりは、適性がないと諦めていたのかもしれないが)、時間のあるときはこっそり術の使い方を教えてくれた。


「勝てない喧嘩は売ってはいけない、買ってもいけない。待ちなさい。時は志を持ちて、待つ者にのみ与えられる」


 父の口癖だった。短気なオルテハは反発することも多々あったが、いつどんなに酷い状態で帰っても、何も言わず出迎えてくれる所は良かった。それに治療をして食事もくれた。


 彼は実に、模範的法国人であった。質素倹約につとめ、じっと耐えて待ち続けた。


 オルテハが十四の夏、父は熱に倒れた。

 病床の彼は娘に家の地下を掘らせた。

 そこには貧困の中、娘にも隠れてコツコツと貯めてきたらしい、ずしりと重たい巾着があった。


「北を目指しなさい、テハ。王国でもなく、法国でもなく、この土地でもない、女神イシュリタスの膝元。そこではどんな種類の人間も――星の神に見捨てられた悪魔すら、生きて幸せになることが許されていると聞く。術を使う亜人にも、あるいは居場所があるのかもしれない……」


 そう言い残して彼は瞼を下ろし、二度と目を開けなかった。もう何もオルテハがここに縛り付けられる理由はない。


 墓を掘る時間も惜しく逃げ出したが、父ならば怒らないだろう。模範的法国人は、合理的な男だった。



 迷宮領にたどり着いた最初は頼る相手がいなかったため、港の娼婦達に面倒を見て貰った。

 そこで第一の生きる術と、ついでに自分が女好きであることを知った。


 娼婦として生きていくうち、客が戯れに戦い方を教えてくれたことがあった。思いのほか筋の良いナイフ捌きを披露した彼女に、薄汚い男の一人が目の色を変え、勝手に指南役を申し出た。


「なに、この年になるとな。昔ほど切実に肉欲に支配されねえから、別の遊び方をしたくなるのよ。お前さんは冒険者向きだ、先が楽しみだねえ」


 テメエ偉そうに言いやがって、ちゃっかりご利用もしてるくせによ、と若い頃のオルテハは思っていた。だがくれるものはありがたく貰っておいた。嫌な客相手になったとき、自分でたたき出せる力が身についていくのが楽しかったのもある。


 男が離脱症状で引退するのと入れ替わりに、オルテハは一部装備品を譲り受け、冒険者として出発した。優れた亜人の身体能力と、術を惜しまぬ彼女の独特の戦いは瞬く間に成果を出し――そして一級冒険者としての今に至る。



 というわけで結構紆余曲折、あるいはその場の流れに任せた人生を送ってきているのだが、そのオルテハ=ヴァイザーとて、空中から無数の腕の群れに襲われるのは初めての経験だ。

 しかも本来絶対に安全なはずの、迷宮領の市街地で。


 雨のごとく降り注ぐ人の腕の形をしたそれは、重なって巨大化し叩き潰そうとしてくることもあれば、横なぎに払ってこようとすることもある。あるいは無数、縦横無尽に四肢に群がり、締め上げるなり、押しつぶすなり、空中につるし上げるなり、そこから無慈悲に引き裂くなり、高い所から投げ落とすなり――まあ、応戦に失敗した犠牲者の残骸がちらほらその辺に転がっているから、どんな目に遭うかは目の前で実証済みだ。


 加えて厄介なのが、単純な物理攻撃が効かない相手のようであるところだ。半透明のそれは、ただの金属や身一つで立ち向かおうとしてもすり抜けてしまう。そのくせ相手からは触れられるのだから、本当に始末に負えない。見たことのない形だが、宝器か術、あるいは特殊な仕掛けの付与された武器でないと倒せないという性質からして、魔物のゴーストの一種なのではないだろうかと推測している。


(くそ、こいつはいつになれば切れるんだ。これが最後なら、思い切ってこっちも全部リソースを割くが……)


 魔石を握りしめて気力を回復したオルテハは、つかみかかってきた腕をいなして手刀をたたき込んだ。全身に術を仕込んでいる彼女ならば、武器でも徒手空拳でも応戦が可能だ。


 そうしてオルテハが一つ相手を退ける度、周りでキャアキャアと黄色い声が上がる。


「テハ様ー!」

「こっち向いてー!」

「素敵ー!」


 女性冒険者達が、戦闘の合間、一級冒険者オルテハ=ヴァイザーの勇姿に歓声を上げているのだ。

 オルテハは次の攻撃が間近に迫っていないことを、素早く目視で確認する。それからバチンと、観客達に向かってキザなウインクを決めた。


「後でな、かわいこちゃん達」


 再び場が沸き立つが、その間に彼女達もまた、刃物を振り回し、打撃武器をふるい、矢を放っているのだから、なかなか器用なものだ。



 そもそも今日、オルテハ=ヴァイザーは最近のたまりにたまった鬱憤を晴らすべく、なじみの女の子達と久々に港で遊んでいた。


 そこに緊急事態と来た。

 せっかくの休日を潰されて、亜人冒険者は憤慨した。何ならきっちり招集されていたにも関わらず、一度はタヌキ寝入りしてやろうかという勢いだった。


 しかし、「私たちのオルテハ様がすぐになんとかしてくださるのよね!」と期待の眼差しを向ける取り巻きの手前、怠惰を晒すばかりにもいかない。


 オルテハ様は全く以て清くも正しくもないが、美しさと強さは健在である。それに投資には惜しみなく、懐に入れた人間の庇護にも熱心だった。


 最初は同性であることに困惑した女達も、「経験してみれば男よりもずっと素敵な彼氏かも……♡」と納得し、気がつけばファンになっている。


 愛の伝道師はけして自称しているだけではなく、ある程度の実績に基づいての名乗りなのだった。


 そんな優雅なる伝道師は一方で、典型的血の気過多の亜人冒険者でもある。

 流血沙汰に血湧き肉躍り、争いごとにはむしろ積極的に首を突っ込んでいく。冒険者も娼婦も兼業している女は珍しいが、オルテハにとってはどちらも刹那の生を感じられる仕事だ。



 さて、取り巻きの声援を受けて軽やかに飛び出し、興奮のままに魔物達を屠っていた頃は、冒険者の顔は涼しげなものだった。


 ところが次の、空中から襲いかかる無数の手相手には、欲求不満の色の方が強くなってきている。終わりが見えないのと、対空戦はそこまで得意分野でないことが、爽快感を削いでいるためなのだろう。


 元々、南部の封印が完了したため、一番大きな穴の空いている中央区に向かっている途上。本番に向けての肩慣らしのつもりが、思わぬ足止めを食らっているという状態であることも、更に彼女のやる気を削いでいた。


「ヒョッヒョー、世紀末じゃあ!」

「わあああい、リアル黙示録だあ、ありがとう女神様!」

「うるせえぞ、そこの雑魚共がっ!」


 しかもこの緩やかにじり貧の現状にあって、テンション爆上がりの非戦闘員の存在がより一層イライラを増幅する。

 学者と、乞食もどきな元冒険者のじいさんの二人組だ。


 迷宮内部と違って市街地なのだ、戦えない人間が残っていること自体は、まだ理解できる。オルテハの彼女達にだって、普段は戦いとほど遠い生活を送っている子は何人もいる。

 それに、ただの足手まといというより、特殊な状況によっては助太刀になることもあるタイプだから、その辺も加味はしよう。


 だが、頑張ってフォローしてみようとしたところで、こいつらが狂っていることは明らかだ。頭がおかしくなければ、わざわざ避難所から、危険地帯最前線まで出てくるはずがない。


 封印の現場に立ち入ったとき、なんでここにいるんだ、という目を向けたら、聞いてもいないのに答えてくれた内容には、めまいすら覚えたほどだ。


 何がこの奇跡的瞬間を体感しない手はない、だ。アホか。アホの極み過ぎる。学者ってなんかよくわからんが、頭を使うお高い奴らなんじゃなかったのか。


 乞食のじいさんの方なら、なんとなく魂胆もわかる。

 奴は引退したとは言え、元から生粋の冒険者だ。強い冒険者の後ろにくっついていって、ちゃっかりおこぼれに預かる。そういうハゲタカ戦法も、処世術の一つではある。どうせ今回だって、犠牲者とか、他の冒険者が頑張って倒した魔物の残骸から、がっぽり剥ぎ取っていくつもりなのだろう。


 だったらなぜ大人しくしていてくれないのか。いや、ちゃんと物陰に隠れてはいる。露骨に攻撃の矢面に立つとかされれば、いっそオルテハも割り切ってさっさと見捨てる。何ならどさくさに紛れて背後から射殺する。一級冒険者には救援の可不可を見定める目も必要だし、自分から死にに行く人間に報酬もなくわざわざ命をかけてやるほど、オルテハ=ヴァイザーは博愛主義ではない。


 けれど奴ら、あれで割と身の安全は確保している。だからずっと、騒ぎ続けていられる。


「そんなに暇があったら、さっき穴を封印した時みたいにちっとは役に立ってみやがれ! あの化け物、どこが弱点なんだよ!?」


 オルテハがうなり声を上げると、うひゃっと女は首をすくめた。が、やっぱり全然懲りている様子はない。


「残念だが、ヴァイザー君! 端的に答えると、弱点はない! だって本体は迷宮最深層だからね、ここでいくら末端を迎撃しても根本的解決は無理だよ!」

「ハッ――ぶっ殺すぞテメエ、そこから出てこい!」

「八つ当たりかな!? だけどね、状況の変化と言うことを望むなら、ただ時間経過によると思われるんだ。つまり、もし私の推測――というか過去の記録の通りに進むなら、これはたぶん前哨戦かつ耐久戦。次の段階が来れば――」

「アアン、聞こえねーし意味分かんねー、なんだって!?」


 怒鳴り返したオルテハは、はっと息を呑んだ。


 唐突に、空から腕の群れが消える。突如戦う相手を失った冒険者達は、ぽかんと立ち尽くし、あるいは勢い余って倒れ込み、驚愕に目を見開いたまま周りを見回している。


 振り仰げば、いつの間にか空の色が変わっていた。

 巨大な銀色の半球が、迷宮領全体を覆っている。

 まるで大きな一つの屋根のように。

 あるいは内部に囲ったものを映す、鏡のように。


「……ほらね。たぶん準備が完了したんだ。未知の魔物なんて可愛いものさ。()()が来るよ。我々人類が、迷宮で最も敵対したくないもの――」


 しんと静まりかえった中で、学者が爛々と目を輝かせながら呟く。


「ということは。やはりイシュリタスは、本気で我々を殲滅する気だってこと」


 ピイイイイ、と甲高い高音が空を裂く。

 救命笛ホイッスルによく似た響きに、その場の全員が顔色をなくした。




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