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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
七章:迷宮の至宝 目覚める
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迷宮 死体漁り

 靄が辺り一面を覆い尽くしている。土埃のような、硝煙のような、あるいは霧のような、とにかく何か漠然と白っぽいものが漂っていて、視界が非常に悪い。

 静かだった。およそ生き物の気配が感じられない。


 音がした。地面を踏みしめる足音だ。あまり大きくはない。


 やがて影が現れた。ぴょこぴょこ頭の上で動く耳も、ゆらゆら揺れる尻尾も、亜人特有のシルエットだ。


 けだるそうに歩いてきた冒険者は、べっと口に溜まった血を吐き出し、一点で立ち止まる。


「ユーディちゃん。まだやる? つか、生きてる?」


 見下ろす場所に、神官の姿があった。力なく倒れ伏すそれを、男は警戒の滲んだ目で見つめている。彼が微動だにせずにいれば、場に再び沈黙が満ちる。


「……さすがに打ち止めか。頭吹っ飛ばした甲斐があったよ。二回ぐらい心臓止めたのに動くんだもんさあ」


 見極めに満足したのだろうか、男は大きく息を吐き出し、ひゅんと腕を一振りした。鞭から汚れがぱっと散り、くるくると巻き上がってお決まりの位置に収まる。


 呪術による防壁は何度か耐えたが、最後には鞭が勝ったということだ。ザシャはどちらかと言えば、体を損壊して絶望する頭を残しておくのが好みだ。当代一の呪術師相手では、さすがにポリシーだけに浸ってもいられなかった。


 女の死体には頭部がない。首から静かに血が流れ出していき、温かな湯気を上げながら辺りにゆっくりと広がっていく。


 初めから死に体だったわりに、すさまじい悪あがきっぷりだった。

 おかげでちょっとだけの肩慣らしのつもりが、結構力を入れさせられることになったし、ちょっとした負傷もおまけで押しつけられた。保険の迷宮神水エリクシルをここで切らされた上に、解決しない問題まで残すとは。

 自分に対して絶対に少しでも悪い条件を残してやろうという、鋼の意思を感じる。


「まあ、あんだけ自信満々だったし、何かしら隠し球は持ってると思ってたけどさ……ナニコレ。まあ何って十中八九呪術だとは思いますけど」


 亜人は悪態を吐き、恨めしそうに脇腹をさすった。


 装飾品の中に仕込んでいた少量の迷宮神水エリクシルで、あらかたの傷はそれで治った。が、どうしても一つ――ユディス=レフォリア=カルディと接近戦をした際、切りつけられた脇腹のかすり傷が閉じないのだ。ぱっくり開いて中身が見えているわけではないが、一本横に入ったうすい線からじわじわと染み出す体液が、いつまで経っても止まらない。


 迷宮神水が治せぬのなら、呪術絡みの何かなのだろう。


 亜人はしゃがみ込み、女神官の服を適当に破り取った。それを傷に当てれば、ひとまず少しはマシになったようだ。引き裂いた布でぎゅっと傷口を押さえてから、金色の目を冷たく細める。


「ま、コレのおかげかぶっ殺したか知らねーけど、頭のモヤモヤもついでに取れたし? どんだけ僕に妨害飛ばしてたんだよ、この禁術使いサマは。並みの人間なら知らない間に死んでるレベルなんじゃね? 知らねーけど」


 戦っている最中、ザシャの思考には今の辺りの風景のように、ずっとはっきりしない部分があった。

 ユディスの相手をしながら次の行き先の当たりなどつける算段だったのに、全くうまくいかない。

 いつの間にか湧かなくなったうるさい雑魚達の事も考えてみようとしたが、ただ雑音になるだけで、仕方なく神官の相手に集中せざるを得なくなった。


 そういう、何かおかしい状態である自覚はあったが、それ以上はどうにもできずにいたものが、戦闘が終わったらすっきりした。だからおそらく、ユディス=レフォリア=カルディはザシャの頭がおかしくなるような術をかけていたのだ。散々火球とか飛ばして派手な戦闘をしていた一方、地味に地道にチクチクやってもいたということなのだろう。


「やっぱりお前、優等生面してるけど、素の性格は結構悪いだろ」


 と言ってみたところで応じる相手はいないから、これは完全な独り言になるのだが。


 ちなみに今改めて歩き回っても、試練の間からの刺客が現れる様子がない。


 おかげでゆっくり探索できて、お目当ての物一つ目を見つけることもできた。

 ユディス=レフォリア=カルディがザシャを負傷させた短剣だ。一見しただけだと、両刃であること以外特に特徴が見当たらない。鋭い銀色の刃は、注意深く観察すると妖しい光を放っているようにも見えた。


 限りなく頂点に近い座にある神官の持ち物だからてっきり呪術を施されたものかと思えば、どうやら宝器ではないか、とザシャは首を傾げる。


 見目は地味だが、結構級は高いと見た。愛用する鞭と似たものを感じる。思わず口笛を吹いた。


(まあなんというか……狙った相手を必ず仕留めるが、持ち主も無事では済まされない、みたいなまがまがしさですこと)


 ザシャは特級冒険者、お宝への目利きも保証されている。

 彼の武器に対する第一印象は大概当たった。ちなみに今回は、正直あまりよろしくない。が、今回の冒険は常とは異なる。帰り道を考えなくていい旅で、冒険をしない者こそ愚か者だろう。


 それに予定外にリソースを削られたり傷を作られたのは業腹だが、ナイフに相当する物の補充はありがたい。


 先ほどデュランとの戦闘中になくしたので、結構凹んでいたのだ。行動不能にした後、あれで色々しようととても楽しみにしていたのに、なんて酷いことをと憤慨した。別に頑張れば爪だって歯だって代用はできるが、やっぱりちゃんと綺麗に取り出したいではないか。


 新たに入手した短剣は手に持ったまま、ザシャは死体まで戻ってきた。

 迷宮、あるいは冒険者の特権、死体漁りである。組合にだって果てた先駆者の懐は探ってもいいルールがちゃんと明文化されている。

 まあ、意図的に殺して奪い取るのはもちろんタブーなわけだが。


 ユディス=レフォリア=カルディは冒険者でもあるが、それ以上に枢機卿であった女だ。あまりめぼしい装備や道具はないだろうが、少しばかりのポーションでも得られるのならしめたもの。


 だが、ごそごそ漁った手が探り当てたものは、意外な一品だった。

 指に挟んだそれをまじまじと見つめた亜人は、鼻で笑って死体を見下ろす。


「お前もね? なんかほじくり返せばなかなかのものが出てきそうな予感はあったけど、デュランちゃんの方がずーっと素直で可愛いし、責任感じてくれるし。星神はすぐ星のせいにして逃げんだもん。でも弟子の事は結構わかりやすかったな? 楽しませてもらったよ」


 ヒラヒラと振られるそれは、長方形の薄っぺらい紙だ。

 押し花があしらわれた、おそらくは栞だろう。


 そしてこの花びらには見覚えがある。

 ユディス=レフォリア=カルディを慕い――そして師もまた、周りや本人が思っている以上に可愛がっていた弟子が、休みが来る度花を集めて贈っていた。


 ご丁寧にこのような形で保存して、最後の冒険にすら同行させるとは。


「これは僕が貰っておくね? 縁があったら返してやるよ、あいつも結構可愛いからな」


 くるっと器用に一回転させてから、腰の装備入れの中に押し入れる。


 それ以外の報酬は得られなかったが、ザシャ=アグリパ=ワズーリは上機嫌に鼻歌を歌いながら、次の場所へ――靄の中を少し歩けばたどり着ける、闇への入り口に向けて足を踏み出した。

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