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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
七章:迷宮の至宝 目覚める
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地上/廟 崩れる十字架

 ルファタ=レフォリオ=プルシははやる心をつとめて抑え、廟で同胞達の到着を待っていた。

 既にちらほらと見慣れた貫頭衣に身を包んだ人間の姿は見ているが、大概が他の避難所からあぶり出されてきた非戦闘員だ。なかなか期待する種類の者が姿を現さない。


 ばちん、ばちんと時折音を立て、障壁に阻まれて迷宮の内部に戻っていく魔物達を見つめるうち、いつの間にか己の爪を噛んでいたことに気がつく。


 ――昔、物心ついてまもなく、師と出会う以前によくしていた癖だ。何か欲求不満や苛立ち、言語化できぬ衝動が胸の中に渦巻くと、ルファタは爪を噛んだ。喉元まで出かかっている言葉のもどかしさをこらえるように、あるいは呪詛を防ぐように。


 師と共に過ごしているうちに、自然と矯正されていたのだが、一人になると途端にこれだ。苦笑しようとした表情がこわばって歪む。


(……それだけ、張り詰めている)


 自分がピリピリしている自覚はある。……つもりだったが、思っていた以上に疲労の蓄積が重いのかもしれない。


 ぎざぎざになった爪をさすったのち、その手は腕をぎゅっとつかむ。


 本当は、一刻も早く他の場所の応援に走り出してしまいたい。けれど、自分の編んだ封印の監視と補強を任せられる、と判断できる人材が来なければ、この場を離れることはできない。


 ルファタがいない間に魔物が包囲を破ってしまったら、それこそ今必死に取り戻そうとしている信頼は水の泡だ。


(カルディの一番弟子として――それ以前に、一人の神官として。己の責務を最後まで果たし抜け。焦ってはいけない……)


 だけど少し経って気がついてみれば、また爪に歯を立てている。今度は深爪にしすぎた痛みで気がついた。うっすらと指の間に朱が見えたが、ため息を吐いて短く呪文を唱えれば、すぐ何事もない状態に戻る。


(――せめて休む間もなくこき使われるようなら、余計な事を考えずに済むのに)


 少し離れた場所では、手持ち無沙汰気味に竜騎士が塞がれた穴を見つめていた。

 彼らの主力はもう、既に中央区に向かっている。残っているのは見張り用の人員だ。


 あの隊長は出発前にも声をかけてくれて、本当によくしてくれた。彼がよく言って聞かせたおかげだろう、ルファタのことを面白くなさそうに見つめる騎士達も、進んでつっかかってこようとまではしない。


(優しさがいたたまれないだなんて……)


 気配りが、好意が、かえって押しつぶしてきそうだ。


 暗澹と沈む少年の心は、けれど急に浮上させられた。


「上を向きなさい、星の民(アルストラシヴィラ)。俯いていては星は見えません」


 知り合いの声にはっ、と少年が顔を上げれば、果たしてぬぼっとした様子の大男がゆったり大股で歩いてくるところではないか。


「アファルル=ヴィシ!?」

「そこまで驚くことないじゃないですか、もー。あ、簡潔に言うとね。南部の封印が完了したので、余りの皆でこっちに来ました」


 大男が顎をしゃくった先には、ずらずらと神官達が並び、ルファタを見ると口々に星句を唱え、あるいは手を結んで挨拶してくる。冒険者経験があり、時にユディスの供をして迷宮に潜っていたような顔ぶれだ。


 慌てて少年が挨拶を返せば、彼らは通り過ぎがてらぽん、ぽん、と彼の肩を叩いた後、編まれた術に近づき、興味深そうにしげしげと眺めている。


「南部の封印が、完了――?」

「そ。ここと同様に。……だって人数が違いますもん、そりゃ規格外の枢機卿や神童様には劣りますが、集まって根性出せば一時しのぎ程度ならなんとかなりますよ、我々」


 肩をすくめた長身の神官は、次に半眼でルファタの作った術を見つめ、


「しっかしアレを一人で、しかも我々とほぼ同じ時間で完成させたと――本当に化け物師弟ですね、あんたら……」


 なんてぼやき出す。


 しばらくそうやって一人でぶつくさ言っていたのだが、全く反応が返ってこないことをいぶかしみ、改めて少年に目を向ける。


 するとすっかり呆けた顔が目に入り、先輩神官はふーっと大きく息を吐き出して頬を掻いた。


「思いもしなかった展開、って顔ですね」

「――それ、は」

「プルシ、単独でアレを完成させられる貴方は間違いなく神童、あのレフォリア=カルディをしていずれ自分を超えると予言させることはある。でも師と同じ道を行くにはね、それ。圧倒的腹芸不足ってやつです」


 へらっと笑った男は、軽く握っていた杖を担ぎ直し、恥じ入るように目を伏せる相手に柔らかとも自嘲ともつかない、なんとも中途半端な笑みを浮かべた。


枢機卿カルディは心配性が多い。大分ぶっ飛んでるレフォリア=カルディもそれは同様。色々計画を進めるにあたって、保険の一つや二つ仕込んである。拙もそのうちの一つでした。……まあ、聖堂の皆で何やってたかまでは知りませんけど、何かあったら建物ごと爆破しろ的な事をね、言われてましてね。先に崩壊するとは思っていませんでしたけど、お手本図があれば術の構築も可能なのです。――要するに、まとめると。あの方の弟子は君だけじゃないんですよ、レフォリオ=プルシ」

「……ぼくは、そんなつもりは」

「そういう、大事な事を全部一人で抱え落ちにしようとする悪癖。まねっこしないでくださいね。まあ実際、あの人の代わりには誰もなれないが……」


 実際、ルファタの頭の中はいつもユディス=レフォリア=カルディの事でいっぱいで、その他の神官達の印象はどこか薄かった。彼らもまた、日々研鑽を積み、枢機卿に憧れ、慕い、尊敬し、あるいは実力を認めて集っている――知っていたけれど、わかっていなかった。


(……聖堂の時と同じだ)


 少年は深く自らを恥じ入る。


 あの時、彼が何よりも辛かったのは、師が自分以外の者を使ったことだ。そして今、また同じ事で()()()()()()()()()


 お小言が染み入っている気配を感じてだろうか、先輩神官の雰囲気がいささか緩んだ。


「ともあれ、我々は我々で、なんとかやっています。貴方も無理ばかりしないで、ほどほどにやってください。あとホウレンソウ。単独行動するなとは言わないんで、何してるかぐらいは教えてほしいなーって」


 ぽん、と他の神官達がしていたように、少年の肩に手を置く。大男はそのまま手を離さなかった。ルファタは俯いたまま、小さく返す。


「……中央区が。大変と、聞いているので」

「ん。そうみたいですね」

「ぼくも、お手伝いに……」

「拙もここの点検が終わったら、そっちに行こうかなって思っています。一緒には……はいはい、ちょっとお互い頭を冷やしますか、後輩殿」


 からりと笑われて、むくれそうになった彼の顔色がさっと青くなった。


「どうした?」

「いえ――術は大丈夫です。術は」


 即座に相手の変化を感じ取って構えた先輩に、封印が破られたのを感知したわけではないのだと、すぐ相手の思考を悟った少年は伝える。


 彼の震える手が、自分の懐を探った。手探りに感触を確かめ、握りしめて引っ張り出してみる。


 それは星神教徒が特有に持つ、祈りのための道具だった。時に呪や魔力を込めることもある。


 数珠の先に連なる十字には、深々と亀裂が走っていた。ルファタがその傷を目で追うと、空しい金属音を立てて真っ二つに砕ける。


「あ……」


 よろよろと、力なく少年が膝を曲げた。あるいは崩れ落ちたようにも見える。


 見守るヴィシは、牛を彷彿とさせるぬぼっとした大男だが、この見目で案外空気の読める男だ。それは何だ、などという無粋な問いは口にしなかった。


 ――ユディス=レフォリア=カルディへの願掛けでも込めたか、あるいは師から贈られたか。


 それがたった今、壊れた。


 壊れた装飾を前に呆然とする少年の傍らで、しばし男もまた声なく立ち尽くした。

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