表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
七章:迷宮の至宝 目覚める
268/297

迷宮 試練の間 前編

 大量の汗と、時々は血も流しながら、熱と化け物の群れを超えた先、溶岩の中に浮かぶ道の果てに、求めた次の間への入り口が見えた。


 ぽつりとそびえ立つ灰色の扉の左右二柱には、行儀良く竜が鎮座して上部を見上げている。その視線の先、アーチの真ん中には、騎士の掲げる剣を想起させるような、上向きの剣の装飾がかたどられていた。

 扉自体には苦悶する男女の骸が、互いに手を取ろうと――あるいは押しのけ合うように手を突っ張り、来訪者が近づけば開門と共に左右に引き裂かれていく。


 いつ見ても落ち着かない気分にさせられる。

 これが試練の間への入り口だった。


 ひとまずの終着点までたどり着いた騎士と神官とは、無言のまま背後を振り返り、次いで周囲を見回した。

 この近くには魔物の気配がないことを確認し終えると、各々ほっと息を吐き出し、汗を拭い始める。


 扉自体は開かれているが、ただちに魔物が飛び出してくる様子や、また勝手に次の間の冒険が始まってしまうことは起こらない。


 試練の間は資格者全員に門戸を開くが、あくまで自主的に挑む者のみを受け入れる。その次の闇黒の間も同様だ。


 資格、というのが何を基準としているのかは定かではない。

 少なくとも、炎獄の間を制覇するような実力は最低限求められているのだろう。


 しかし、炎獄の間に至る者でもこの扉を見る者、見ない者が別れる。

 更に、仮に試練の間に進むことができたからと言っても、その次の間――女神に至る真の道が用意される者は、数限りない。


 何もかもを吸い込んで溶かしてしまいそうな、深い靄の広がる先を見つめながら、挑戦者達は各々最後の準備を整える。


 この劣悪な環境下であまり飲み食いをする気にもなれないのだが、ここに来るまで既に消耗している上、この先ではろくな安息所が確保できないことが予想される。食料はまだしも、水は腹が重くならない程度、無理矢理にでも喉の奥に押し込んだ。ついでにデュランは塩味の飴玉を取り出して口の中に放り込み、バリバリと歯で砕いている。


「……おそらく落ち着いて会話ができるのは、これが最後でしょう。知識の共有を済ませておきませんか?」

「――ああ。賛成だ」


 黙々と支度をしていた二人だったが、一段落したところで、ユディスの方がおもむろに口を開いた。騎士は小さくなった飴玉の欠片をぐっと飲み込みつつ、頷いて返す。


「試練の間がどういう場かは、ご存知ですね」

「部屋の構造は単純だが、とにかく魔物が多い。他の場所なら、その場にいる奴を倒しきれば一息つけるが、試練の間では魔物がいなくなる……ということがない。全部撃破すると、補填される」

「そうです。それから基本的には、前の部屋に戻れない。一方通行です」

「一度入ってしまうと、その先に進むにしろ、リタイアして引き返すにしろ……新しい扉が出てくるまで、待つしかないんだよな。小部屋から次の小部屋に移動すると、前の通路が封鎖されてしまうから」

「その通り」


 二人は経験と知識を元に、すり合わせを進めていく。既存常識の共有に頷いて先を促そうとしたデュランは、ふとあることに思いついて手を上げた。


「ところで、枢機卿。俺は今まで、試練の間には、一人でしか入ったことがない。チームで入った場合は――たとえば一人が次の小部屋に移ってしまったら、そこで置いてきたメンバーと分断されてしまうことになるのか?」

「チームで入った場合――あるいは内部で合流した場合は、集団が一つの個として認識されます。たとえば騎士と神官の二人組で試練の間に挑んだとします。一つ目の小部屋から二つ目の小部屋に、騎士のみが移動した。この場合、その時点では一つ目の小部屋と二つ目の小部屋を結ぶ通路は封鎖されません」

「神官が苦戦していたら、騎士は戻って助けられるってことだね」

「そうなりますね」


 微笑みを浮かべたデュランに対し、枢機卿は淡々と喋り続けるが、幾分か柔らかい口調になっている……ような気がする。法国の人間達は自己の抑圧に長けた者達ばかりで、しかもこの枢機卿は自制心の塊筆頭であるから、感情の機微はいまいち読み取りにくくはあるのだが。


「先に進んだ一人が戻って、最初の小部屋に二人が集まった場合は……小部屋間の通路は閉ざされる?」

「いいえ、開いたままです。ただ、集団で試練の間に挑んでいる場合、その集団に属する全員が次の小部屋に移動しなければ、その次の小部屋への通路は開かれません」

「分断は恐れずに済むけど、俺一人だけ……もしくは君一人だけ、って戦法は使えないって事か」

「我々が集団として動いているうちは、です」


 デュランは唸った。ユディスはうっすら額に汗を浮かべてはいるが、涼しい場所にでもいるかのような表情を保っている。


「たとえば、どちらかがどちらかを仲間でないとみなせば……分断されるようになる?」

「正確な条件は不明ですが、そうですね……行くべき場所が分かたれた時、集団から個に認識が変化するようです。たとえば、チームの誰かが強く離脱を望めば、その者と仲間との道は閉ざされます」


 何か言いたそうな金色の目を、意外にも枢機卿は口元を上げて見つめ返してきた。


 だが、喜びや楽しみで自然と笑っているのではなく……デュランは彼女の顔に、救貧院の先生達が子供達に慈愛を以て教えを言い聞かせるときのそれに似た色を見つける。


「そんなに不信がりますな、わたくしは貴方を途中で見捨てるような真似はしませんよ。既に一度前科がありますから、お気持ちはわかりますが」

「……そんなつもりじゃ」

「それに、閣下。どのみち、闇黒の間が開いた時は、結局分断されることになるかと考えられます。闇黒の間への入り口は、個人に対して開きますから」


 未踏破の場の名前を出されると、デュランは開いていた口を一度は閉じた。

 問いかけるような眼差しを受けて、ユディスは唇を舐めてから続きを話し出す。


「試練の間の先――闇黒の間は、無が広がる空間と聞いています」

「……無?」

「光もない。音もない。匂いもない。触れるものもない。食むものもない。ただ漠然と感覚だけがある。そんな場所ですから、仲間と共に、なんてこともできません。己のみが試されるのです」

「……その先は? 暗闇の先に、女神の玉座があると聞く。どうやったら、その暗闇を超えられる?」

「まさに、それが臣達の疑問でもあった。……そして残念ながら、未だ明確な答えを持っていないのです」


 長い杖を抱えるのと逆の手に水筒をぶら下げていた彼女は、無造作にその口を傾けた。中身は既に飲み干されているのか、水が出てくる様子はない。


「闇黒の間が無の空間であるらしいことは、何人かの脱落者の証言で伝わっています。ですが踏破した者の記録は……残念ながら、少なくとも法国には残っていないのです。長い迷宮の歴史の中で、幾人かは女神に拝謁を叶え、願いを成就したと伝えられている……」

「……俺も、闇黒の間は他の間とは異なる、ということぐらいしか伝え聞いていない。その先の資料は、こっちにも残っていないんだと思う」


 二人とも自然と黙り込んだ。

 過去にイシュリタスの元へたどり着いた者がいるという伝承――そして、目的を完遂した冒険者が現れたときに作成されると伝わる特級宝器が実在している以上、何かしら記録はあったはずだ。


 だが、百年前の帝都と共に、焼失して瓦礫の下に埋もれた。

 そしてその後、誰もかの闇黒の先に至ることはできていない。


「――大丈夫ですよ」


 考え込むように顎に手を当てていた仕草を励ますように、ユディスが口を開いた。

 彼女は水筒をしまい込んでから、デュランの肩をぽんと軽く叩く。


「貴方は必ず女神のおわします場所に至ります。対価と願いを胸に抱いて」

「――ユディス。そうだ、貴方に聞いてみたい。俺は未だに――その、対価と願いって、なんだかよくわからなくて。願いは……きっと今は、シュナを取り戻すことだ。だけど、対価って……なんなんだ? 俺は一体、何を女神様に捧げないと――いや、女神様は俺に、何を望んでいるんだろう?」


 ユディス=レフォリア=カルディはしばし沈黙した。小刻みに揺れる瞳が、無視を返答としているのではなく、答えを考えている事を示す。


 彼女は唇を開いたが、しかし顔をいつになくこわばらせ、デュランを自らの背に庇うように押し込めた。


 彼女が突き出した杖に、飛んできた何かがすさまじい勢いでたたきつけられる。


 咄嗟に展開した不可視の壁によって二人にダメージはなかったものの、打たれた衝撃で飛ばされ、強制的に次の間への扉の中にたたき込まれた。


 着地と同時に各々すぐ臨戦態勢に入ると、わずかに遅れて侵入してきた男がへらっと二人に笑いかけてくる。


「やあやあやあ、これはこれは。夢の特級冒険者チームの結成ってところかな?」


 しかし獰猛な獣の目は殺意に爛々と光り輝き、彼の片手に握られた鞭が返された手首の動きでしなってピシリと一つ音を立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ