冒険者 訪問する 後編
そっと室内に入り込んだ冒険者は、慎重に中に進んでいく。
照明は点いていない。
彼は室内の明かりではなく、自前の小さなライトを灯した。
玄関から廊下に入ると、まずは扉が三つ。
左右は浴室とトイレに続いている。
「ジャーグ。ニルヴァちゃーん。二人ともいなーい? お邪魔するわよーう……」
あまり大声ではないが、少なくとも部屋の中にいれば確実に聞こえる。そのぐらいの声を張り上げてから、冒険者は耳を澄ませる。何も聞こえない。慎重に足を進めていく。
キッチンの部分を過ぎれば、リビング兼ダイニングへ。そこで一度足を止めた。
どうやらテーブルから花瓶が落ちていたらしい。
破片を踏まぬように足の位置に注意し、暗がりに目を凝らす。
寝室への扉が開いていた。
酔っ払って潰れたジャグを担ぎ込むのでなければ遠慮する空間に、慎重に足を踏み入れる。
冒険者が息も足音も潜めると、そこはしんと静まりかえっていた。
コチ……コチ……と時を刻む秒針の音が、どこからか聞こえている。
集中しているせいだろうか、やけにテンポが遅い。
二人分のベッドには誰もいなかった。先ほどまで寝ていた、そのような形跡も見当たらない。奥のクローゼットも念のため開けてみるが、暗いせいもあってかはっきりしない。
冒険者は一度寝室から出ると、改めてリビングを見回し、キッチンをのぞき込み、風呂とトイレの扉を開ける。きれいさっぱり、もぬけの殻だった。
「じいさん、明かりつけてくれる?」
「あいよ」
玄関で息を潜めていた老人が、探索一段落の気配を感じ取って部屋に上がり込んできた。少し見回してからキッチンに向かい、水道や食料庫を確認している。
「誰もいないわね。居直り強盗も。それに、二人とも帰ってきてないみたい」
「食べ物の様子からしても、一週間程度、かの。まあ大体ジャグの失踪期間と重なるか?」
「となると今度解せないのがニルヴァの方じゃない? だってあの子、《《数日前》》に組合に来たんでしょう」
「ふうむ……家に帰ってこずにどっか泊まりがけ。真面目で父想いのあの子が、そんな親不孝をなあ。いや、逆にそうなったから、ジャグが出て行った?」
「じいさーん、こいつはどう思うー?」
キッチンで髭をなでながら唸っていた老人は、冒険者の声にリビングへとやってきた。
割れた花瓶の脇にしゃがみ込み、ちらりと寝室に目をくれる。
「お前さんが開けたのか?」
「んーにゃ。最初から、ああだったわよう」
「慌てて夜逃げした、という風情でもないのだが……何かあったのは確かだの」
「二人ともある程度部屋は散らかすタイプだったみたいだけど、花瓶が落ちたまま割れっぱなしってのはねえ」
「おそらくは嬢ちゃんの形跡だと思うんだが。驚いてここで倒して、そのまま立ち止まりもせず出て行った。ま、それなりにわかる筋書きだの。うーむ、しかし……」
玄関には鍵がかかっていたが、寝室の扉は彼らが来る前、既に開いていた。それに、リビングに続く扉もまた、閉まっていた。
なんとも言えないちぐはぐな気味の悪さが漂うが、ではどうしてそんなことになっているのか、このままでは答えが出せそうにない。
老人は立ち上がり、花瓶に気をつけつつ寝室の入り口までぴょこぴょこ進んでいき、それから冒険者を振り返る。
「中のタンスは漁ったかいの?」
「クローゼットとか、人が入れそうな所はさっき軽く見たけど、本格的な手入れはまーだ」
「ま、最初は人の気配から探るよな。しかしこの本格的に遠出しとるらしい様子なら、多少漁っても構わん、といより漁るしかない段階じゃろ」
「オーライ。いっちょやっちまいますか。金目の物出てきてもくすねるんじゃないわよぅ」
「ヒョヒョ、そいつはわしの手に言いきかせといてくれ」
「仕方ない、後で持ち物チェックするからねぇ」
再び寝室に入り込んだ彼らは、次々と閉じられた扉や棚を開いていった。
「それにしてもジャグったら、引っ越しすべきよねえ。ニルヴァちゃんだってもう子供じゃないんだし、寝床が一緒て。デリカシーないわー」
「セティヴァが生きとったうちは色々余裕もあったが、ジャグの実力では派手な稼ぎは見込めんからの。前の住居、確か一級冒険者特典の物件だったはず。居座るわけにも行くまいよ」
「まーねー、そーなんだけどぉ」
「嬢ちゃんももう十二だったか? どうせすぐ独り立ちするんじゃ、数年ぐらいよかろ」
「甘いわねえ、思春期を蔑ろにするとその後一生響くのよ? 具体的には孫の顔を見せてくれなくなるんだから」
「ヒョヒョ、多少耳に痛い言葉かもしれんのう!」
そんな軽口を叩き合う合間にも、家捜しは進められていく。急に、クローゼットを漁っていた冒険者が動きを止めた。
「じーさん」
「ヒョ? なんじゃわしの指テクの唸りどころか?」
「そ。ここ、服とかどけてみたら、なんか隠してあるわ。よろしくー」
卑猥な手つきと言い回しをスルーされた老人は、ぶつくさ文句を言いながら場所を変わり、クローゼットの床にあるらしい扉を、文字通り瞬く間に開けてしまう。
「チョロいわ。子供だましよの」
「何か入ってる?」
「まあ待て……なんじゃこいつ、結構大きいの。腰にくるわい……どっこいせ!」
老人は文句を言いながら、引っ張り出してきた物を冒険者の漁っていた勉強机の方まで持ってきた。
ぱっと見ると、リボンでラッピングされたプレゼントボックスのようだが、そういうデザインの木箱のようだ。
やけに細長い箱の上面、何か小さな絵のような物を見つけて冒険者が首をかしげる。
「何これ? 落書き? 模様?」
「いんや。こりゃ南方言語と見たぞい。あちらのはな、象形文字と言ってな……っていかんいかん、結構な時間一緒にいるもんだから、あの蘊蓄学者の癖が移ったわい」
「とにかく、ギルディア領の民族語ってことかしら?」
「ふむ……ええと確か……楽しむ。未来。で、これが続くとかそういう意味のつなぎ語だったはずで……『お楽しみはこれから』と言っているようじゃな」
「……開く?」
「留め金だけじゃ。鍵はかかっとらん」
二人で顔を見合わせた。冒険者の方が、ややあってから木箱の留め金を外し、そっと中を開く。
明かりの中に浮かんだそれに声を上げなかったのは、二人ともある程度修羅場慣れした人間だからだろうか。
プレゼントボックスを模した箱に詰められていたのは、人間の腕だった。
こぷり、と金色の液体が揺れた拍子にこぼれ落ちる。
おそらく、腕の腐食防止のためだったのだろう。
液体に沈むそれをじっと見ていた老人がちっと舌打ちをする。
「こりゃいかん。切ってからどれだけの時間が経過した? 取れた方を懇切丁寧に保管するのもまあ大事だが、残った体の方にも処置をしておらねば元通りにはならん。えっらいスッパリやってはいるようだが……」
「どんだけ綺麗に切ろうが、どのみち無理よ。迷宮神水による回復を見込むなら、体の方が離脱症状で持たない」
「……ってことはやはり」
「ジャグ。確定。鑑定だのなんだのするまでもないわ。セティヴァの指輪――なくしたって大騒ぎしていたの、覚えているもの!」
冒険者が示すのは、大人の男の腕、その左指だ。無骨な腕に合うとはあまり言いがたい、可愛らしい意匠の指輪がはめられており、少しへこんだ彼の指輪痕にぴったりサイズが合っている。
老人の横、つばを吐き捨てる勢いで冒険者は忌々しげに続けた。
「しかも……たぶん、これ。切断されたのは、指輪をはめた後、じゃないかしら」
「指輪が戻って喜んでいるところをスパーン! だったのだとすると、趣味がいいにもほどがあるわいな。その上、一人娘に送り付ける、と」
なんとも言いがたい胸くその悪さに、二人とも黙り込む。
静寂が訪れると、また時を刻む音が響きだした。
コチ。コチ。コチ。
正確に時を刻む音は、そこにいる人間達の感情の揺らぎなどつゆ知らず、自分の仕事を続けている。
頭をかきむしり、壁に拳を打ち付けた冒険者が、ふと顔を上げる。
「ところで爺さん。これって、明らかにヤバい物、よね」
「ま、どんな観点からにせよ、ヤバいんじゃろうなあ」
「こういうさあ。いかにもヤバい物を見つけたときの相場って、なんだったかしら?」
「そりゃまあセオリー通りに行くなら大体こういう時は発見者が証拠隠滅に――」
コチ、コチ、コチ。
一秒を刻むより早く、急かすように何かの時が刻まれている。
寝室内、勉強机の上にも置き時計はあるが、音源はよく耳を澄ませればそこではない。
腕が詰められた箱。
まさにそこから、コチコチコチコチと、軽快に扉を叩くように――。
「下がれクソジジイ!」
「ヒャホー!?」
冒険者が腕の軽盾を掲げるのと、勉強机に置きっぱなしのプレゼントボックスから光が放たれたのは、ほぼ同時。
直後、爆発が起きた。
すさまじい轟音と火が飛び散り、地面が揺れる。
ややあって、ざわめきながら様子を見に外に出てきた周囲の人間達は居住スペースの一角の姿に唖然とする。
「火事だ!」
「バカ、そんなかわいいもんじゃない!」
「爆発だ。なんで――」
騒然とする人々が、はっと息をのんだ。
もうもうと立ちこめる煙の中から、咳き込みながら誰かが走り出てきたのだ。
すすけた体をかばうように腕を顔の前に掲げていた筋肉質の大男が、飛び降りてきて地面の上に倒れ込む。
小脇に抱えられていた小さな老人は投げ出されるとごろごろ転がっていって、ごちん! と音を立てて止まった。
「ヒョッ――若い頃を思い出すわい、滾るのう! 腰は抜けたが! ついでに耳もたぶんやられとるな! ガハハハハハ!」
「ああっ、クソ――アタシが『絶壁』で良かったわね、じーさん。ハンバーグの具材なんて死に様、断固拒否よぉ」
大男が顔の前の腕を払うと、バラバラと盾だったものの残骸が崩れていき、消し炭となって消えた。「結構お気に入りのオシャレ防具だったのになあ……」などとシュンとしている男の元に、野次馬達の中から女が駆けつけてくる。
「これは一体――」
騎士の鎧に、サイドポニーテールの金髪、太もものまぶしいミニスカートの女騎士は、想像を絶する惨状に一瞬言葉を失ったらしい。
狂ったように笑い声を上げている老人は放っておき、片手を上げ、冒険者が応じる。
「はあい、デレ子。大当たり。二人はいなかったけど、ちょっとした時限爆弾がお客様をお待ちだったわ。ジャグは最低でも負傷。最悪とっくの昔にオダブツの可能性も充分あり得る。切断された腕がね、プレゼントボックスに詰められてた。まあ、今の爆発で吹き飛んじゃったでしょうけど……」
「生きとるとはおもーよ! 死んどったらニルヴァちゃんはとっくに通報しとる。ギリギリ生きとるからこんなややこしくめんどくさいことになっておるのだろうて。しかし道理で変な形跡だと思ったんだわい。ニルヴァちゃんが慌てて出て行った後、こっそり侵入してプレゼントボックスをしかけた。だから鍵はゆるんどった割に閉まっていて、花瓶を倒していったのにリビングへのドアは閉まっとったんじゃ。ヒョーヒョッヒョ、わしもなかなかの小悪党だがここまではせんなあ!」
「じいさん、耳持ってかれたんじゃなかったのぉー」
「激痛に苛まれとるし途切れ途切れだが、頑張ってしゃべっとるんじゃー!」
「おとなしく寝てなさーい」
「ヒョー! あ、そろそろ限界だわい、後は頼んだ」
「あいよー」
呆けたようになっていた女騎士は、二人の協力者が口々に語るうち、我に返ったようだ。
「とにかく、あなた、巡回の騎士を呼んで! あなたは救護を! 応急手当のできる者は!? 爆発現場には近づかないで、まだ後があるかもしれない! 専門家の到着を――ああ、城への連絡もしなきゃ――」
テキパキと指示を出す。
彼女の目から混乱が消えると、そこには決意と――そして怒りが燃え盛っていた。
プレゼントは受け取ってくれた?
よかったあ。それじゃ、ゲームの始まりだよ。
ルールは簡単。僕を止めてごらん。
僕が君の大事なものを、全部壊す前に。
ね、簡単でしょ?
デュランちゃん。




