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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
一章:若竜 目覚める
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若竜 母を知る

《お母様? ……わたくしのお母様?》


 シュナの中で、ああだから、と納得する部分と、いやしかし、ではなぜ、と困惑する部分がある。内部の意識の言語化にシュナが忙しくなっている一方、竜達もまた、何かがおかしい、とでも言うように首を捻っていた。エゼレクスはへらへらした態度を改め、彼に余計な事は言うなとばかり鋭い視線を向けていたネドヴィクスもまた問いかけるように相手の顔を見ている。


《待った。ネド、これはちょっと、確認した方が良さそうじゃない?》

《躊躇。未知。推奨。皆無。刺激》

《そりゃいきなり劇物ぶち込むのはさすがのボクでもちょっとどうかと思うけど。そう言って見守るばかりじゃ結局進めないだろ。ここはリスクを負ってでも、前提条件の共有をしないと……どのみちボクら全員判断できないんとちゃう? どう思うよ、中立さん。一応ボクは過激派の自覚があるからね、折角君がいるんだからゴーする前にお伺いは立てておくよ》

《……ネドヴィクス。希望。保留》

《なるほど。で、君個人の意思を抜かした判断では?》

《推奨。確認。心情。消極……》

《だろうね。んじゃボクが行くよ。嫌われ者はお役目だ》


 少しの間こそこそと二匹で話し合っていたが竜たちだが、エゼレクスの方がこほんと咳払いして尋ねてきた。


《あのさ、シュナ。君もしかして……何もわかってないの?》

《何もって……何を?》


 何しろ十八年間塔の中、一応本での知識はあるがどこまで本当なのかわかったものではない。目覚めてみれば身体は竜に、頭の中には時折知らない情報が、昔からそこにあったかの顔で流れている。

 シュナからすれば、この状態で自分は何を知っていなければならないのだろう、と困惑するばかりだ。


 二竜はシュナの答えに再び顔を見合わせる。

 エゼレクスは今度は恐る恐る、とでも表現しうるような、今までの彼の態度とは明らかに一転した控えめな声で聞いてきた。


《ファリオンは? まさか、教えてくれなかったの? 君自身のことも? シュリのことも?》

《お父様のことも知っているの?》

《……それなりにね、竜は皆知っているよ。それで、こっちの質問にも答えてもらいたいな》

《わたくし自身のことって……わたくしは人間よ。だってお父様がそう言っていたもの。今はどうしてか、この姿になっているけれど。病気で外には出られないからって、ずっと塔の中にいたわ。でも、本当は違っていたんですって。十八歳の誕生日に、教えてくれるはずだったの。お母様のことも、わたくしのことも……》


 シュナは最初は素直に答えていたが、段々とその声が小さくなり、最終的には消え入るように余韻を残して無言になる。

 なぜなら聞いている竜二匹が、明らかに絶句していたし、まるで聞いてはいけないことを聞いた、とでも言いたげに小刻みに身体を震わせてお互い身を寄り添わせているからだ。


《推定。ネドヴィクス。感情。恐怖。ファリオン。謎。不明。未知。恐怖。疑問。エゼレクス。理解》

《馬鹿、あいつは迷宮最強の女に求婚して名前つけて人間化させて、それで最終的に子どもまで産ませた男だぜ? ボクらに行動や思考がわかるわけないじゃん。一応ボク混沌と異端だから、推測ぐらいはできるけど――うわー考えたくねー、あれの頭の中身なんて考えたくねー、絶対ろくでもねーじゃん!》

《ネドヴィクス。震撼》

《そうだねえ、珍しく気が合うねえ。ボクに恐怖は存在しないはずだけど身体が震えて止まんねーわ……》


 緑色の竜は翼で顔を覆っている。たぶん人なら手で顔を押さえているような、そんな動きだ。


 シュナは怖々二匹の様子を見守っていたが、む、と頬を膨らませる。


《お父様の悪口? それならわたくし、怒るわよ》

《クレイジーって言葉を悪口と捉えるならそうなるんじゃないかな。……いや、頭おかしかったのは否定できない事実でしょ》

《どうして?》

《そりゃ、だって――》


 エゼレクスは言いかけて止まった。それからポリポリと器用に翼の端で頭を引っ掻き、隣のネドヴィクスに助けを求めるかのように顔を向ける。


《どう思うよ、ネドちん。これ言っていいこと? 親のどっちもまともな引き継ぎしてないって、さすがにこの混沌様も想定外なんですけれども》

《第一。質問。否定。軽率。過程。結果。失敗。回避》

《あいよ、そんじゃ黙るよ》


 シュナは二匹に抗議の表情を向けた。何が何だかわからないことだらけだが、たった今エゼレクスが何か言おうとしたことをネドヴィクスがやめさせたことぐらいは容易に推測できる。

 色々思わせぶりな事を小出しに出されるぐらいならもういっそのこと全部最初から話してくれてもいいのに、と思っている彼女の前で、竜二匹はすっかり難しい顔をして額を付き合わせ、考え込んでいる。


《第二。質問。推測。中途。覚醒。臍帯。切断。同義。早産。母体。胎児。情報。断絶》

《あー……シュリ、本当に弱ってるんだなあ。生存機能と保護機能を充実させるたけで手一杯だったのか。それにしたって、これどうするよ? ボクら完成形の成体しかいないから、未熟個体の育成なんかできないよ?》

《両親。共。初子。故。未経験。不慣れ。追加。事故。多発。故。不本意。現状。……推測》

《……ねえ、ボクもアグちんに泣きつくのってありだと思う?》

《推定。否定。確定。アグアリクス。困惑》

《だろうねえ――》


 あ、でもそれはそれで楽しそう。と続けようとしたエゼレクスがはっと顔を上げ、翼を広げた。

 同時にネドヴィクスの方は頭を下げ、地に伏すように構える。


 ずん、と腹に沈み込むような衝撃が響き、辺り一面が揺れた。

 シュナはよろけてしまったが、先輩二人は事前に予測していたのか、足に力を込めて踏ん張っているためよろけない。


《――警告。イシュリタス。起動》

《ワオ。シュリさんや、頼むよ。このタイミングでそいつはないぜ……》


 ネドヴィクスが淡々と告げ、エゼレクスがうんざりだ、という声を出す。


 振り返って、シュナはひっと自分の喉から声が漏れたのを感じる。


 岩場の影から、見覚えのある手の群れが、ゆっくりと、でも確実に、こちらに向かってやってくる。


《どうして……ここは、魔物の入ってこられない、安全な場所って》

《だってシュリは魔物じゃねーもん》


 呟いた彼女の言葉にさっとエゼレクスが答える。途端、黒々とした瞳を目一杯に開いた。


《シュリ……? ねえ、それってどういうこと……? ねえ、嘘でしょ……? あれが……わたくしのお母様だって、言うの……?》


 もし人の姿をしていたら、顔からはすっかり血の気が失せていたことだろう。

 彼女はよろよろ後ずさり、力なく何度も首を振る。


 認めたくない。母親について、いろいろな想像を巡らせた。けれどあれは――あんなに怖く、おぞましいものが、そうであると、認めたくなんかない。


 ――シュナ、シュナ。戻っておいで……。


 手がうごめくのに合わせて頭の中に音が響いた。小柄な竜は悲鳴を上げる。


《デュラン――デュラン!》


 この場にいない相棒の名を呼ぶ、その意思は表れた影に対して全力で拒絶を示していた。


 エゼレクスはあちゃー、とでも言いたげな顔をした。実際そう声に漏らしていた。

 ネドヴィクスの方は、そんな相方を責める声をかけることはない。素早くシュナと向かってくる腕の群れを見比べ、何か思考を青色の目の奥で働かせているようだ。


《緊急事態。緊急事態。緊急事態……》


 ピンク色の竜がブツブツ呟くと、周囲の揺れを物ともせずふわりと浮かび上がった緑の竜が、ため息を吐いて話しかける。


《ネドちんや。思考回路がショートしそうなら、この高性能自律思考機能が手伝ってあげよう。優先するべきはお姫様の方だよ。竜の総意でしょ》

《エゼレクス。混沌。ネドヴィクス。中立。結論……》

《そうだよ、君は中立のカルマなんだから、どっちにだって転べる。決断しろよ。シュナはあれを怯えてるし、嫌がってる。このままシュリに任せたとき、シュナの精神機構が壊れる可能性は?》

《……73%》

《はい決まり。支援よろしく!》


 緑色の竜は、ぐんと伸びてきた影の手の群れに向かってまっすぐ飛んでいった。

 その後ろで、ピンクの竜の瞳にきらっと光が走る。彼はさらに身を低くかがませて、ぽつりと言った。


《――戦闘領域展開》


 その瞬間、シュナはどきんと大きく、勝手に自分の心臓が動くのを感じた。



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