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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
七章:迷宮の至宝 目覚める
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冒険者 訪問する 前編

 しゃなりしゃなりと、独特の足運びと腰の揺らし方で、冒険者は日の沈んだ道を進んでいく。


 その後ろを、不服そうな顔でついてくる女騎士に、彼はくるっと振り返って厚く艶のある唇を開いた。


「何ようデレ子、そんな距離開けて歩いちゃって。もうちょっとこっちに来たら?」

「いえ、あの、お構いなく……というか誰がデレ子だ誰が」


 年若の女騎士は引きつった笑みでぎこちなく返した。


 かつて『戦斧』ことセティヴァのチームで盾役を務めていた男の名を、ズライ=ゲードゥカ。


 今も現役の冒険者は続けているが、第一線で体を張っていた頃よりはサポートや案内人として働くことが増えている、そんな男だ。


 彼について強いて言及する特徴があるとすれば、みなぎる母性の注ぎ手――短くまとめるとオネエである、ということだろうか。


 ちなみに、男尊女卑の傾向の強い西の王国では男性愛、それに類する乙女系男子の存在は当然批判の対象である。神の教えを忠実に守ることを求められる法国も同様。亜人国家では恋愛は幾分自由であることが許されるが、それを理由に跡継ぎの存在を拒むことは許されない。


 では迷宮領はどうか。

 ここは三国のどこよりも自由な場所であり、女神は性癖に寛容である。

 より正確に言うならば、他人の性愛事情にさほど興味を持たないし首を突っ込む気もない。


 そもそも女神の支配する迷宮に必要なのは、自由意志に基づく挑戦。やりたくもないことを強いる、それは女神の本性ではないのである。


 彼女に仕えている竜族には雌雄が存在しないのも、「別に男が男を愛そうが女が女を愛そうがわたしが困ることはないし……」なんてことを考えている理由の一つではありそうだった。


 なお、ズライはいわゆる綺麗系ではなくマッチョ系のオネエである。アクセサリなど可愛い物を好むが、女装の類いは守備範囲ではない。四十を超えてなお筋骨隆々、たくましく麗しき肉体美がはっきり見えるピチピチ系の服に身を包んでいる。


 さて、リーデレット=ミガは、本人の努力と社交性によってある程度融通は利くものの、根はお堅い騎士という人間である。


 はっきり言ってしまえば、ズライのような手合いは彼女の苦手なタイプだ。嫌っているとまでは行かないが、どう接していいのかわからない。結果、彼女は一定の距離からズライに近づこうとしないのである。


 彼を待っていたら、すっかり出発が遅れたのも多少の不機嫌の元だった。しかも他にも女騎士に、よろしくない感情を抱かせる原因は存在する。


「ヒョッヒョッヒョ。一族から飛び出してくるようなガッツもあるが、やはりお前さんの標準は臆病な小娘気質そのままじゃのう。ズライが怖いのだろう、子鹿や」

「……つーか、何勝手についてきてるの!? あたしはあんたの同行を認めた覚えはないんだけど、ダーンベルク!」


 リーデレットは筋肉男の側でフラフラ揺れている、枯れ木のような老人にビシリと指をつきつけた。


 ハボサ=ダーンベルクは元冒険者、今はほぼ浮浪者か乞食同然の老人である。

 怪しげな骨董品の類いを、人を疑うことを知らない冒険者や、そういうものが好きそうな観光客を選んでは売りつけ、生計を立てているようである。


 一方で、依頼をすれば謎の伝手を使って迷宮産の素材を仕入れてくる――そういう調達屋としての能力を買われている側面もあるようだった。

 また、嘘なんだか本当なんだかわからない迷宮のエピソードを多々仕入れているため、子供にも案外人気でよく褒美に菓子をもらっている。


 王国からやってきて自由気ままな迷宮生活を謳歌している女学者もまた、彼を「先生」と呼び、よく一緒になって与太話に花を咲かせている仲であるようだった。


 さて、といってもリーデレットからすれば、うさんくさく、結構な割合で役立たずな置物を高い値段でふっかけてくる不真面目適当人間であることも事実である。


「わしはゲードゥカに勝手にひっついてるだけだからの。ジャグ君はなあ、現役の頃からそこそこのお得意様なのだよう。酒の一本でも振る舞ってやらねばの」

「ジャグったら、面倒見いいところにでも憑かれたのかしら……」

「まあいいじゃなーい、減るもんじゃなし? ラングリース家は家族ぐるみでぶっ倒れてるってんでしょ、大勢で見舞ってやりましょー」

「ヒョーッヒョッヒョッヒョッ!」


 最近親子揃って姿を見せずにいるらしい、ラングリース一家の調査。

 自分一人で十分、ゲードゥカには家まで案内してもらうだけのつもりだった女騎士は、マッチョと乞食老人の高らかな笑い声に天を仰ぐ。


 ジャグ=ラングリースの方はともあれ、この二人に自宅訪問に突撃されるニルヴァがちょっとかわいそうだった。



 さて、そんなでこぼこトリオの悲喜こもごも事情はさておき、一行は中央区から港よりのエリアにやってきた。


 港、すなわち亜人達が最も強い勢力を誇る地区は、昼でも夜でも賑やかで、清潔感と治安は足りていないが、誰でも安く住み着けるというところが利点である。


 港の荒波に揉まれたくはないが、他の地区より安く済ませたい。

 そんな冒険者達が多く暮らしている集合住宅の一角で、オネエと老人が声を張り上げた


「ジャーグちゃーん、アタシがきーてやったわよーん!」

「わしもいるぞーい!」

「やかましいわよ、あんたたち!」


 酒も飲んでないのになんだか酔っ払いライクなテンションの男達を、監督係がぴしゃんと叱りつけた。


 しかし、お目当ての扉の前で多少賑やかにしようが、呼び鈴を鳴らそうが、どんどんと叩いてみようが、変化がみられない。


「音沙汰ナッシン、ねえ」

「ニルヴァが出てくる様子もない、か」


 ある程度想定していたことではあるが、これだけではデュランに頼まれたおつかいを果たせたとは到底言えない成果である。


(まずは周辺に聞き込みかしらね。それからここの大家に話を聞いて、長期不在のようだったらなんとか鍵を出してもらって……)


 頭の中で次の計画を立て始めていたリーデレットは、ふと扉にへばりつくようにしている老人の動きに目をとめた。


「ヒョッヒョッヒョ! 心配ご無用。ガチャガチャっとな」

「あんらー、鍵がかかってるみたいねえ。お留守かな?」


 無造作に他人の家のドアノブを乱暴に何度も回したかと思えば、次は当たり前のような顔で鍵開けセットを取り出した。


「なーるほど。したらばこの太さは足りずとも長さはある棒をな、慎ましく可愛いこの穴にな、ぶすりと一番奥まで一気に――」

「やめんかいっ!! ゲードゥカ、あんたも止めなさいよね!?」

「ヒョーッ!?」

「あんらあ、デレ子ったら過激」

「デレ子言うな!! あのねえ、迷宮ではオッケーでも、それ地上では立派な犯罪なんですからね!」


 リーデレットの手刀はポカリと音を立てて老人の頭にヒットした。

 反射的に振り下ろされた瞬間は殺人剣の速度だったが、直前で手加減をするところに一応まだ残っている騎士としての誇りが垣間見えないこともない。


「ただの外出だったらどーすんのよ、不法侵入でしょうが! そこで大人しくしてなさいよね、あたしちょっと大家さんのところまで行ってくるから! ゲードゥカ、見張りよろしく!」


 腰に手を当て、ぴしゃんと言い放った女騎士が立ち去るのを、オネエは頬に手を当て、老人は未だ痛む頭をさすりながら見送った。


 彼女の背が廊下から消えると、二人は目を見合わせる。


「って言われたけど。どうするぅ?」

「ヒョッヒョッヒョ。やるなよ、と言いながら離れおるのは、やれ、と言いたいが言えない、複雑な乙女心の裏返しじゃわい」

「いやよいやよも理論? デレ子の場合、そういうのはないと思うけどねえ……根が善人で秩序寄りだから、他人もそうだろうってちょっと思い込みが強いだけで」

「ゲードゥカ、手元が見えにくいわい。ライトよこさんか」

「あんた別に手探りでもなんとかなるでしょー?」

「わからん奴だな、入れる前にじっくり見る。これは性癖ではない、作法であり敬愛なのだ!」

「ヨダレ拭きなさい。あんたがただ見たいだけってのはわかったから。しょーがないわねえ」


 しなやかな動きで、冒険者は腰に下げている鞄から照明器具を取り出し、鍵穴を舌なめずりして見つめる老人が見えやすいように照らしてやる。


 リーデレットは冒険者でもるが、基本的に彼女の本質は騎士だ。人々の見本となるべき行動を求められる彼らは、最終的には同じことをするにしても、手順と建前を必要とする。


 一方、冒険者達はもう少し実利的である。何しろ建前を気にしていたら目の前のお宝を見逃すし、危険からも逃れられない。


 そういうわけで、ゲードゥカは老人の犯罪に目をつむるどころか、積極的に手まで貸しているのだった。


「ま、この雰囲気だと突入は遅いか早いか問題、ここで棒立ちってのも馬鹿らしいしまどろっこしいわよね。もし外出してるだけとかだったら、ジャグにはちょっと高めの酒でも買ってなだめてやりましょ。ニルヴァちゃんには本がいいかしらね。あ、鍵の交換代も出さないと」

「うむうむうむ……ええ子じゃのう、さあ、右に三度、左に七度、少し差し込んでくいっと引っかけて……ほーれ、ご開帳じゃわい!」

「早っ。コソ泥技は引退後も健在ねえ」

「聞き捨ての悪い、指テク芸人とたたえるがよいわ」

「はいはい」


 鼻歌交じりにカチャカチャかき回していた老人が終了を告げると、果たしてカチャリと音がした。


 早速中に、とドアノブに手をかけたゲードゥカに、老人が待ったをかけるように触れた。


「なに?」

「ジャグの奴、マジにしくじったかもしれん。処女穴ではなかったわい」


 ゲードゥカは一瞬「何を言っているんだこいつは」という顔だったが、相手の冗談を言っているのではない顔を見ているうち、はっと気がついた。今し方こじ開けられたばかりの鍵を見つめ、低く唸る。


「……誰かが既に無理矢理こじ開けて入った形跡アリ、ってこと?」

「うむ。わずかにではあるが、中が緩んで歪んどった。正規の鍵の使用のみならこうはならん。色々仮説は立てられようが――」

「確かに、いやな予感がするわねえ。で、どうする爺さん? ここで帰ってもいいわよ。それともあんたはデレ子を待つ?」


 ドアノブに手をかけたまま問いかけられれば、鍵開けセットを懐に戻しながら、乞食同然の男はニヤリと髭の下、ボロボロの歯が見える口をゆがめた。


「誰に物を言っとるんじゃ。見ないで生きるのと、見てから死ぬ。どっちがマシか、だと? ロマンチストに向ける問いではないわ。野暮天め」

「頭も身体もイカレても、冒険者魂は健在ってトコロ。いいわよう、技術も衰えてないみたいだし、ついてらっしゃいな。守ってアゲル」


 冒険者と、元冒険者は互いにいやらしい笑みを浮かべる。

 ゲードゥカがドアノブを捻った。

 音もなく、内側に向かって扉は開かれた。

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