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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
六章:乙女 恋に悩む
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memoria04: Confession

『あたしの話?』

『はい。あなたのことが聞いてみたいです』


 少女の姿をした紛い物の神は、今日も変わらず水槽の中に浮かんでいた。


 女が話す内容は、おとぎ話の類が最も多い。しかも、けしてレパートリーが豊富なわけでもない。


 同じ話を何度も繰り返していることに思うところもあって、時々リクエストを募る。大抵は新しい知識をねだられるから、そうすると×××は望まれたジャンルの本を借りてきて朗読する。


 あまり頭の回転が速い方でない×××にわからなくても、吸収の早い神には問題ない。パラパラと目の前でページをめくるだけでも喜ばれた。


 同じように、次は何の本を望まれるのだろうと思っていたら、今回はいつもと傾向が違うらしい。


 ほとんど瞬かない青色のまつげに縁取られた銀色の瞳は、鏡のようであり、刃のようであり、宝石のようでもあった。


 きょとんと目を丸くしてから、×××はどこか困ったように苦笑する。


『でも本当に、あたしのことなんて、全然面白くなんかないんだけどな』

『自分自身の話は望みませんか?』

『正直に言ってしまうと、ね……あまり、好きじゃないんです。自分のこと』


 何か動く物音がして、二人ともはっと顔を上げた。しばらく様子を見るが、機械が音を立てただけのようだ。おそらくは空調。


『あまり調子よくなさそうだなあ……早く整備が来ればいいのに』

『わたしは特に問題ありません』


 チューブにつながれた水槽の中の少女が淡々という言葉に、×××はまたも苦い笑いを浮かべる。


 幼い神の知識欲は何に対しても発揮されたが、期待外れには次第に与えられるものが減っていった。


 近頃は別の実験とやらで忙しいらしく、センセイはほとんどこのプラントに顔を見せない。


 シンジンルイを創るのだ、とか言っていただろうか。


 神を創るのが不可能でも、人間ならば可能──イシュリタスのメモリーには、そのような独り言が記録されている。


 未知の神より、既知の人間を弄っていった方が効率がいい。わかりやすい理屈である。彼女の演算結果でも、なかなか悪くない結果が予想されていた。


 少なくとも、普段はほぼ眠ったように過ごしており、どの実験でも期待値以下の反応しか返さない偽物の神より、シンジンルイ達はずっとセンセイ達を喜ばせるだろう。


 他の白衣達が寄りつかなくなっても、女は相変わらず部屋に出入りしていた。

 時折彼女を追って男がやってきたが、イシュリタスがいる限り女を見つける事はできない。


 忌々しげに舌打ちして出て行く後ろ姿を見送ってから、神は震えてうずくまる女の方に何か問いたげな顔を何度も向けていた。


『わたしは対話を希望しますが、あなたの意に添わない内容かもしれません。質問を続けてもいいですか?』

『……答えられなかったら、答えないけど。聞くだけなら、いいんじゃないかな』


 人造物は人造物らしく。人間マスターが聞かないでと言えば、奉仕種族スレイブはそれ以上は何もしない。


 ロボットにつける安全装置と同じだ。あるいはフランケンシュタインが牙を剥かないように。


 だから女がはっきり否定するだけで、もう同じ問いが向けられることはない。けれど女はそうしない。一方で、いいよ、とくっきり返答もできない。


『緩やかな肯定と認識します。疑問。×××とセンセイは、親子でしょうか?』


 何かと優柔不断な人間に比べ、神はもう少し思い切りがいい。あまりに直接的な問われ方に、思わず女は自分の肩から力が抜けるのを感じた。


『……生体情報でも見たの?』

『はい』

『でも、あなたの知っている、与えられた親子の知識と大分違うから、おかしいと思っている?』

『はい。通常の親子はもう少し距離が近い、とわたしの共通知識にはサンプルが登録されています。×××とセンセイは、あえて他人にふるまっているかのようです。それが非常に、不自然です』


 女は笑ったのだと思う。だが、醜い表情になっている自覚はあった。


 プライバシーの問題を騒ぎ立てるのも野暮だし無意味だ。

 自然と目に入ってしまう物を見るなと要請したところで何になろう?

 この女神にとって、人を見るすなわち自然と相手の基本情報を読み取ることと同義なのだろう。


 それに、女がいくら隠し通そうと頑張った所で、研究所の人間なら皆知っている事なのだ。いずれ、どこからか女の話は伝わるだろう。あるいはもう、一通りの噂を耳にした上で、事実確認をしているだけなのかもしれない。



『あたしの肌が黒いのはね。母譲りなんです』


 いずれにせよ、とにかく抵抗が無駄で馬鹿らしく感じた。

 だから手にしていた箒をロッカーの中にしまいながら、女は話し始める。


『センセイは、あの通り優秀な方ですから。あたしの母は夢中になって、子供さえできればと思ったみたい。だけど、あたしはご覧の通り……まあ、期待外れだったんですよ。両親のどちらからも』

『それであなたは、足りない愛情を別の男達に求めるようになったのですか?』

『……本当に、日に日に神様に近づいていくね。何もかもお見通しみたい』


 今度は何度も部屋にやってくる関係者について水を向けられた。


 人間相手なら、触れないでというサインを出すところなのだが、この好奇心旺盛な神には自分から情報開示を行うのが一番よいのだと思う。


 女は水槽までやってきてもたれかかり、そのままずるずる腰を下ろして座り込んだ。


『そうだね……最初は、寂しかったの。優しい言葉をかけられて、求められて、それが嬉しかった。だけどあたしは、ちっとも本気になってもらえる相手じゃなかった。だから別の人と。それがうまくいかなくなったら、また別の人と。……そのうち、何人も、時には同時に。抱かれている間はね、生きている気がしたし、少しは対等な気分になれるんだ。それに……まだ、どこかで思ってたのかもしれない。そんな風に過ごしていたら、父が気にかけてくれるんじゃないか、母が戻ってきて謝ってくれるんじゃないか、って。だって、あたしは』


 ガラスにぺったり両掌をくっつけた少女の姿の神が、培養液の中から女を見下ろしている。


 きらきらと輝く、銀色の目を瞬かせて。


『あたしは、こんなにかわいそうなんだから』


 ×××は両手を合わせ、指を絡ませて弄ぶ。黙っていると、柔らかく続きを促された。


『心境に変化が訪れましたか?』

『……うん。あのね、あたし……堕胎したことがあるの』


 するりと抜け出た言葉。

 関係者は知っている。

 関係ない人間には全く話そうとも思わない。


 心の奥に秘めて隠した昔の過ちを、けれど今口にしてしまえば案外恐れていたような衝撃は全くない。


 ついに言ってしまったという喪失感のようなものと、こんなものか、という静かな失望だ。


『単独で生存不可能な未熟胎児を、わざと出産することですね』


 わずかに間を置いてから、神は淡々と自分の知識を照合した。

 そこには一切の人間らしい情がない。


 同情なんてできるはずがないではないか。だって、相手は神なのだから。


 ああ、だからこそ。


 ぎゅっと遊ばせていた両手どちらにも握り拳を作って、女は続きを絞り出した。


『……そう。あたしは生みたかったけど、ちょうどその時付き合っていた相手が悪かったの。ああ……その、性格がっていうよりね、間が悪かったって感じ。彼、いいところのお嬢さんと、お話しがまとまってたんだ。優秀な研究者さんだったし』


 多少早口になっている。口を挟まれたくなかったのかもしれない。熱に浮かされたように言葉を繰る。


『その時、あたしの身体はもう子供を産めなくなったの。ああ、これは罰なんだって思った。それに……赤ちゃんの棺桶ってさ、大人より小さいんだ。あたしよりずっと、あの子の方がかわいそうだった。何にも悪いことなんか、してなかったのにね』


 麻酔をした。痛みは今も感じない。ただ、後悔と空洞と癒えきれなかった傷だけが、腹の中に残り続けている。


 でも、他に何の取り柄もない自覚があるから、新しく差し出される手も、いつも振り払えなくて。


 あるいは罰を受け続けているつもり、なのかもしれない。暴力をふるう相手だとか、自分を大切にしてくれない男ばかり選んでしまう。自傷行為に似ていると、自分でもふと感じることはあるのだ。


 沈黙。神は何も言わなかった。あるいは、適切な言葉を検索している最中で、黙り込んでいるだけなのかもしれない。


 彼女が最適解を導き出す前に、タイムリミットが先に来た。


 時計で時間を確認した女が、あ、と声を上げて立ち上がる。


『ごめん、そろそろ行かなくちゃ』

『――最近、』


 思わぬ重たい告白をしてしまって、女の方もぎこちない。

 そそくさその場を後にしようとすれば、ぽつり、と消え入りそうな声。

 足を止めて振り返れば、パチパチと瞬きをしてから、ゆっくり銀の瞳が女を映す。


『あなたも、他の人も、多忙に見えます。シンジンルイ計画が大事なのは理解しますが、適度な休憩を推奨致します。特に、睡眠不足は人類にとって万病の元ですので』


 ただ、身体を気遣う言葉は、肌をしみ通って骨の髄までひたひたと突き進む。


 じわり、と熱がこみ上げた。それが目からあふれ出さないように、女は鼻をすすり、くしゃっと顔を歪める。


『……感謝します。神よ』


 女は笑った。

 幸せそうに。

 あるいは、とても不幸せそうに。

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