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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
六章:乙女 恋に悩む
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迷宮の姫 廟に行く 後編

 本堂の入り口まで進んでいくとわかることだが、この建物は全体的に横長、東西に長い形をしているようだった。

 デュラン達は東門から本堂の入り口に進んだが、南門から入ってくる方が距離が近い。


 本堂、と呼ばれていた円錐屋根の建物の入り口はアーチの形をしている。

 同じ形の七つの門が連なり、奥に進むほど小さくなっていく。

 短いトンネルをシュナが見上げていると、早速学者の得意げな解説が始まった。


「円というシンボルはしばし女性と同一視される。イシュリタスは女神だ。当然、彼女を奉る廟は、彼女への暗喩に満ちている。この徐々に狭まっていくアーチ状の入り口は、誰でも入れるが奥へ進もうとすれば限られる迷宮の様子を表すとも言われており、また女性の身体を示しているとも――」

「先生!」


 そこでデュランがちょっと怒ったような小声を上げ、シュナはちょっと驚く。

 しかし肝心のたしなめられたらしい本人は、特に懲りることなくぺらぺらと話を続けた。


「だってここの本体は穴だし。百年前に再建したから今はもうないけど、昔は東門と西門にも丸形の屋根のついた建物があったんだろう? 俯瞰してみたまえよ。割とド直球にそのまんまじゃないか? 大体迷宮に潜るという行為自体にも、ある種の母体回帰的な象徴行動という解釈が――」

「トゥラは聞かなくていいからね――」


 わからないなりに蘊蓄を聞いていたかったのだが、そこで耐えられなくなったらしいデュランがぽすんと耳を塞いでしまったので、シュナは不満の声を上げた。


 そこでちょうどアーチの門が終わり、円形の建物の内部に入った。すると学者も口を閉じたのが目に入る。途端に、何か空気が変わったような気がした。ひんやりとしているが、冷たいわけではない。


 見上げれば円錐屋根の頂点からは、建物内部を照らす照明が下がっていた。

 錐の端、建物の壁の上部には、光を取り入れるためなのだろうか、アーチ状の窓が等間隔で並んでいるのが見える。


 星神教徒達の神殿には、祭壇部分とおぼしき場所に向かって机と椅子がずらりと並んでいたが、ここにはそのようなものはない。


 円錐の照明の下に当たる部分――建物の中央。そこがまさに、この場所の中心部なのだとわかる。


 台、と言えばいいのだろうか。

 床から生えているそれは、最初木の根のようにも見えたし、脚や柱のようにも見えた。

 よく見ればそれは竜だ。何匹かの竜達が、翼をたわめ、ひろげ、両足で踏ん張り、上部のものを支えている。


 彼らの上には、盆のような円盤が広がっていた。その上に三面六臂の女性像が立つ。

 胴部と足は一人のものだが、顔と両腕が三人分生えている。


 憂う顔。怒る顔。優しく微笑む顔。

 それらとそれぞれ対応するように、憂う顔の向きには祈る手が、怒る顔の向きには上部に大きく掲げた手に槍と杖が、そして微笑む顔は、幼子を出迎えるように柔らかに両腕を広げていた。


「あれが女神様の像だよ」


 耳に当てていた手を離したデュランがそう囁いてくる。


 周囲の床の至る所に散らばり、あるいは床に頭をこすりつけ、あるいは両手を握り、あるいはじっと立ったまま頭を垂れている――それらの人々の様子から、教えてもらう前におそらくはあれが女神を表しているのだろう、ということはシュナにもすぐ理解できた。


 ……が。


(本物のお母様と全然違う!!)


 迷宮の娘として、真っ先に物申したいのはそこだった。

 しかもシュナが出会った事のある母は常に竜の姿をしている。


「ほーら、これが女神様ママだぞーう」と目の前の像を出されても、「嘘つき!!」という反応にならざるを得ないのは当然のことだった。


 明らかに不評である事は伝わったのだろう、訴えられかけたデュランが困ったように学者に目を向けた。


「トゥラは気に入らなかったのかな……?」

「まあ、頭と腕が多いからね。現実にああいう人間はいないからね。いたら困るよね。いや迷宮内部ならいるのかもしれないけど」

「トゥラ、女神様が本当にああいう姿をしている訳じゃなくて……あれは、なんというか、比喩みたいなものでね」

「そう、実際三つ顔があるわけではない。女神の人への想いの様々な形をああやって表現しているのさ。未来を憂い、過去を怒り、そして現在の我々に慈愛を投げかける。女神の顔は人の内面に、またあるいは起こした行動によって変わる。悲しませたり怒らせたりせず、彼女に笑いかけてもらえるような人間になりなさい、というメッセージなんだよ」


 竜騎士と学者から交互に宥められると、シュナもだんだん「そういうものなのか……」といったんは落ち着いてきた。


 彼女の機嫌が直ってくると、引率者はほっとした顔になり、次に拝礼を促してきた。


 正式な拝礼では、膝をつき、両手をつき、彼女の足に額をつけて臣従を誓う。

 しかし、祈りを捧げることが重要で、形には大して意味がない、とこっそり二人は後ろに付け足してくる。


「儀礼の時に手順がないと困るし、形から入らないと落ち着かない種類の人間も存在する。なので正式な形、というのも一応は存在するが、女神様は迷宮にありて、千里離れた人間の一生をも見通すと言うからね。この場の祈りは、どちらかと言えば人間のために存在する」


 という学者のわかるようなまったくわからないような言葉を聞きつつ、とりあえずシュナは横のデュランの真似をしようと思った。

 彼は片膝をついて右手を左胸に押し当て、そのまま頭を下げる。

 騎士の礼だ。迷いなくふらつきなく、さっと跪いてそのまま微動だにしない。


 しかし騎士の格好は、女性向きではない。

 スカートが見えちゃう、そもそも自分がやったら片膝付きでうまく立っていられない……とおろおろ見回したシュナに、学者が両膝をつき、両手を組む祈りの方法を実践しつつすすめてきた。


「頭までつけるのが正しい最敬礼。これは簡易礼。ちなみにデュランがやっているのはご覧の通り騎士の礼。領主が正式な儀式で用いる形でもある。さすがに民の前で土下座するのはちょっと格好がつかないからね!」


 ありがたく指示に従い、シュナもまた二人に習って目を閉じる。

 ……が、すぐ薄目を開けて周囲をそわそわ窺ってしまうのが彼女である。


(……変な感じ)


 星神の神殿とは全く異なる。あの場のような、厳粛な統一感はない。


 けれどここにも清浄な空気のようなものはあって、バラバラの格好、バラバラの姿の人間達が、けれど皆同じく女神像に何か想いを捧げているのだ。


 祈りを済ませたらしい、小綺麗で恰幅のいい男が立ち上がれば、「旦那様」と慌てて周りで額を押し当てていた者達が立ち上がり、ぞろぞろ鈴生りについていく。

 膝丈程度のスカートの親子が、代わりにそこにやってきた。母が座り込んで、「こうするのよ」と教えている様子を、幼い娘が言われた通りにする。憂う女神の顔を見てか、幼子はぎゅっと眉根を寄せ、けれど大人しく言う事を聞いていた。

 少し離れた場所では、耳と尻尾を生やした老夫婦が、互いに何事か囁きながら、慈愛の微笑を浮かべる女神の像を向いている。

 別の方面、壁際で突っ立ったままの男の顔は厳しかった。傍目にも、何か思い詰めている様子が伝わってくる。拳も唇も握りしめ、憤怒の女の顔に魅入るように、あるいは挑むように睨み付けていた。


 不思議な所だった。そしてある種、迷宮領という場所をそのまま示しているようでもあった。


 横のデュランは何を考えているのだろう。


 実際に彼女に会った事だってあるのだ、祈っているというかその時のことを思い出しているのかもしれない。

 学者の方からは「研究室が潤いますように、仮説がうまく行きますように、生徒が増えますように、それから、それから……」なんてブツブツ聞こえてくるから、笑いを堪えるのにちょっと苦心した。


 そして改めて、女神像を見てふと娘は考える。


 憂う顔。

 怒る顔。

 微笑む顔。

 このように三種人の世に描かれるという事は、彼女の母はかつて人にその表情を全て見せたことがある、ということになるのではなかろうか?


(わたくし、お母様の悲しそうな顔しか、見たことがない気がする)


 人の姿の彼女のことは、何度か夢のような幻覚のようなもので見てあれがそうなのだろうと知ってはいるが、実際に出会ったイシュリタスはいつも竜の姿をしている。

 加えて、出会えばいつも「あなたをどうすればいいのか」と嘆かれている気がする。


(わたくし、やっぱり親不孝者なのかしら……)


 心配する母の通りに、ずっと迷宮の奥で眠っていればいいのか。

 けれど、やはりどうしても、「そうだ」と言えない自分がいる。


 そうではない。絶対にそんなことはない。

 だって、母は。


 ――あの人にはもう。


「トゥラ」


 いつの間にか考え込んでいたのだろうか、シュナは小声で話しかけられてはっとした。

 各々お祈りを済ませたらしい引率者達が、建物を出ようと声をかけてきていたのだ。


 慌てて立ち上がったシュナは、他に祈る人の邪魔をしないように、そろそろと立ち上がり、そこでもう一度ぐるりと周囲を見回してから、女神の像に目をとめた。


(叶えたい願いがあるならば、迷宮に潜ればいい。あるいはそれが不可能でも、祈りの場所はある。でも、あの人の願いは、誰が叶えてくれるのかしら?)


 ぽつん、と心に浮かんだ染みのような思考は、じわりと、ひたひたと、胸の内に広がって、そこに何とも言えないもどかしさのような、寂しさのような感情を落とす――。


「トゥラ」


 帰るよ、と呼ばれ、彼女は慌てて小走りにその場を後にする。


 デュランは差し出した手が握られるのを待ってから歩き出した。


 そのまま何事もなく廟を後にしようとした一行だったが、出口のアーチでやってきた人とすれ違った瞬間、思わずと言った様子でデュランが立ち止まる。


「えっ――?」


 間抜けに漏れた声に、連れも相手も足を止め、訝しげにしてからすぐあっと口を開いた。


「まさか――閣下!?」

「プルシ、なんでここに!?」

「やあ、これは珍しい」


 三者三様、口々に驚きの声を上げ、シュナも目を丸くしていた。


 女神信仰と対立し、迷宮領の東部分に神殿という拠点を構える星神教。

 その信者は、身体の線を隠す派手でない色合いの衣服や、頭の帽子、持ち歩いている杖など、少々特徴的な装いをしているので見分けやすい。


 彼らの頂点、と言ってもいいだろう女性、ユディス=レフォリア=カルディ。

 デュランに声をかけられて今足を止めた少年は、そのユディスの一番弟子、ルファタなのだった。

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