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迷宮の眠り姫は竜騎士の呪いを解く  作者: 鳴田るな
六章:乙女 恋に悩む
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迷宮の姫 ちょっと窘められる

 二人で朝食を分け合って食べている間は平和だった。


 バスケットにはパンと果物が入っている。

 赤と黄色の果物を、デュランは切り分けてシュナに出してくれた。


 赤色の果実の方は、等分した後器用に小型ナイフを入れて、皮の部分を細工する。

 あっという間に耳のある動物の姿のような果実ができあがり、シュナは歓声を上げた。


 しかしその後、食べなくてはならないという事実にちょっと潤んだ目で竜騎士を見つめて動揺させることになった。


「ま、また作ってあげるから……!」


 と宥められて渋々口に入れたものの、甘味は心と体をほっとさせる。


 黄色の果物の方は、果物特有の甘酸っぱさのうち、酸っぱさの担当のようだった。一切れだけ頑張って完食したが、デュランも薄々リアクションを察していたらしく、


「やっぱりちょっと酸っぱすぎたかな」


 なんて言いながら残りを片付けていた。


 ちなみにお子様味覚のシュナは、甘さ以外には全方面に弱い。

 本来一口目でリタイアしかけていたのだが、


(ここでこの食べかけを残したら……!)


 という危機感が彼女に使命達成を果たさせた。

 細かく切り分けられていたので、一切れが頑張れば口の中に収まる程度だったのも助かった。


 切り分け担当がちょっぴり残念そうな目でこちらを見つめていた気がしたが、気がつかないフリをする。


 はっきり「だめ!」と意思を表示すればよかったような気もするが、それはそれでなんだか面倒な事になりそうな予感があったのだ。

 無意識にでも、だんだんこの男の性癖、もとい性質と扱い方を習得しつつある迷宮の姫である。


 小食のシュナは四切れ程度でさっさと満腹になったが、大食いのデュランはまるごと赤い果実を囓っている上にパンもしっかり胃に収めている。


「お茶も持ってきてもらえばよかったね」


 なんて手持ち無沙汰そうなシュナを見て言っていたが、彼女は首を横に振った。

 暇なのはその通りなのだろうが、退屈ではない。

 何しろデュランはいつも気持ちの良い食べっぷりを見せてくれるので、なかなか見ているだけでも楽しいのだ。


 ちょうどデュランが食べ終わった頃、タイミング良く学者先生が医者を連れて戻ってきた。


「若様……」

「お説教は後でしっかり聞きますので……」


 そんなやりとりを一瞬挟んでから、年かさの女性は娘に向き直る。

 診察はもう何度も受けているから慣れたものだ、大人しく老女の言う事を聞いていると、彼女は深くため息を吐いてからデュランに向き直った。


「異常なし、です。全く、一体何度これをやらせるおつもりですか?」

「ほ、本当に申し訳ない……」

「まあまあオルビア。証言をそのまま信じるなら、どうもその……潜り込んできたのは彼女の方らしいというか……」


 すると医者の冷ややかな眼差しが娘の方にスライドした。

 ぴゃっ!? と思わずピンと姿勢を伸ばした彼女の事をじっと見つめてから、老女は緩やかに頭を振る。


「若様。ちょっと、そちらでゼレスタと話でもしていてくださいませんか」

「え」

「あー、わかった、了解だよオルビア。それじゃ若様、今日は何の講義をしようか――」

「いや別に俺はそこまで求めてな……」


 何か察したらしい学者が若君を部屋の隅までずるずる引きずっていき、問答無用で講釈を始めたのを見届けてから、医者はそっと持ってきた鞄の中を漁り、小冊子を取り出した。


 手招きされたので、シュナは近づき、差し出された物をのぞき込む。

 老女がはい、と娘に手渡した本は三冊。

 表紙にはそれぞれ、こんな文字が書かれていた。


「赤ちゃんはどこからやってくるのか」

「正しい性行為の作法について」

「計画的妊娠と出産」


(…………)


 ん? と受け取ったまま目を点にしている娘に、老女はおほん、と咳払いしてから、おもむろに口を開く。


「こういうことを娘さんに話すのは、保守的な親御さん方は嫌がったりもします。時には男性もね、『妻が余計な知恵をつけた』と怒る人もありますよ。避妊の方法なんか特に。でも、事が起きてからでは遅い上に、どうしたって困るのは女の方なのです。もちろん、男性側にも責任は求められますが――意地の悪い言い方をすれば、いざというとき彼らには逃げ道がある」


 重々しい雰囲気に、シュナは固まったまま聞き入るしかない。

 話し手は、講義に耳を傾けている男にちらりと横目を流した。


「若様はけして悪人ではありませんが、少々調子が良くいささか楽天家に過ぎる所があるのも確か。あなたの身を守れるのは、極論あなたしかいないのですよ。本当はここでゆっくり、どの程度知識があるのか確認しつつお話しをしたいぐらいですが……」


 はあ、とまたため息を落としてから、老女はぽん、と娘の膝を軽く叩く。


「ま、まずはそちらを読んでくださいな。そうしたら、少なくとももう、殿方の寝所に夜間滑り込むような事はしなくなるでしょうし。――ああ、もっとも、戦略的に誘惑するなら話は別ですよ? その辺りの薬についても書いた記憶がありますから、節度を持ってお励みなさい」


 最後に悪戯っぽく片目を瞑って見せてから、医師は一度娘の手の中から小冊子を取り、小さな袋に入れ直してから渡す。


「さ、老人の説教はこれで終わり! 知識は人生の彩りを豊かにするためのもの。上手にお使いなさい、お若い娘さん」


 それから彼女はデュランを――というより、学者を呼んだ。

 シュナは相変わらず父のだぼっとしたローブを身に纏っているから、着替える必要がある。


 手首に下げられた布袋を、渡された娘も、戻ってきた青年も不思議そうに眺めていると、


「若様、ちょっとこちらに。いえ、大したことではありませんが。でもね? やっぱりこう、年寄りとして、ちょっとね? 言わなければいけないことの一言二言三言……」


 と、なんだか威圧感のあるニコニコ顔の老女が引っ張って部屋を出て行く。


 残されたシュナがきょとんと閉められた扉を見ていると、彼女の手にしている物を見た学者が「あー」と声を上げ、頭を掻く。


「ま、オルビアは真面目だからねー。でも君、読み物好きでしょ? なら、それも充分面白いと思うよ。役に立たないって事はないはずさ。――さ、この話は一段落、いつまでもその格好でいることの方が問題だ。着替えた、着替えた!」


 パン! と勢いよく手を叩いた女性が、少々乱暴に服を押しつけてきたので、シュナは慌てて受け取る。


 医師の親切啓蒙本が紐解かれるのは、もう少し後になっての事なのだった。

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