竜姫 大地の間を探索する
待機所から鐘楼塔を通って砂の間に出ると、シュナはデュランの指示する方向に向かって飛び続ける。鐘楼塔から離れてしまうとどこもかしこも似たような砂まみれの景色が続くのだが、竜騎士曰く下に転がっている遺跡のような建物の残骸を目印に、現在地と進む方向を把握しているのだそうだ。
《とは言っても、迷うときは迷うけどね》
さて今回はちゃんと目的地までたどり着けるかな、などと苦笑していた彼だったが、砂の間では魔物と遭遇することもなく、至って平和に進んでいくうち、砂地の中にぽっかり開いた大穴を発見する。
落ちていく砂を追うように穴の中に飛び込めば、そこには洞窟が広がっていた。最初にデュランと共に抜けてきた場所に近いだろうか。
(そうだわ……確かアグアリクスが言っていた……砂の間は四つの場所と繋がっていて、一番攻略が楽なのが大地の間。冒険者達の最初の難関)
降り立った場所はちょうど大きめの部屋のようになっている。岩壁に所々ついている模様は苔だろうか。道は四方に伸びており、シュナは一度着地してデュランの方を振り返る。
《ここからどうするの?》
《大地の間は、ご覧の通り洞窟のエリアだ。出てくる魔物達も一番大人しい部類だからね、様子を見ながら探索を進めていこうと思っている。ここなら比較的、何か起きても対処が楽だからね》
デュランは一人でも冒険ができる実力者だし、恐らくもっと深い所にも潜った経験があるはずだ。なのにあえて初心者向けのエリアを選んで探索をしようということは、たぶんシュナの訓練の一環なのだろうと彼女は理解する。
自分が足を引っ張っているようで申し訳ない気分にもなるが、大木の間はともかく大火の間だの大水の間だのは、響きから既に難易度の高さが漂っている。いきなり火の中に突っ込まされるよりは、ちょっと狭めでも洞窟の中を進んでいく方が自分も少しは役立てる気がするし、ありがたく優しさを受け取ることにする。
《まーこのエリア、此方達竜にとってはちょっと狭くて飛びにくく、真価を発揮できるどころかむしろお荷物な場所なのでありますがね。この程度も自力でクリアできない輩はそもそも迷宮に向いていないのであります。ただでさえ第一階層と第二階層という二大イージーモードエリアが存在するのであります。ここから先はビシバシ人間をしごいていくのであります》
《肯定》
《……はっ! それともあれですか、超一流の冒険者なら同行者がいても安全に進んでいるのだよというアピールなのでありますか、これは!》
《俺一人なら基本的にただの自己責任で済むけど、一緒に誰かがいるのにそんな無責任なことは言えないよ》
後からついてきていた竜二匹の言葉に、シュナは同意も否定もしがたく何とも言えない表情になり、デュランは苦笑気味に返している。
《そうだな……なんとなく場を把握しながらついでにできれば拾って帰れる物がないか探す。それでいいかな、シュナ》
《わたくしはデュランについていくわ》
問われて彼女は宣言する。実際、彼が微笑んだ後先頭を歩き出すと、いそいそとことこ後に付き従った。
《さてはあいつ、ただのデートするつもりでありますね? 許せないのであります。責任のある外野として積極的にこの先もガヤを入れ続けるのでありま……なんで小突くのでありますか、ネドヴィクス? 其方ちょっと、此方個人に厳しいのでありませんか!?》
……背後からそんな音が聞こえてきた気もしたが、先を進むデュランには聞こえていないのか、それとももう反応しないことに決めたのかまではシュナにはわからなかった。
大地の間は、ウィザルティクスのコメント通り、確かにあまり竜にいい場所とは言えなかった。
空中を縦横無尽に飛び回るのが本分の生き物には、いささかこの場は狭い。小柄なシュナだって飛び回るのにはちょっと苦労しそうだったし、アグアリクスなんか下手をすれば翼を広げることができないのではないか、というほど細い道もちらほらとあった。
しかし時折シュナ達三匹が全員入ってもそれなりに落ち着けるほど大きな空間に出ることもある。狭い方が通路、広い場所は部屋と呼ぶのだとデュランは説明した。
《基本的に、通路は何もない。壁に資源が埋まっているような場所もあるけれど、正直この辺だと効率が悪いな。採掘を真面目にしたいならこの先、崖下の間とか、深森の間とか……魔物とだって遭遇するかもしれないし》
何て言っている間に現実目の前で遭遇中だったのだが、彼は言葉の合間、片手間に剣を振るってそれらを撃退していた。
《今出てきたのはゴブリン。他にバット、スライム、インプあたりがこの辺に出てくるのが多い奴らかな。バットは小さくて飛び回る、スライムは対策なしだと物理攻撃が効かない、インプは混乱をさせてくるから注意。ただ、気を抜きすぎなければ慣れればこんな風に対処できる奴らだよ》
最後の一匹を横になぎ払ってからくるっと大剣を片手で回し、これで終了とでも言うように地面に突き立てている彼に、シュナはもう後ろで目を丸くしているしかない。そういえばこの人、元筆頭竜騎士だし現在も超一流冒険者なんだった、と思い出す安定感である。前に疲れたとかなんとかであっさりぐーすか寝こけていたことがあったが、あれはただ彼の危機感がなかったのではなく、眠る安全を確保できる確かな実力に裏打ちされたものだったということを再認識する。
最初に魔物達と遭遇したときはあまり暢気に見ていられる余裕がなかったが、切り払われた身体は少し経つと淡く金色の光を帯びてから消滅し、後にきらきらと光る石が複数残される。それらを拾い上げ、腰に下げている袋の中に放り込みながらデュランはシュナに解説した
《これが魔物の落とす魔石。他にも彼らが身につけている装備品や、身体の一部を素材として採集できることもある》
……そういえば父も昔、「迷宮には魔物がいて、倒すと素材を手に入れることが出来る。冒険者達はそれらを求めて、あるいは利用しながら奥に進んでいく」なんて言っていただろうか。しかしまさか魔物達が倒されると姿を消してしまうというのは驚きだった。
興味深そうにデュランにくっついては彼の見せる物に目を輝かせ言葉にピンと耳を立てて集中している彼女を、後ろのお付き二人は欠伸をしてやや遠巻きに見守っている。
《気が抜けないのもきついのでありますが、これはこれで此方達することなくて暇でありますな……飛ぶ事すらできないし》
ネドヴィクスは相方をいさめようとしたようだが、彼もまたその瞬間ふああ、と大きな欠伸をしていたのでそのまま口を閉じて黙り込む。
デュランは通路では時折出会う魔物達を倒して素材を回収し、次の部屋を目指す。部屋に来ると、魔物達を一掃してから中を物色する。宝箱が置いてあるときが一番わかりやすいが、見つけたシュナが興奮するわりに彼は冷静だ。
《この層は難易度が低い分、見つかる物もそんなに高価な物じゃないからね。消耗品だと助かるんだけど》
なんて言いながらせっかく宝箱を開いたのに何も持ち出さず行こうとした彼の背後で、悲しみの鳴き声が上がる。
竜騎士は一瞬黙り込んでから、そっと箱をまた開け直して、中に入っていた何の変哲もないコップのようなものを腰の袋の中にしまい込んだ。
《その腰の袋も宝器?》
《そうだよ。食糧や探索用の装備、緊急離脱用の魔法陣――エスケーパーなんかも入ってる》
《エスケーパー?》
《冒険者は基本的に皆組合に所属している。稼ぎのうちいくらかを納めないといけないけど、その代わり冒険中困ったことがあった時のバックアップもしてくれる。エスケーパーはそんなお助け試供品の一つでもあるんだ。迷宮の他の場所から、待機所まで一気に転移できる》
《……そういえばデュラン。わたくしと最初に会ったときは、その袋、持っていなかった気がするのだけど。どうして? どこかに落としてきたの? それって結構危なかったのではないの? デュランはうっかりものなの?》
《ははは、シュナは記憶力がいいなあ。でもそれは別に忘れてくれててもいいことなんだよ? むしろ忘れてほしいな?》
デュランが魔物を倒している間は大人しく隅っこで小さくなっているシュナだが、終わるとすぐ彼の真後ろに張り付いて目を輝かせ、ピイピイかしましく彼に向かって鳴き続ける。
《あー。姫様があの様子だと、此方も邪魔をするのが野暮な気がするのであります。此方、もうスリープに入っていいでありますか?》
《否定》
シュナにとっては楽しいことだらけだが、背後の竜達には大分気怠い気配が漂ってきていた。何しろ本当に徒歩でデュラン達を追っては探索が一段落するまで待ち、しかすることがないのだ。
そんな彼らが順に欠伸を噛み殺しているのを見計らったように、デュランはふと宝箱を漁る手を動かしたままシュナに小さく問いかける。
《ところでシュナ。聞きたいことがあるんだけど》
《なあに?》
気軽に答えたシュナだったが、続く言葉を聞いているうち、すぐに身体が硬直し、それが過ぎると震えてくるのを自覚する。
《君が体調を崩している間、俺は外の世界で不思議な女の子と会った。顔に痣があって――アグアリクスのことはもう知ってるんだよね、ちょうどあんな感じだ。髪と目の色は黒、肌は白い。彼女について、何か知らないかな。似たような人の心当たりでもいいんだけど》
シュナに語りかけるときのデュランはいつも優しく、甘やかな声だ。
けれど彼女は一つ確信した。
簡単な冒険をするというのは建前、彼は今日、このことを探りに迷宮に潜ってきたのだ、と。




