もしも継母が実は白雪姫を溺愛していたら
基本は継母の一人称ですが、―――が付いている部分はナレーションとしてお読みください。
「鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだあれ?」
「それは白雪姫にございます」
そうよ、そうなの!うちの子初めて会った時からめちゃくちゃ可愛いと思っていたけれど、最近は成長して『可愛い』よりもどちらかと言えば『美しい』になってきたのよね。自分のお腹を痛めて産んでないのが悔しいわ。うんと小さい頃を育てられなかったのが悔しいわ。
歓声を上げ大きな声でこの感動を周りの者と分かち合いたいけれど、抑え込まないと。だって私はこの国の王妃ですもの、そんなはしたないまねは出来ないわ。興奮して顔が熱を持っているし手足が少し震えているけれど、何とか冷静を保って威厳を保つの。表情を変えまいと頑張って口をへの字にしたわ。何かしら、侍女が恐ろしいものを見るような目で私を見ているけど……。
ああ、でもこうしてはいられないわ。鏡の答えが変わらぬ様に白雪の美しさを持続させないと。食べ物には料理長に気を付けさせているし肌や髪の手入れは侍女に任せているし、そうだ、適度な運動が必要ね。森へお散歩にでも連れて行ってもらいましょうか。護衛に腕のいい狩人をつけましょう。
「白雪を森に連れて行きなさい。(獣が襲ってくる様なら)殺してしまうのです」
―――鏡の返事に怒り狂った継母は白雪姫を森へ連れて殺すよう狩人に命じました。哀れに思った狩人は姫を逃がし、代わりにイノシシの内臓を姫の物と偽って王妃に姫は死んだと報告しました。
なんっってこと!ああ、こんな姿になって……なっても可愛いなんて。そのまま捨ててしまうのは忍びないので塩ゆでにして食べてしまいましょう。誰にもあげないわ、可愛い白雪の内臓だもの。
食べたら少し落ち着いて鏡の事を思い出したの。白雪が本当に死んでしまったのか、真実しか話さない鏡に慌てて聞くと返ってきたのは変わらぬ答え。
「この世で一番美しいのは小人の家に住み始めた白雪姫です」
可愛い白雪を殺したなんて言っていい冗談と悪い冗談が有るわ。狩人は勿論死刑。どうして白雪は帰ってこないのかしら。はっ、もしや反抗期?あの子ももうそんな年になったのね。いいわ、今すぐ連れ戻したいけれど、可愛い子には旅をさせよと言うもの。こっそり差し入れを持っていく程度で我慢するわ。だっていつでも鏡で姿を見られるもの。
自分を物売りの老婆の姿に変えて白雪に会いに行くの。森でのびのびと暮らしているせいか、益々美しさに磨きがかかっていく白雪に、やはり私は間違っていなかったと確信したわ。
「まあ綺麗な紐。でもお婆さん、私お金を持っていないの」
「これは売れ残りなので差し上げますよぉ、綺麗なお嬢さん。どれ、せっかくだから結んで差し上げましょう」
鮮やかな絹の腰紐は白雪のための特注品よ。太らない様にってきつく結んであげたわ。ぐったりしていたけれど私もいつも侍女にされていることだもの。美しさを保つには苦しい事も我慢しなくてはいけないの。どうか、分かって?
―――倒れている白雪に小人たちは驚きました。腰ひもがうんときつく結ばれているのを見つけ、小人たちがそれを切ると白雪は息を吹き返しました。
次は何を贈ろうかしら。あの家では女性が身だしなみを整えるものなんてなさそうだから櫛が良いわね。植物の油を付けて梳くと艶やかになるのよ。折角だから手作りしてみましょうか。材料がよく分からないから、その辺の植物を使って……あら、ベラドンナが生えているわ。確かイタリア語で美しい女性と言う意味よね。丁度良いわ、それも使いましょう。
白雪の髪を梳いてあげる。城ではなかなか出来なかったことがこんな所で出来るなんて。おしゃべりをしながら親子水入らずの時間を過ごす。名乗ることは出来ないけれどそれでも幸せな時間。
「お洒落として、結い上げた髪に櫛をさすこともあるそうですよぉ。ほらっこんなふうに……」
その途端、小人たちの歌が聞こえてきたので慌てて家を後にする。知らない人を家に上げてはいけないと言われていたようだから、私がいるのを見つければ白雪が叱られてしまう。小人たちに白雪の母としてお世話になっているお礼をしたいけれど、この姿ではそれも出来ない。さよならも言わずに飛び出してしまったわ。
―――白雪が倒れているのを見つけた小人たちは頭に刺さっている毒の櫛を抜きました。
忘れていたけれど差し入れと言えば食べ物よ。でも料理なんて出来ないし、美容のために果物でも贈りましょうか。白雪に似合うのは……リンゴね。お城では出来ないけれどあの家なら齧り付くことも出来るもの。
でもそのまま贈るのも味気ないから、せめてピッカピカに磨きましょう。真っ赤になる様に、思わず食べたくなる様に、食べたら綺麗になる様にいろいろな薬や美容に良いものを付けて磨きましょう。
白雪がもっと美しくなりますようにと、愛情をたっぷりと込めて念入りに磨きましょう。
白雪の喜ぶ顔が見たくて小人の家にいったのに、白雪は頑なにドアを開けようとしない。何てことっ!せっかく美しい白雪の顔を見ようと楽しみにしてきたのに目の前のドアは閉ざされたまま、白雪の声だけが聞こえてくる。
「お婆さん、小人さん達から誰が来ても扉を開けてはいけないと言われているの」
「おやそうですか。このリンゴ、本当は娘に上げたかったのですが娘は家を出て行ってしまいました。どうかお嬢さん、ここに置いておきますから娘の代わりに食べて下さいな。私がここを離れれば扉を開けても良いのでしょう?」
仕方なくリンゴを一つ扉の外にハンカチに包んでおいてきたの。警戒心は成長の証。純粋な白雪も可愛らしかったけれど、美しさに悪い心を持って近づく者もいるかもしれないもの。
そうね、そろそろ巣立ちの時が来たのかもしれない。中身も立派な淑女に成長して、寂しいけれど温かく見守ってあげなければ。……お城へ帰りましょう。いつか白雪が戻るまで待っていることにするわ。ずっとずっと、いつまでだって待つわ。
―――倒れている白雪を見つけた小人たちは体に何か異変が無いか調べましたが見つかりませんでした。落ちていたハンカチから白雪が会っていたのは継母だと知りましたが、どうにもなりません。死んでも美しさを保つ白雪を小人たちはガラスの棺に納めました。棺を取り囲んで小人たちが泣いていると隣の国の王子が通りかかり、白雪を一目見て気に入りました―――
少し経ってから白雪から結婚式の招待状が届いたの。あの子ったら知らないうちに隣の国の王子と出会っていたんですって。美しいあの子の事ですもの、きっと幸せになれると信じていたわ。私みたいに後妻になって肩身の狭い思いするなんて可哀想だもの。周囲からは前妻と比べられて信じられるのは鏡だけ。白雪の成長を見守る事がいつしか楽しみになって救われていったの。
あの子の花嫁姿が見られて涙が溢れたわ。
式が終わった後、私は白雪に呼ばれてこの国の王や王子たちにご挨拶をすることになったの。王族だから様々な準備が必要だったのに手順が省かれた事をお互いに謝って、私は白雪の幸せをお願いしたわ。
今までお世話になったお礼にと、白雪から贈り物が有ると言われたの。その時の感動ったら、もう言葉に表せないほどだったわ。人生の中で一番幸せな瞬間だったのではないかしら。
真っ赤に焼けた鉄の靴。可愛い白雪が初めて私にくれたもの。勿論、喜んでその場で履いたわ。冷めてしまったらもったいないもの。笑顔で履いて、飛び跳ねて踊って。ほら、白雪があんなに嬉しそうに私を見ているわ……
―――こうして継母は命を落とし、白雪姫は王子と末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし。
継母自身が全く違う性格なのに、物語の本筋から決して外れないと言う狂気。ナレーションを聞いていたら話は変わったかもしれない。