133
133
良治は心臓を握られた。
とても、気味の悪い感触だ。
そして、心臓を持ち上げられると、自分も立ち上がらざるを得なくなる、というのも初めて知った。
線路を挟んで、大男と誠が向かい合った。
大男は、ゴツゴツした顔を歪ませて、
「坊ちゃんよぅ。
おめぃに人殺しなんて出来んのかよ?」
「もぅ、一人殺しています。
心配して頂かなくて結構です」
ケッ、と男は鼻で笑った。
「そりゃあ、見てたわけじゃねぇが、成り行きってやつだろ。
殺そうとして殺すのと、成り行きで、つい、やっちまうのは全くの別物だぜ。
おめぇは全然、判ってねぇ」
誠が、涼やかに笑った。
「そう思いますか?」
大男は、餓鬼の、その笑顔に凍った。
マズい、こいつは、本当に化け物かもしれねぇ…。
大男が口籠った瞬間。
「気に入ったよ、坊や!」
叫ぶと、アクトレスは、一瞬で十メートルを跳び、大男の背後に回った。
同時に、空中で振りかぶった巨大な前肢で、大男を背後から殴りつけた。
美鳥のパンチが何百発当たっても、擦り傷一つつかなかった大男が、コンクリートの壁に激突し、崩れ落ちた。
「坊や、どうするね?
あたしゃあ、そんな筋骨がどうなろうと、全く気にしないんだがねぇ」
誠は、無言で良治の血管を、指で摘まんだ。
脳への血流が瞬間、止まり、良治は、カッ! と小さく叫ぶと、そのまま落ちた。
ドサリ、と良治を影の手で永田の元に動かして、誠は、漆黒の獣と向き合った。
永田は素早く良治の後ろ手に手錠を掛けながら。
「闘おうとするな、誠君。
彼女は、味方を傷つけた。
奴は一人、こっちは五人なんだ!」
言いながら、美鳥とダンサーチームに、アクトレスを囲むよう指示を出す。
「どうだい、坊や…」
獣が、にぃ、と笑った。
誠は、獣を見上げたまま。
自分の胸に、自分の腕を透過した。
獣が、眉をしかめる。
「…何をしている…」
獣の問いに…。
「確かに、今の僕では、あなたと戦って勝つ術はありません。
でも、僕は拒否する。
あなたたちに捕まって、売り飛ばされるのは奴隷にされるのも同じだ。
ならば…」
誠は、徐々に青ざめていく。
「自分の心臓を壊すまで、です」
ケケッ、と獣は嘲笑った。
「馬鹿だね。
坊やが血管を止めたら、そのまま、あんたをかっさらうだけだよ」
ハハハ…、と誠は、弱々しく笑った。
「僕の影能力は透過、ですよ。
別に心臓の内側にだって、指は入る。
内側から血管に指を入れたら、どうなります?
いわゆる、溢血。
僕のお爺ちゃんも、これで亡くなりました…」
「止めろ、誠君!」
永田が叫ぶ。
「僕の計算通りなら、指が動脈に詰まった瞬間、僕は落ち、僕の体とこの手は体の一部分になるはずです。そうなったら、誰も、もう元には戻せない…」
ふっ、と巨大な獣の姿が歪み、アクトレスがライダースーツ姿を現した。
「降参だ。
確かに、あんたを潰しちゃあ、こっちの商売はお終いだ。
死ぬほど嫌なんじゃあ、どのみち使い物にはならないしね」
アクトレスは、逆に、引くほど、優しげに笑った。
「三佐、あたしも、ちょっと戦争疲れしちまってるんだけど、内調に入れてくれるかね?」
「本気なのか、アクトレス?
それは公務員になると言う事だぞ。
これまでのような勝手は、一才出来ないぞ」
アクトレスは、長い髪を掻き上げて。
「墓もどうせ、こっちにあるんでね。
あんただつて判るだろ、
首切り信二郎のオッサン」
気づいてやがったか…。
永田は、苦く笑った。
「あんたなら三ツ星待遇で受け入れるよ。俺が保証する」
「と、いう訳で坊や。
その鳥ガラ、やっちまうのかい?」
誠は慌てて首を振った。
「冗談じゃありません。
僕は二度と人殺しなんてしません。
この人は、こうします」
言うと、誠は良治の体をコンクリートに沈めた。
首だけは出したままだ。
すぐに、呻いている大男に近づき、同じように沈める。
二人は仲良く、首だけになって並んだ。
「よくやったわ、誠君」
美鳥が、初めて笑顔を見せた。
誠は赤面し、そして微笑んだ。
「皆さんが、助けてくれたからです」
アクトレスはガハハと笑い、誠の背中を叩いた。
「なかなか良いよ、坊や。
チンカスの臭いプンプンさせちまって、可愛いったら、ありゃあしない」
誠は、冷水を浴びたように愕然とした。
だが血管の中を血は逆流していた。
「ち…ちんかす…? 臭い…?」
思わず股間を押えるが、ふと眩暈を感じ、そのまま蹲る。
「誠君、影を使うと、体力を消費するのよ。
あなたは一日で、とんでもない量の体力を消費したんだわ」
美鳥が言い、永田も頷いた。
「まずは体力作りだな。
君は中三にしちゃあ、痩せているぞ。
男なら、筋肉つけなきゃあモテないぞ!」
ハハハ、と笑った。
が、レディだけは、心の中で呟いていた。
あれは痛いよなぁ…。
今日、この子が貰った最凶のボディブローだな…。
こうして小田切誠は、内閣調査室所属の影繰りになった。
彼には、厳しい訓練と、男子なら一度は越えなければならない、別の試練が待っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
来週からは、シャドーダンス2 東京炎上作戦 を書きます。
どうぞ、よろしくお願いします。




